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#4 「大人しさ、その中の牙」

授業終了のチャイムが鳴る───。

これで午前の授業が終わり、生徒たちは待ち侘びた昼休みへと突入する頃だった。


「あれ? レイナは?」


「購買じゃね?」


それぞれの昼食を広げながら、他愛もなく会話する。

賑やかな教室でかき消されそうな2人の会話は、互いの信頼を証明するように、ポツリポツリと進行していた。


----------


ここは大和実践高校の購買───。

近所のパン屋の商品やら、弁当やら軽食やら、人気商品も多い購買は、毎日休み時間になると多くの生徒が駆け込む。

その中でも昼休みは、段違いの混雑具合だった。


(んっ……! 全っ然辿りつかないんですけど!!)


生徒でごった返し、各々が商品棚に向かう中、レイナは人気メニューのメロンパンに手を伸ばしていた。

段々と数が減っていき、最後の1つを、幸運にも掴むことができた。

しかし問題が起こった、レイナとほぼ同時にメロンパンを掴んだ手があった。

その手はなんとも筋肉質で、ゴツゴツとしたものだった。


「ん?……あァ……悪ィな嬢ちゃん………その手……離してくれっか」


彼の名は『森口 トシヒコ』。

この学校の2年で、中学時代から荒れた生活を送ってきた男。

この学校に来てからも、誰とも群れず、多くの生徒から恐れられてきた。

彼に喧嘩を売り、痛い目を見た輩は数知れずといった噂だ………


彼が静かにつぶやき、レイナを睨み、見下ろす。

その言葉に、レイナは不満なようだ。ムッとした表情で彼を見上げる。


「いやいや、ほとんど同時だし!!なんなら私の方が早かったまである!!」


上目遣いで訴えるレイナに、トシヒコは眉を少しピクくつかせて威圧している。

他の生徒なら、ここで文句をつけるどころか、手が重なった時点で譲るようなところ、このイレギュラー娘ははっきりとものをいう。無理もないだろう。

不機嫌なトシヒコは、姿勢を一切変えずに言った。


「だったら............どうする?」


「うーん.........じゃんけん.........とか??」


レイナが真剣な目でつぶやく。

状況を察した周りの生徒たちが、ざわざわとし始める。

あいつは正気かと。

ジリジリと2人は場を移り、購買の前にある広場までやってきていた。


張り詰めた糸が瞬間。一気に切れる。

その時、巨大な拳が真正面に飛んでくる。

それをレイナは軽くかわす。図体からわかる機動力の差は、圧倒的……と言いたかった。

目の前を掠めた拳から生まれた衝撃波がレイナにとって、思いもよらない攻撃となった。

衝撃。反射的に距離をとり、狼狽える。

姿勢が崩れ、リズムがズレることは、戦闘において、大きな差を生む。


「フンッ………!!」


これにより生まれた隙を、トシヒコは見逃さなかった。

後ろに回った左腕から、さらなる追撃が行われる。

その先にはレイナの腹部。

彼女は咄嗟に、両手に炎を纏わせ守りにまわす。

即興で出たこの判断は、正解と言っていいだろう。

炎による防御力はともかく、ささやかなカウンターとなったこの行動は、彼の猛攻を止める手立てとなった。


「火………か………」


「へへ……ご名答…!!」


トシヒコはこの力に関心しているように見えた。

その様子に、レイナも笑って返す。

いざこざから始まったこの小競り合いは、いつしか段々と、互いに実力をぶつけ合う“勝負”へと変わっていた。


「そいつァハンデじゃなく、レベルアップってことでいいんだよな?」


「もちろん」


2人が同時に拳を向けたとき、その間に1人が立ち塞がった。

靡いた紫の長髪。

それは『藤沢 ユカリ』であった。


「まったく………帰ってこないと思ったら………!」


呆れたようにユカリが言う。

瞬間、2人の興奮は0に等しかっただろう。

違うのだとレイナが言い訳しようとした瞬間、レイナの周囲を紫の物体が囲む。

