原作を知らぬモブですが
タイトルだけは知ってる作品と大体同じらしき世界に転生しました。モブです。
タイトルだけ知ってるのは友人が、
「今度この作品コミカライズするんだけど作画が推しの絵師さんなんだよね。もう買うしかなくない?」
と、とても下手くそな布教をしてきたからです。
友人の推し絵師は私にとって推しではないので。
なのでそっかぁ良かったねー、で話題を終わらせたけど。
どうにもその作品の世界っぽいなと思ったのは、その後も友人を介して聞いた内容と割と一致してる部分があったから。
貴族――王族も含む――たちだけが魔法を使える世界で、年頃になった貴族たちは魔法の扱い方を学ぶため学園に通う。
最初に学んだ魔法で出した花を卒業までに咲かせる事が主な目的だった気がする。
魔法で出した花は、人それぞれな形をしているけれど、花開く時が一人前になったという証になるとかどうとか。魔法の花はそれぞれの制服の胸元に飾られていて、結構な個性が出ている。
うん、かなり聞き流してたけど結構憶えてるものなんだなぁ。
ちなみに私はモブなのでモブらしく控えめなお花が出ました。
控えめだけど咲いたらきっと綺麗なんだろうなと思っている。
話の展開とかあまり記憶にないけれど――何せ興味がなくて聞き流していたから――ただ思ったのは流行りの悪役令嬢物に似てる感じだな、だった。
とりあえず悪役令嬢になるだろう令嬢の婚約者と、身分低めのヒロインとが出会ってなんやかんやするんでしょ?
最終的に悪役令嬢が断罪されて追放とかそういうあれかな。
知らんけど。
でも多分そうなんじゃないかなって思い始めたのは、ヒロインらしき少女を見かけるようになったからだ。
将来人を率いる立場である王族が学生になった時は生徒会に所属することが決まっている。
王族じゃなくても、身分の高い家に生まれた令嬢や令息もそう。
ただ、全員生徒会にしちゃうと人が多すぎて収拾がつかなくなりそうなので、その中でも成績優秀者が選ばれる事になっている。
王族で落ちこぼれだったらどうすんだろこの制度。
まぁ、そうなったらその時はその王族の未来がないんだろうな。
私はギリギリでその生徒会に属する事になってしまったモブ令嬢です。
悪役令嬢らしき人は、王妃教育を受けるために生徒会に所属する事は辞退する事になって、それは王家と学園で認められている。
まぁあれもやってこれもやって、じゃいくら優秀な人でもねぇ。
人に任せられるものならいいけど全部自分でやらなきゃいけないものになっちゃったら、時間がいくらあっても足りないからね。
優先順位としては王妃教育になるのもわかる。
で、将来の王妃様になるだろう令嬢がいなくなった空きに滑り込みで入る形になったのが、とっても優秀と謳われた子爵家の令嬢。
本来なら生徒会に属する事のない家柄だけど、その優秀さを活かさないのは勿体ないという事で特例で所属が認められたのだとか。
でもまぁ、子爵令嬢がいなかったら自分がそこにいたかもしれないのに……って思った一部の家柄が上の人たちが若干アンチになっているので、肩身が狭いらしい。
そんな彼女に、王子や公爵家並びその他の生徒会役員になったご子息が寄り添って、気づけば生徒会は彼女の逆ハーレムみたいになりかけていた。
あくまでそう見えるだけで実際逆ハーレムではないんだけども。
ついでに女子生徒会メンバーも彼女とはある程度話をしたりするので、女性陣からハブられてるとかはない。
まぁ、あくまでも必要最低限って感じだけど。仕事に必要な会話だけしてる感じ。
ただ、婚約者が将来の王妃になるために授業が終われば寄り道もせずお城に行ってそっちで更にお勉強しているのに、王子様は生徒会の活動で子爵家の令嬢といちゃいちゃしてるのはどうなのかな、って思うわけで。
ある程度の範囲内なら気にしない人ばかりだろうけど、ちょっと目に余るようになってきて、それとなく周囲も二人に注意をするようになったのだが。
何故だか子爵家のご令嬢が生徒会にいるのが目障りだから難癖をつけている、と思われて王子はそっと忠告をした人たちを目の敵にするようになった。
おかげで生徒会室の空気がやばい。
そして最近になって知ったのだけれど。
恐らくヒロインだろう子爵家のご令嬢――メロディさんは私と同じ転生者だった。
別に彼女が自分から「私転生者なの!」と言ったわけではない。
ただ黙々と仕事をしているモブの事とか風景の一部としてしか見てなかったのか、独り言の内容から転生者だと私が勝手に理解しただけである。
王子様を筆頭に他の令息たちもそれなりにメロディさんに優しくしてくれて、立場としてはとても良い感じなのかもしれない。放課後に街にデートに繰り出したりしてるみたいだし。
ただ、学生と言う身分なのであまり帰りが遅くなると親に知られると思うのよ。
仲の良い友人と寄り道しました、ならいいけど、生徒会で良くしてくれている令息たちと、となると話は別だ。
婚約者のいる令息とデートはバレたら流石に不味いとわかっているのだろう。
王子とのデートだって、大っぴらにやってるわけではなさそう。
ただ、生徒会の中では皆と仲の良いヒロインちゃんを演じてるみたいだけど、それぞれとの関係を知られない程度に上手く股をかけているのが判明した。
だってデートに行く場所、人によって変えたらぼろが出るかもしれないからって、大体同じ場所に行ってそうやって前回のデートの時の話とか別の人と行った場所の事を口に出さないようにとか面倒だわ、とか、まんねり化してきたとか。
私以外に誰もいない生徒会室でんな事呟けば嫌でも把握するしかないでしょう?
