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トリカブト  作者: 軽田おこめ
第2章 存在が消える髪飾り
23/25

第21幕 甘いものはお好きでしょう

 


 ーーーそうして結局断れずやってきた潜入調査当日。


「やっぱ見違えるよねシエルって。化粧と服装でどうとでもなるじゃん」


「はは、ありがとうございますお嬢様。その名で呼ぶのはもうやめて頂けますか?」


  ヴォーリア地方最大の社交界の会場である屋敷内に2人の姿はあった。いつもとは違う衣装やメイク、佇まいのおかげか今の彼らは誰がどう見てもどこかのご令嬢とその執事であった。ちなみにこの衣装の入手やメイク、ヘアーセットは全てシエルの担当であったため、彼は潜入する前からヘトヘトである。

 彼らのここでの身分は平民から成り上がってきた商人家系であるロール家の外孫にあたる令嬢とその執事である。どこでこの身分を仕入れてきたか分からないが、実際に存在する名家らしい。シャルロットの偽名はシャーロット=ロール。シエルの偽名はシオン=アルアリア。名前まで寄せてきたのはルカのイタズラかシャルロットが間違えないための優しさなのか、シエルには判別のしようもない。


「……もうビビってんの?まだ大丈夫だよ」


「貴方と私では心構えが違いますからね。自分自身を守れる盾は私にはないのですよ」


  美しく華やかな黄色を基調としたドレスを身にまとったシャルロットはいつもと変わらない声で軽口を叩く。まだ長い廊下を歩いている最中とはいえもう屋敷内である。どこで誰が聞いているか分からない状態だというのにその余裕っぷりは異常だ。少しでも知的に見えるようにとかけている伊達メガネをクイッとあげて「お嬢様」と呟く。


「いいですか、余計なことは喋らないでくださいね」


「……………余計なことって何?」


「余計なことは余計なことです。問題はできるだけ起こしたくないでしょう?」


「……え、いや別に。全部倒せばいいんでしょ?」


「………。やめてください。本当にやめてください。目立ちたくないんですよ……」


「え、なんで?」


  普段と変わらないその声にシエルは軽くはぁ、とため息をつく。どうしてそんなに余裕そうなんだ。そしてどうしてそんなに脳筋なんだ。戦闘狂というのはこうだから困る。武力で全てが解決できると思っているのだ。いい加減にしてくれ。それでは命がいくらあっても足りない。

 文句のひとつでも言ってやろう。ここでぶつくさ小言を言ったところで対して意味はないのだがそれとこれとは話が別だ。言ってスッキリすることもあるだろう。


 そんな思いで彼女を睨むも、そんな思考は一瞬で消え去った。


「は、え、ええ、!?ちょっと!なにしてんの〜!?」


 あまりのことにシエルは慌てて叫ぶ。彼女の周りをはらりはらりと花びらが舞っていたのだ。彼女は軽く手を伸ばしていて、その指先を溶かすように出現するその花びら。見慣れた光景だ。その意味が分からないほどシエルは馬鹿ではない。


 ーーー能力を使おうとしているのだ。こんな場所で、堂々と。


 彼女の能力は”体の一部又は体に触れているものを武器に変換する能力”である。彼女がイメージできるものならどんな武器でも変換可能であるが、その”武器の質量”と”変換する体の一部又は体に触れているものの質量”が同じでなければならない。また変換中の物質は花びらとなり彼女の周りを舞って形成する。その光景は幻想的であり、まるで彼女が花びらを操っているかのようにも見える派手な能力だ。


 つまり、そんな幻想的な演出の後、武器を手にした彼女がこの場に立っていれば嫌でも目立ってしまうというわけで。彼女はお遊びのつもりなのだろうが全く笑えない。騒ぎにでもなって取り押さえられたらどうするつもりなのかーーー。最も彼女なら取り押さえられる前にどうとでもなるだろうが。


「ちょ、ちょちょちょ!!!!シャルさん!?ひっこめて!ひっこめて!」


 シエルは辺りをキョロキョロと見渡し叫ぶ。不幸中の幸いか、辺りには誰もいないようだ。シャルロットは小馬鹿にするかのようにふっと鼻で笑っていた。なんだその顔。ムカつく。かなりムカつく。しかし今はこんなくだらないことで喧嘩している場合ではない。どうにかしないとーーーー。


 頭の中であれやこれやと考えるも、彼女の傍でおろおろと狼狽えることしかできなかった。するとその様子にシャルロットは更に意地の悪い笑顔を浮かべた。まずいまずいまずいーーー。本格的にまずいことになった。その顔はまずい!


