第3幕 変わらないはずだった今日
険しい道を進んでいく。久しぶりに山を登った。家にひきこもりっぱなしだったから体力も衰えているかと思ったが経験というのは意外と身に染みているらしい。多少の疲労感を感じるだけで体に不調はなかった。しかしーー。
「山っていいねぇ。風が心地いい」
「………………そうですか」
「最近の旅先は大都市ばかりだったからね。都心は人が多くて疲れる」
「………………はぁ、」
「たまにはこういうのもいいね。皆とまた来ようかな」
堅苦しい服装の割に軽やかに進んでいくルカがこの調子でずっと話しかけてくる。体調面では問題ないが精神面でかなりきている。ストレスの溜まりようが半端ない。
「(なにこいつ。壺に関係の無いことばかり)」
てっきり質問攻めにされるかと思っていたのに。ホッと胸を撫で下ろしつつ不信感が拭えない。何を考えているかさっぱりである。
カインより前を歩くルカをじっと睨む。今ここで彼の目を盗んで逃げれば撒けるのでは……?と思ったが家を知られているから無意味だと思った。それに彼の目を盗むのは難しいとも思った。これは狩人の勘だ。狩人の勘が彼は只者ではないと告げている。
「(…………絶対に壺に近づけないようにしよう)」
もし彼が無理やり壺を奪おうとしてきたら、果たして自分は勝てるだろうか。もう半年ほど狩りもせず自堕落な暮らしを続けていた自分にーーーいや、勝たねばならない。勝たなければ。例え相手がどんなに強くとも、壺だけは守らないといけない。
あれこれ考えていると、鼻歌を歌いながら進むルカが急に立ち止まった。ぶつかる直前で足を止めたカインは怪訝そうに目の前の男を睨むと、彼は「さて、」と振り返った。
「そろそろ猪の一匹でも出てくるんじゃない?」
「そんなすぐに出てくるわけーー」
”ないですよ”なんてバカにしたように言ってやろうかと思うも口をとざす。ルカがニコニコと笑いなからすぐ左隣にある木々を指さしていたからだ。それからやっと気づく。ーーー何かいる。
そちらへ神経を集中させる。ガサッと何かが動く音がした。すぐ側だ。ルカが指さす木々の奥。その隙間から何かと目が合う。
咄嗟にカインは弓を構え矢を放つ。その何かに命中した瞬間「キーっっ!!」という金切り声が上がり、ドスっと何かが倒れる大きな音がした。
「おー、見事だね」
構えていた弓を降ろしたのと同時に呑気な声が聞こえた。「……そりゃどうも」 と適当に呟いて木々をかき分けて奥へ進む。その先には頭に1つの矢が刺さった猪が横たわっていた。立派な猪だ。これは高値で売れるだろう。カインはそのすぐ側にしゃがみこみ手を合わせた後、懐からコンパクトナイフを取り出し簡単な血抜きの処理を行う。
「ふーん、いつもナイフなんて持ち歩いてるの?」
「当たり前です。狩人の基本ですよ」
「へぇ〜そうなんだ」
その向かい側でニコニコと笑いながらその様子を眺めるルカにため息をつく。不思議な男だ。きっとこんな光景初めて見るだろうに、顔色1つ変えずにいるなんて。
血抜きを終え、自身の身長ほどあるイノシシを背負う。ルカはキョトンとした顔をして「どこに行くの?」と問うた。
「……帰るんですよ」
「え、終わり?」
「…………あー、いえ、誰かさんのせいで何も持ってこなかったので。新鮮な肉が悪くなってしまいます。ひとまず帰って肉屋に売るとします」
「あは、それは悪かったね」
とても悪いとは思っていなさそうな声色で彼がそう告げると流れるように自分の横に並んだ。
「……着いてくるんですか?」
「うん」
「…………山に登りたかったんですよね?」
「……あれぇ?そんなこと言ったっけ」
調子のいいことを言う彼にまたもため息をついて歩き出す。その後ろを当たり前のように彼はついてきた。いつまでついてくるつもりなのか。いい加減どうにかしないといけない。
「(……けど、どうやって……?)」
先程も思ったが彼の目を盗んで逃亡するのは不可能。自宅がバレてしまっている以上逃げも隠れもできない。だからといって正々堂々正面からというには少々荷が重い。できれば、壺を盗んだ犯人が自分ではないと証明できればいいのだがー。
「(……そもそも、なんでコイツに壺を盗んだことがバレているんだ?)」
そもそもおかしな話だ。壺を盗んだのは約三ヶ月前。壺が無くなってからというものこの辺りでは大騒ぎになったがカインが疑われたことはなかった。それなのになんでー。
「(…………口封じ、しないといけないか……?)」
ふと物騒な考えが頭をよぎる。戦いたくない、荷が重い、なんて言っている場合ではないのでは?彼を殺さないといけないのでは?しかし、そんなことで人を殺すなんてーーー。
ゆっくりと考えながら歩くも結局答えはでない。重たい猪を背負いながら来た時より10分ほど時間をかけて村へ戻った。
その帰り道もルカは絶えずくだらない話を続けた。カインは話半分に聞いてたせいで内容をまるで覚えていない。考え事をしながら「はぁ、」「へぇ」と冷たい対応を続けていたがルカはそれでも話し続けていた。まるでこんな風にぞんざいに扱われるのが慣れているようだった。