一部の乙女ゲームの攻略法みたいな事やってんな、っていう感想しか出なかった私も私だけど。
ただ、このままでは王子の婚約者であるご令嬢が悪役にされてしまいそうな雰囲気も流れ始めたので。
あ、じゃあ折角だし私が悪役令嬢の立場もらっちゃおうかな、って思ったのである。
あからさまにヒロインちゃんを害したりはしない。
そしたら悪いの私になっちゃうからね。
ただヒロインちゃんには自滅してもらおうかなって思っただけです。
だって、優秀なはずのヒロインちゃんは生徒会に入った最初のころは確かにお仕事してくれたけど、最近は王子を筆頭に令息の皆さんと談笑してキャッキャウフフしてるだけで、なんもしねぇから。
ぶっちゃけ邪魔だな、と。
なので悪役令嬢というよりは、お前らの仲を粉砕するお邪魔キャラみたいな立ち位置になってやろうかと思った次第であります。
そうは言っても悪口とかは言いません。
そしたら悪いの私になっちゃうからね。
身分が低い事で色々と言われている、というところで彼らの守らなきゃ……! 精神に火をつけてる部分もあるので、そういうのに抵触しそうな方法はしません。
私はただ、メロディさんが生徒会室に入ってきた時に、
「フフフフフフ~ンフ、フフフフフ~ン♪」
とちょっとご機嫌な感じで鼻歌をやっただけです。
えぇ、その鼻歌がファ〇マの入店音だっただけで。
生徒会室に足を踏み入れた直後、ぴたりという音が聞こえてきそうな勢いでメロディさんは止まりました。
「? どうしたメロディ、そんなところで突っ立って」
「い、今……ちょっとアンタ! どういう事よ!?」
「えっ?」
王子が不思議そうに声をかけたのに、王子には目もくれずメロディさんは私に詰め寄ろうとしました。
私は何で彼女がそんな剣幕なのかわからない、とばかりに首を傾げます。
「今、あっ、すいませんつい浮かれて鼻歌が出てしまいました……」
そうして少ししてから気付きましたとばかりに、照れくさそうに、それでいて困ったように笑みを浮かべます。
眉を下げて、控えめな笑みは王子や他の令息たちから見ても何もおかしなことはなかったみたいで、口々にメロディさんを宥め始めました。
神聖な生徒会で浮かれた鼻歌してんじゃねぇぞ、という風に捉えられたのかもしれませんね。
別に鼻歌くらい何も問題ないはずです。だって他の人たちだって時々出てましたもの。
ただ、私はメロディさんが生徒会室を出入りする時だけその鼻歌を出しただけです。
「ここは生徒会室でファ〇マじゃないのよ!?」
とか叫ばれても、私は何言ってんだろこの人……という目で困惑するしかありません。
だって当たり前の事言われても、せやな、としか言えないじゃないですか。
王子たちも、ファミ〇って何? という空気を出しましたし、当然そのファ〇マってなぁに? と聞きましたが、メロディさんに答えられるはずがありません。
この国にコンビニというものはそもそも存在しないし、24時間営業の店とかあれば確かに便利だけど、この国では難しいでしょう。
何でもかんでも揃ったコンビニは、流通面が整っていなければできないのです。
そうでなくても、一日中営業し続けて一年中休まない店とか、この国の法律から見てまず難しすぎるかと。
口に出すのは簡単だけど、そんな店を作ろうとした時点で労働力の面から法律に問題がでるのです。
この国ではコンビニとかブラック企業ってレベルじゃねーぞって言われる代物。
民を奴隷のように酷使すれば可能かもしれないけれど、それやっちゃうと王侯貴族の我儘のせいで民が反感抱きかねませんからね。
奴隷に働かせれば可能かもしれないと言い出す人も出るかもしれないけれど、労働奴隷では酷使しすぎだとなり、犯罪奴隷には任せられない。
現状では無理。これに尽きます。
もっと色んな部分が発展した未来ならもしかしたら可能になるかもしれませんが。
ともあれ、突然怒り出したようにしか見えないメロディさんに、令息の方々が困惑したのは言うまでもありません。
いつもにこにこ朗らかな雰囲気を漂わせていたメロディさん。
それが、彼女を気に食わない相手が言い募った時みたいな、ヒステリックな雰囲気を出せばまぁそうなるだろうなと。