「(ここでもし銃撃戦が始まってしまえば……。どうしよう!自分だけでも無実を主張して逃げるか……できるか?いやそれしかない。それしか助かる方法は見当たらない。彼女は放っておいてもどうにかして帰ってくるだろうし、まずは自分のことを再優先でーーーー)」


 最悪のパターンを想定していると辺り1面に舞っていた花びらがだんだんと少なくなっていくのが分かった。シエルはその様子を見てほっと胸をなでおろした。どうやら満足したらしい。花びらは彼女の指先へとすっと戻っていき、半分ほど消滅していた彼女の右手が元に戻る。そして全てが元通りになった後、いつの間にか真顔に戻っていたシャルロットが「冗談だよ」と呟いた。


「な、何が冗談なの〜。誰もいなかったからよかったけど冗談になってないよ!」


「え、大丈夫だよ。ヒヤヒヤした?」


「そりゃあヒヤヒヤするよ!!何考えてるの!?」


  あまりのことに戻ってしまった素を咳払いで誤魔化す。大声を出してしまった。あまり目立ちたくないというのに。

 シャルロットは煽るようにニタニタ笑いながらシエルの横を通り過ぎる。だからなんだその顔は。人で遊ぶな。全く、人の苦労をなんだと思っているのだ。

 そうこうしているうちにシャルロットは皆が談笑を続けるパーティー会場の前までたどり着いていた。向けられている視線が扉を開けろと言っている。


「……はぁぁぁぁぁ、はいはい」


 大きなため息をついたあと小走りで扉の前に向かった。そしてドアノブに手をかけ「…いいですか 」と呟く。


「…………うん。いつでもいいよ」


  全く頼もしい限りである。ニコリともしないでまっすぐ目の前を見つめるシャルロットの目は狼のようだった。その目にシエルも覚悟を決める。

  大きな両開きの扉をゆっくりと開ける。その瞬間に聴こえてくるオーケストラの音色や談笑の声が鼓膜に届いた。何度聴いても慣れるものではない。自分には無縁の世界なんだと言われているようで少しだけ悲しくなった。

  扉を抑えるように右側に立ち軽く頭を下げる。その横をゆったりとした足取りでシャルロットが通り過ぎる。立ち振る舞いやその見た目はどこぞの令嬢そのものだった。彼女の登場に、扉付近で談笑をしていたご令嬢達がチラリと彼女を見てすぐに目を逸らした。シャルロットはこちらがギョッとするような美しい笑顔を浮かべながらズカズカと前を進む。


「いつもあんな反応されるよね。嫌な気持ちになる」


「仕方ありませんよ。我慢なさってください」


 彼女にしては気を使ってくれたのであろう小声で呟かれた小言。こういったパーティーに参加すると大体ああいう反応をされるのだ。”見たことない顔”ということは”大した家柄でない”のと同意。家柄を象徴したい、位の高い人間に媚びを売りたい、そんな思考が渦巻く空間である社交界では当たり前の光景というわけである。

  さて、シャルロットのご機嫌をとっておかなければ。むしゃくしゃして暴れたい、なんて言われたらシエルでは対処できない。ズカズカと進んでいったシャルロットは人気の少ない窓際を陣取って、ゆうゆうとダンスをする貴族たちを眺めていた。表情は笑顔のままだが不機嫌であることには変わりない。何かないか、と辺りを見渡すとショーケース内に美しく飾り付けられた小さなケーキが用意されていることに気づいた。ショートケーキ、チョコケーキ、チーズケーキ。様々な種類のケーキ達にこれはいい、と思った。シエルは全ての種類のケーキをお皿いっぱい乗せて彼女に渡す。


「…ご機嫌とりのつもり?」


  渡した瞬間、彼女がポツリと呟く。全くその通りなのだが、ここで肯定などしてはいけないことくらい分かっている。シエルは長い沈黙の後「…………………………………………………いえ」と否定の言葉を呟く。


「………僕は情報集めに行ってきます。お嬢様はくれぐれもここから離れないように」


  しかしその言葉は肯定と変わらない意味を持っていると気づき慌ててそう告げる。シャルロットの視線から逃げるよう「では、」と呟いて早足で貴族たちの元へ向かった。


「………いってらっしゃい」


  文句は言いつつ一口ケーキを食べたシャルロットが手に持つフォークをゆらゆらと揺らしながら言った。


 

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