第1話、冒険者ウィロビー
俺は何者なのか?
いや、自分の名前はわかるのだが、どこの生まれで何をしていたか、昔のことをさっぱり憶えていない。
「――それで、聞いておくれよ。あんたみたいな冒険者で、ウィロビーって伝説級の男がいてさ」
気のいいおかみさんが、酒精に煽られたのか楽しそうに言う。夕方ともなるとダンジョン村の食堂は賑わうもので、俺のような冒険者が一日の疲れを食事を取ることで満たし、そして酒を呷る。
人生とは、一杯のアルコールを摂取することで感じるささやかな幸せというものがある。
「へえ、ウィロビーねぇ。ここらでも有名なのかい、お姉さん?」
「やだ、お姉さんだなんて。年増に向かってやだねぇ、この子は」
俺みたいな半分おっさんみたいなのを『この子』呼びは、人のことを言えないと思うよ、おかみさん。
「ウィロビーっていうのは、とても強い冒険者だったさ。巨大な砂クジラをズバって、一刀両断にしまえるほどの剛力の持ち主でさぁ」
「へぇ……そいつは凄いな」
俺は素直に感心する。砂クジラというと砂漠とか大きな砂地に生息していて、砂漠を旅する者や砂上船を襲う凶暴なやつだ。全長三十メートルとか、嘘か本当か百メートルを超える化け物のいるとか言われている。……俺にもできるかなぁ……?
「まーた、おかみさんの、ウィロビー武勇伝が始まったよ」
「あはは」
常連客だろう、後ろの席から地元の冒険者たちの声がした。おかみさんは言い返した。
「いいんだよ、新顔さんには、ここでの流儀ってのを教えてあげないとね」
周りから好意的な笑い声が上がる。このダンジョン村では、俺みたいなひょっとこりやってくる冒険者に、お世話を焼いてくれる気のいい人がいるらしい。たぶん、この酒場兼食事処のおかみさんってだけじゃなくて、ここらの冒険者たちにとってもおかみさんなんだろうな。あっけぇなぁ。
「おかみさん、エールもう一杯!」
「あいよ」
タルを模したカップに注がれるエール。俺は、サレラントカゲの焼き肉を一口。このドロッと甘いソースが、淡泊な肉の味を上等なものに変える。
「うまい」
思わず口から一言漏れた。おかわりのエールをゴクリと喉に流し込む。あぁ、至福!
「おニイさん、新人って風でもなさそうだけど、冒険者歴は長いのかい?」
酒のつまみとばかりに、おかみさんが聞いてきた。
「俺? 俺は、たぶん長いよ。いつ冒険者になったか憶えていないくらいには」
「はっ、何だい、それ!」
豪快に笑うおかみさん。近くで聞き耳を立てていた冒険者が、面白い冗談と受け取ったのか小さく笑った。
……いやぁ、いかしたジョークでもなく、本当なんだけどね。
「あちこち旅をして、まあ、この美味しい食堂に流れ着いたってところかな」
「嬉しいことを言ってくれるねぇ! おニイさんには、サービスしちゃう」
「ありがとう」
一人旅をしていると、こういう他人の施しが心地よくていけない。
「それより、ウィロビーって人のこと、知ってたらもっと教えてよ」
「そうさねぇ、まあ、あたしも世間様が言っている以上のことはあまり知らないんだけどさ。体が熊のようにでかくて、力持ち。だけどお人好しで、困った人を放っておけないって話だよ。……あんたも体が大きいね」
「熊ほどじゃないよ」
その返事に、周りが笑った。俺も結構長身だって自負はあるけど、さすがに二メートルはいかないよ。
「あと、ここのダンジョン村」
おかみさんは両手を広げた。世界に無数に存在するダンジョンと呼ばれる秘境や遺跡。この荒野の一角にあるダンジョンの入り口近くに作られたのが、このダンジョン村である。
「ここのダンジョンを最初に見つけて踏破したのも、ウィロビーだったって話さ」
「へえ。そうだったのか」
つまり、今のダンジョン村があるのも、ウィロビーがダンジョンを発見したおかげってことなのか。
モンスターがいて、しかし鉱物やその他資源に溢れるダンジョン。その探索と採掘は、人の世の発展に貢献している。その拠点として、ダンジョン入り口そばに村が作られることは往々にしてあるのだ。
「それじゃあ、俺もそのダンジョンの最深まで探索しないとなぁ」
「さすが冒険者」
おかみさんは笑った。
「まあ、素人じゃなさそうだから、お節介ついでに流してくれていいけど、一番奥に行くつもりなら、気をつけていくんだよ。ダンジョンは――」
「『遊び場じゃない。戦場だ』だろ?」
ウィロビーの残した有名な言葉だ。これまでも色々な場所で聞いてきた。
「はっ、さすがに耳にタコだったね。ただ、最近ちょっとダンジョンの奥の方が騒がしいって噂が流れてる……。気をつけな、マジで」
「肝に銘じるよ、ありがとう」
俺はお代を払って席を立った。
「まいど。また来ておくれよ。次にきた時のためにとっておきの用意しておくからさ」
「それは嬉しいね。また来ないとな」
「期待してくれていいよ。……それでおニイさん、名前、聞いてなかったね」
「俺かい? 俺は――」
こういう時、ちょっと恥ずかしいんだけど。
「ウィロビー」
「ウィロビー? いい名前だ。伝説の冒険者にあやかってつけてもらったのかい?」
「どうなんだろうね。どうもウィロビーって名前らしいのは間違いないんだけど」
「?」
怪訝な顔になるおかみさん。俺は肩をすくめた。
「記憶が半端にないんで、よくわからないんだ。だから、自分探しをしているのさ」
同じ名前の冒険者。何故か、俺か、俺に関係があることのように思えるんだ。だから、その冒険者ウィロビーの足跡を辿れば、もしかしたら、俺の記憶も戻るかもしれない。それか、何かわかるかもしれない……と妙な確信がある。まあ、違ったら違ったで、その時はその時。
「俺はアドリブで生きているからね」
気ままに、各地を一人旅。
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