しかも向こうは怒りのベクトルというか、起点というかが王子たちから見てもまだわかるものだった。身分だとか、距離が近すぎるとか。
身分に関してはそうだけど、それ以上に優秀であると諭したり、距離が近いのだって彼らからすれば友人だとまだ言い張れるもの。
恋人同士がやるような事まではまだしていないので、言い訳はまだ通じる範囲のものでした。
でもメロディさんの今の態度は、彼らから見て突然怒り出してわけのわからない事を言い出したようにしか見えないのです。
ゲームだったら、きっと好感度が下がってしまったのではないでしょうか。
私もメロディさんに目の敵にされつつあるようですが、しかし私は生徒会室でお仕事をする時、余計な事は言わず黙々と作業しているだけで今まで王子たちの会話に割り込んだり、邪魔をするような事もしていません。
ちょっと鼻歌が出てしまって、それがメロディさんの気に食わないものだったとしても。
王子たちはファ〇マの入店音を不快なものだと思っていないので、罰する事もできません。
誰が聞いても不快感しかない音だったなら、注意をされたかもしれませんが。
メロディさんが入退室する時だけやっていたら、自分がターゲットにされていると被害者面――まぁ被害者で間違ってはいませんが――するかなと思ったので、私は少ししてから他の皆さんが来るときにも入店音を鳴らしました。
生徒会室に誰よりも早くやってきて、ささっと雑用を片付けて、そうして本来やるべき作業に移る。
後からやって来た人たちには、私の作業が捗って鼻歌まじりなのだろうとしか思われませんでした。
日頃の行いって大事ですね。
ただ、最近何もしていなくてもメロディさんがこちらを凄い目つきで睨む事もあるので、ファ〇マの入店音は一度封印すべきかもしれません。
なので次に選んだ鼻歌は。
「フンフンフン、フフ~ンフ~ン、フンフン、フフフ~ン♪」
「あんたやっぱり転生者なんでしょう!?」
ダァンッ! と机を叩きつけて立ち上がったメロディさんが叫びます。
突然大きな音が鳴った事に私はびくりと肩を震わせてメロディさんを見ました。
「てん……? なんですか?」
「とぼけたって無駄よ! だって今のどう聞いてもド〇キの曲だったじゃない!!」
そう、激安の殿堂入りとかそんな感じのうたい文句があったような気もするあのド〇キの曲です。
そんなに利用したことなくても一度くらいは聞いた気がするな、っていうあの。
「メロディ、いい加減にしないか。
カレリア嬢にわけのわからない事を言って絡むんじゃない。
彼女は今日休んだコーディの分の業務も請け負ってくれているんだ。
不満が出てもおかしくないのに快くそれを引き受けてくれた相手に対する態度ではない」
「でも!」
「メロディ」
「……っ、ごめんなさい……」
聞き分けのない子供に言い聞かせるような王子の態度に、流石にこれ以上は分が悪いと思ったのだろう。
そもそも学園で身分はあまり関係ないと言われていても、それはあくまでも学ぶことに関してであって、それ以外ではちゃんと身分を弁えなければならない。
メロディさんは子爵令嬢で、私ことカレリアは侯爵家の令嬢だ。
本当なら、メロディさんの普段の私への態度はもっと厳しく叱られたって何もおかしくはないのだけれど。
今までは王子たちが彼女も慣れない環境でどうのこうのと庇っていたから、大した問題にならなかっただけ。
でも、メロディさんに難癖つけるでもなく、王子たちとメロディさんの親交を深める場を邪魔するでもなく与えられた生徒会役員としての役割をこなしていただけの私に、メロディさんは突然機嫌を悪くして当たり散らしたようにしか見えないわけで。
今までは心無い言葉を投げかけられたとかで被害者面ができていたメロディさんだけど、私に関しては本当に一切自分からメロディさんに関わりに行った事もない。
むしろメロディさんが近づいて余計ないざこざを起こしたようにしか見えないわけで。
この時点で、優秀だと言われていたメロディさんに懐疑的なものを抱いた者も出たようだった。
もしメロディさんと二人きりになるような事になっていたら、あんたも転生者なんでしょう、余計な事して邪魔しないでだとか、モブならモブらしく慎みなさいとか、きっと色々言われたのだろうなとは思う。