半透明で光沢を持ったそれは、“紫水晶(アメジスト)”といったところか。


「レイナはそこでおとなしくしてて」


ユカリの口調がいつもよりキツい。

多分、キレてる。

おそらく、いつもの3人で1番怒らせてはいけない人を怒らせてしまったかもしれない。

レイナは焦りながらそう思っていた。

ユカリはゆっくりと、目の前の巨体へと向かっていた。

小柄なユカリと比べてしまうと、彼の肉体はより大きく見え、岩のようだと言っていいかもしれない。


「嬢ちゃん………アンタがオレの相手してくれんのか?」


「かまいませんよ。あいにく、今ストレス発散したい気分なので。」


先ほどとは打って変わった、緊迫した雰囲気が流れる。

この中で、先に行動したのは、ユカリだった。


「………『ヴァイオレッタ』」


『ヴァイオレッタ』

外界影響型 具現系 異質能力

自身の魔力を使用して、紫水晶を作り出す能力。

防御や攻撃と幅広く活用できるが、硬度には限界があるため注意が必要。


ユカリが手を振り前へ出すと、その動きを追従するように、地面から紫水晶が生成される。その波は、複数へと流れながら、終着点は1つ、トシヒコの足元へと向かっていた。

対策を講じる間もなく、紫水晶はトシヒコの足元をしっかりと固めていた。

常人では身動きが取れないほど大きな結晶。しかし、トシヒコにとってそれは効果を持たなかった。


「へへっ………『だいだら』………!!!」


『だいだら』

自己完結型 変化系 異質能力

自身の肉体を、岩石の巨人に変化させる能力。


トシヒコの肉体が岩石のように固く変わる。

それと同時に、巨大な肉体は、更に巨大になり、さっきまでが岩だと言うのなら、今のこれはとうとう“山”と言えるかもしれない。実際は岩(物理)だが。

その巨大な肉体は、足元を固めた紫水晶を軽く割り、悠々と動き出した。


「ハハハ!! 驚いたか? オレの力は」


ユカリは険しい表情をしていたが、すぐに行動を再開する。

動き出した巨体に、鋭利な水晶が打ち付けられる。

ピクリ、ピクリと。

水晶が肉体へと接触するたび、動きはあれど、効果は一切なく見えた。


(いくらあがけど無駄なコトだ......! アンタの"属性"じゃ、オレの力からは逃れられん!!)


『属性』———

この世界の証幻症状、魔法には、属性の存在が考えられている。

自然属性4種『火』『水』『地』『空』 そして始祖属性2種『光』『闇』 分類がなされない『無』の計7種。

これを元とし、さまざまな組み合わせによって、能力は成り立っているとされている。

そして、この属性には"相性"があり、『火』は『空』に強く、『空』は『地』に強く、『地』は『水』に強く、『水』は『火』に強い。

『光』と『闇』は対を成し、『無』は全ての属性に不利である。

この相性が勝敗に直結するわけでは決してない。

結局は使用者のアイデアや思考、身体能力によって変化するのもの。

しかし、この関係は不変なものであり、たったそれだけであっても1つのアドバンテージとなることも事実。


トシヒコの証幻症状『だいだら』には、地属性の生成物体を吸収し、自身の肉体へと昇華させる能力がある。

紫水晶を生成するユカリの『ヴァイオレッタ』は、能力を使うほど相手を強化するという点で、相性は最悪と言えるだろう。


巨大な拳は迷いを知らずまっすぐに突っ込んでくる。

ユカリは前方を水晶で固めて防御する。


「フン......! ここまでの硬度を出せるか......しかし!!!」


撃ち止められた拳をもう一度振り上げ、連撃を加えさせる。

ヒビが入り始めた水晶の向こうで、ユカリは動かず、じっとその様子を見つめていた。

違和感。

トシヒコは、そう心の隅で感じていた。

間合いをとることに使えるこの時間を、何故使わずに目の前にいるのか。

圧倒的に有利な状況を、何故作らないのか。

そんなことは、後から考えれば良いと、トシヒコは殴打を続ける。

その時、水晶が、砕け、割れる音がした。

しかしそれは目の前のものではない。

一体何故だ?

