第15話、トリプル・エース
金色の狼の首を切り落とした。如何なる上級ランク魔獣とて、首が切り離されては、絶命する。
やれやれ……。うわ、小型盾が固定バンドの途中まで黄金に侵食されちまってる。
「ゴールドランクの旦那! 大丈夫ですかい!?」
御者のギルド職員が叫んだ。俺は振り返り、手を振って大丈夫と合図する。
馬車が近づいてくる。
「さっすがゴールドランク……」
「こんなの、呪いを振りまく以外は、普通の狼だよ」
「いやいやいや、あれは狼の加速じゃありませんって!」
見えていたらしい元冒険者のギルド職員は手を振った。
「あたしゃ盾があっても、旦那のようには上手く行きませんって」
「現役を離れているから?」
「現役だったとしても無理です!」
きっぱりと言われた。まあ、そうかもしれない。俺も伊達にゴールドランクではないということだ。……なお、どういう経緯で上級冒険者になれたのか、覚えていない模様。
「盾が立派になりましたね」
「冗談、こんなもの使えないよ」
「ゴールドランク冒険者らしくていいじゃないですか。黄金ですぜ?」
「金って、鉄より脆いんだぞ」
こんなものに命を預けられるか。
「結構気にいっていたんだがなぁ。……新しいのと買い替えないとな」
こうなっては中古としても使えないから分解されて、金の部分だけ成形して転売されることになるんだろうな。
金の相場を確認して売却。新しい盾を購入――これだな。
「旦那ぁ、手伝ってくださいよ」
金色の狼の死骸を荷車に載せる。元冒険者といえど、成人男性一人で、大型の狼の全身を運ぶのは厳しい。
「首は?」
「もうそちらに」
荷車に乗っているクレリックちゃんが、金色の狼の首を持って、何やら魔法を使っていた。
「あれ、何をやってるの?」
「保存の魔法ですよ。死骸が腐らないように。本格的な処理と解体はギルドに運んでからで」
……なるほど、彼女がいたのは、治療係ではなく、倒した魔獣の死体保存のためだったのね。やれやれ……。
ギルド職員と協力して、金色の狼の胴体を荷台に載せる。さっそくクレリックちゃんが魔法で処理をはじめた。職員は急いで御者台に乗り、俺も荷台に乗った。行きより狭いのは言うまでもない。
「乗りましたね? 急いで帰りますよ。噂を聞きつけてやってくる連中は、ろくなのがいないから……」
金色の狼の黄金の呪いを利用しようとする者とか、黄金に釣られた賊などなど。もしかしたら、倒した金色の狼の死骸を横取りして、金儲けしようとする者などもいるかもしれない。
長居は無用ということだ。
「あの黄金は……?」
「置いていくしかないでしょう」
ギルド職員は諦めたように言った。
「戻ったら報告はしますけど、次に来る頃にまだ残っているかはわかりません」
「……だな」
黄金像があったら、持ち帰ろうって輩もいる。あの黄金像になった被害者のうち何人が、それをやろうとして自身も黄金になっただろうか。ミイラ取りがミイラになる……。
金色の狼は討伐したから、次はないから、今度きた奴は持ち帰ることができるわけだ。
「嫌だねぇ」
保存処理が済んだクレリックちゃんが、金色の狼に厚手の布をかけて見えないようにした。これで道中に人とすれ違っても、パッと見ではわからなくなる。
面倒回避の手回しが実によかった。俺としても、余計なことは起きてほしくないから、何も言うことはない。
とはいえ、帰り道、冒険者らしいパーティーと二度ほどすれ違ったが、こちらの方をやたらジロジロ見られた。
しかし、声はかけられなかった。こちらからもかけなかった。御者のギルド職員は、あくまで運び屋ですという空気をまとい、素知らぬ顔を決め込んでいた。
金色の狼の討伐依頼は俺に出されたから、この件は、他の冒険者には関係がない。それでも行くのは個人的な都合であり、ギルドとしても警告を出している以上、あとは冒険者個々の自己責任となる。
一応、危ないとか一言くらい言ってもいいのだろうが、あいにくこっちで討伐が済んでいるから、向こうから「金色の狼、出る?」などと尋ねられない限り、情報を提示する必要もない。
ただ、何も言わなくても、勘のいい冒険者は、ある程度察しているだろう。コルト峠方面から、何かしらを輸送している冒険者ギルドの馬車。荷物はカバーされているという点を考えても、金色の狼の可能性が高い。
であれば現場に黄金が残っていれば、魔獣を恐れることなく回収できる、と。
嫌だねぇ、本当に……。
・ ・ ・
無事にベリエの町に帰還。金色の狼の死骸は、冒険者ギルドの解体・保管庫に運び込まれた。
「ありがとうございました、ウィロビーさん。お早い依頼の解決、さすが、ゴールドランクですね」
「どうも、ありがとう」
ギルド職員たちの出迎えを受けて、お礼を言われた。なに、依頼を果たしただけだよ。冒険者だもの、当然でしょう。
金色の狼の死骸は、呪いに対する警戒をしながら、解体作業にかけられた。俺にはクエスト報酬が支払われた。臨時収入、臨時収入!
「部位はすべてこちらで買い取らせていただきたいのですが――」
「構わないよ。黄金の毛皮をまとう趣味はないんでね」
戦利品に、金色の狼の毛皮で作ったマントとか防具とか、トロフィーとしては魅力的かもしれない。冒険者としても箔がつくかもしれないが、そこまで見せびらかす趣味はないんだよね俺は。
「なるほど、ウィロビーさんにとっては、金色の魔獣如き、大したことはないと」
ギルド職員は、にこやかにそう言った。いやいや、そこまでは俺も言っていないよ。
「さすが、金色の魔獣退治の専門家!」
「……?」
うん? 何だそれ。俺がキョトンとしていると、そのギルド職員は言った。
「そういえば、今回ので、金色の魔獣討伐累計が十五体目のようですね。特Aランクのトリプルスコアですよ、いやはや、大したものです」
そうなの? あいにく、その辺りの記憶がすっ飛んでいるのでわからないんだが……、俺ってそんなにあのキンピカ魔獣と関わりがあったの?
二、三体くらいはぼんやり覚えているけど……十五? それは知らなかった。
初耳だったぜ……。どうやら俺の知らないウィロビーさんは、専門家扱いされるほど、あの金色の魔獣と戦い、生き延びてきたらしい。