けれどメロディさんと私が二人きりになる事はまずなかった。
だって私は下校時間になる前に生徒会の仕事を終わらせて、さっさと馬車で帰宅したし、メロディさんは王子や他の令息たちが付きっ切り。
メロディさんに呼び止められて一緒に帰りましょうと誘われた事もあったけれど、そのたびに私は手を変え品を変え断った。
家の都合で、とか、今日は親戚が来ると連絡を受けていて、とか。
婚約者との交流がこのあとあるので急いで帰りたいのです、とか言えば王子たちがまぁそう言わずにと呼び止める事もなかったのだ。
私の婚約者は生徒会に所属していないというか、そもそもこの学園に通っていないので。
既に卒業した年上男性である。
年の差はそこまででもないので、私としては特に不満もない。
なので、決してメロディさんと王子やその他の令息たちの仲を引き裂いて自分がそこにおさまろうだとか、そんな事は一切考えていないのである。
ただ、メロディさんによって王子様たちとその婚約者との仲が悪くなって亀裂が入った場合、今後の色々が面倒な事になりそうだから妨害しているだけで。
生徒会に所属せず王妃教育を頑張ってる王子の婚約者がもし悪役令嬢として婚約破棄とかされた挙句追放とか、処刑なんてことになったらどれだけ国が荒れる事か。
下手したら一部の貴族が国に反旗を翻しかねない。
だから私はそれとなくヒロインさんの意識をちょっと逸らしただけ。
私の鼻歌に惑わされずヒロインやってたらそのままヒロインできてたかもしれないのにね。
でも転生者かもしれない相手が自分以外にいたら、自分の知るストーリーをひっくり返されるかもしれない……そう考えて無視もできなかったから。
だからメロディさんはヒロインにはなれなかった。
結局のところ、わけのわからない事を言って私に突っかかるメロディさんを見て何か思うところがあったらしい王子は、冷静に色んな事を考えなおした結果、メロディさんが最近ほとんど生徒会室にいても自分たちとお喋りしてるだけで特に何もしていない事や、優秀だと言われていた割にそれを発揮しなくなってきたことから。
もしかして彼女は頭に病を患ったのではないか、という結論に至ったらしく。
王子が手配した医者にかかったものの、自分は正常である事や、あの女が悪いのと私を悪しざまに言った事からやはり精神面に不安定なものがみられたようで。
精神を病んだとされて、メロディさんは人知れず学園を去る事になったのであった。
まぁ、うん。
そうね、前世だとよくある中二病で片付けられたかもしれないけど、生まれ変わりとかこの世界メジャーじゃないので。
自分のみならず私までそうなんだとか色々と言ったみたいで、私も簡単に診察を受ける事になってしまったけれど。
私としてはわけのわからない事を言われて困惑しているとしか言えないわけで。
鼻歌のメロディは思い浮かんだだけで何かを意図したつもりはない、と言ってしまえば。
知ってる曲を鼻歌でする時もあれば、浮かんだ旋律を適当に、なんて事もあるのは何も私に限った話ではなかったので。
私は特におかしくなった、という診断は下されなかった。
むしろ変なのに絡まれて大変だったね、今日はゆっくり休んでね、と医者に労わられてしまった。
ハッキリと聞かされたわけではないけれど。
メロディさんは心を病んだ令嬢が収容されるという修道院へ送られたらしいので。
ふわっとしか知らない原作は完全に消滅したと思われる。
魔法の花とかきっと原作に関わってたのに完全空気だったもんな……
まぁいいか。
モブ令嬢の鼻歌は他にもたくさんのレパートリーがあります。
なのでもしここでヒロインさんが華麗にスルーできていても、多分どこかで引っ掛かった。
次回短編予告
最早テンプレとしか言いようのない異世界に聖女召喚された女の子の話。
聖女に侍る見目麗しい男性に、素直にときめいてしまいたかったけれど。
しかし彼女は気づいてしまった。
彼らが欲しているのはあくまで聖女であって、自分自身ではない事を。
聖女をどうにかして引き留めたい彼らとの攻防戦。
次回 聖女様は靡かない
投稿は三日以内。