そう思ったトシヒコの中に、一瞬、ある記憶が巡る。


「まさか……!!」


その考えは大当たりだった。

見ると、水晶を完全に破り、息の荒いレイナがいた。


「はぁ……はぁ……やっと出れたぁぁ!!」


達成感に浸るレイナを目の前に、トシヒコは考えていた。

もし、目の前のコイツが加勢すると、1vs2の戦いになってしまう。

いくら巨体と筋力の持ち主である彼にとっても、数による連携とは、恐ろしいモノだ。

それを防ぐには、まずは1人、リタイアさせること。

1vs1の展開ならば、自分の敗北はまずありえない。

彼の照準は、真っ先にレイナの対処へと向いていた。

その無駄な思考が、この戦いの結果を示した。


瞬間。胸部に衝撃と痛みが走った。


「なっ......!? 効果はないと......わからないか!!」


胸部に突き刺さった水晶。

確かに彼にとって、水晶は吸収対象。大きなダメージを受けることはない。

はずだった。


「やっぱり。 効果はないと言っても、それは結果論。 吸収までにあるラグの間、物理的なダメージを負わせられる......!」


ユカリの不可解な行動、それは、トシヒコの証幻症状の詳細を知るためだった。

人間の持つものにおいて、完全無欠などは存在しない。

必ずどこかに穴がある。

レイナが水晶を破る時間すら、考えられた"罠"であった。


「これで対処法はわかりました。すぐに終わらせます......!!」


トシヒコの上空に並んだ鋭利な水晶が、ユカリの手の動きに合わせて一気に投下される。

彼に待ち受けるのは、いわば串刺し。

吸収が行われるまでの間、許容量を超えたダメージを負ったトシヒコは、その場に膝をついた。


「.........チッ......! やりやがる......!!」


重い体を起こし、構えをとる。

不安定ながらまっすぐに相手を見る彼の姿は、ギリギリの戦いを切り抜けてきたことを表していた。


「それまで!!!」


この緊迫した雰囲気を断ち切るような野太い声が響く。

声を上げたのは、『上曽山 シゲユキ』

この学校に勤務する体育教師だった。

剃った髪と、膝上まで上げた半ズボン、半袖のTシャツから覗かせる鍛え上げた肉体は、老齢と言われるだろうそのシワと白髪交じりの髭を合わせても見劣りせず、むしろ磨きがかった、例えるなら『老兵』と言わしめる、まさに"漢"であった。

彼は肩で風を切りその間合いに入ると、トシヒコの首根っこをつかみ、運んでいった。

その様は、さっきからは想像もつかない、つままれた子猫のようだった。


「フフっ......かわいい」


----------


「離せよクソジジィ!!!」


ここは体育教師のための教官室。

体育館に隣接されたこの場には、生活のための食器がシンクの隣に並び、スコア表や記録表など、多くの書類がそれぞれのデスクに重なっており、生活感のある雰囲気だった。

そこにトシヒコを連れてきた上曾山は、自分のデスクに座り、話し始める。


「さて、さっきの喧嘩のコトだが.........」


トシヒコは目線をそらし、不機嫌に、ムカついてやったと答えた。

そんな風に言われることは慣れている、と、そう伝わってくるようだった。


「.........今回は不問にしてやる」


「.........は?」


想定外の言葉。

ここまで暴れておいて、胸ぐらをつかまれることぐらいは覚悟していた。

その中での『不問』という言葉。

混乱するトシヒコを見て、上曾山は言う。


「オメェも自分でわかってんだろ? わかってるコトうだうだ説いたって、本人には刺さんねぇよ」


上曾山はそう言い、自分のカバンを漁る。

一言、トシヒコの名を呼んで、彼の胸あたりに拳ほどの物体が投げられた。

それはアルミホイルにくるまれ、角の丸まった三角形をしていた。


「やるよ。5限が始まるまでに食って戻れ」


そう、上曾山は言い、トシヒコを教官室から出した。

トシヒコは照れくさそうに笑い、歩いて行った。

さてさて、#4の更新だよ~

今回はちょっと文字数が多くなりましたね。後半の下書きをまあまあ削ることになりましたよそれでもこれだぁ。

戦闘にちょっと知恵っぽいものが入ってきましたね。こういうのをもっとやっていきたい。

トシヒコ君も上曾山先生もとてつもなくいいキャラなんで、これで終わりは嫌だね。なんとかしろ()

さてさて#5はどうなることやら...

いろんなキャラが出てきてますが単調にならないようにしたいですねぇ

次回もお楽しみに...

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