第19幕 呪
「………………はぁ?」
まるで意味が分からない。さっきからずっと意味は分からないが一段と分からなかった。
仕掛けの保険?なんだそれは。生まれてこの方そんな単語を聞いたこともない。困難するシャルロットにルカがふふ、と笑った。「……意味わかんない」と呟くシャルロットにルカが「もっと簡単に言うとね」と笑う。
「覚えていてもらうための道具にすぎなかったってことだよ」
「…………はぁ」
「手紙を残せば定期的に読んでくれる。そうすればその度に自分を思い出す。その手紙のおかげで彼の気持ちを支えることができたら。そうすればさらに彼は私のことを忘れられないーーなんてね」
そんな邪な気持ちで手紙を送ったというのか。彼の思考は意味不明である。
しかし彼の言い分ではシャルロットの疑問は解消されない。シャルロットは「……もしそうだとしても死んでほしい相手に手紙書かないでしょ」と言った。ルカは「別に死んでほしいわけじゃないよ」と答える。
「何度も言うようだけど彼女の願いは”覚えていてもらう”こと。彼が生きようが死のうがそれは大切なことじゃない」
そう言い切るルカに「……酷い」と呟く。ルカはケラケラ笑って続けた。
「マチルダが肉屋の店主になんて言って手紙を預けたか覚えているかい?」
「……えっと……確か”狩りの報酬と一緒に渡して”だったっけ?」
「そう!よく覚えてたね。でもなんでそんな風に伝えたんだと思う?」
「……それはーー」
シャルロットはその後の言葉が思いつかなかった。確かに不思議な言い回しだと思ったから。もっと別の言い方があったと思う。肉屋の店主はカインと仲が良かったようだし、手紙の1つすぐにでも渡せただろう。あれでもないこれでもないと頭を悩ませていると、その気持ちを読んだかのようにルカが「私が死んだら渡してっで良かったよね」と言った。
「……そうだよね。それで良かったよね。実際”報酬と一緒に渡して”って言ったせいで手紙が渡るのが半年先になったんだもんね……」
「んふ、そうだね」
シャルロットは悩む。その行動の意味。一向に答えが出ないシャルロットを見てルカが「それじゃあ考え方を変えようか」と言った。
「報酬を渡す時ってどんな時かな?」
「……それは狩りをしてそのお返しでしょ?」
「んふ、そうだね。それってつまりどういうこと?」
「どういうことって…」
その言葉でやっと理解する。あ、と口から零れた声にルカはニヤリと笑った。なるほど、そういうことか。
「……仕事をしてお金を貰うなんて、”生きよう”としてる人の行動」
「うん、そうだね」
「カインが”約束を破って生きる選択をした時”だけ手紙が渡すようにした……?」
それなら全ての辻褄が合う。シャルロットは冷静に自分の中で状況を整理する。ルカの言っていた”保険”という言葉も理解できた。
もし生きることにしたら。そしたら自分のことを思い出す仕掛けが1つ増えるように。思い出としてすぐに蘇るように。生きる選択をした時用の保険だと言いたいのだ。
「……目の前で死んだのは深くカインの中に残るため。手紙を残したのは思い出すきっかけを作るため……ってこと?」
「そうだね」
「…………なにそれ」
シャルロットは目を丸くして驚く。彼が平然と告げた仕掛け。それは仕掛けと言うには可愛げがありすぎる。それではまるでー。
「……………呪いみたい……」
彼の一生に自分が残るように。死にゆく自分が消えないように。そのために残した仕掛け。忘れたくても忘れられない。ずっと脳裏に焼き付いた記憶。消えることのない苦痛。後悔、失望、羨望、愛情。いろいろな感情がぐちゃぐちゃと混ざった呪いだ。
シャルロットは拳を強く握りしめた。なぜだか自分事のように思えて苦しくなったから。その様子もルカは気づいているのだろう。少し困ったように笑ってからまたいつもの様にははっと笑って「いいね、それ!」と言った。そして大きく手を広げて空を見上げながらクルリと回った。そして木々の隙間から差し込む月光が彼をスポットライトのように照らしていた。シャルロットは突然のことに立ち止まりじっとルカを見た。
目の間に立つルカは何故か辛そうな表情をしていて目を離せなかった。ルカは言った。
「いつまでもいつまでもただ自分だけを愛して。自分のことだけを考えて。目移りなんてしないで。あなたが死ぬその瞬間まで一生をかけて尽くしていて。もし約束を破って生きていくことに決めたなら、もし私のいない世界で生きることにしたのなら……絶対に、私の事を忘れないでね。じゃないと呪っちゃうかもしれないから」
儚げな笑顔を浮かべて彼。まるで演劇を見ているかのような気分だった。彼の艶やかな長い白髪が風に舞う。苦しそうな、悲しそうな、けれどどこか不気味な瞳が怪しげに光る。その一瞬、ルカとは別の誰かが目の前にいると思ってしまい、シャルロットは思いっきり頭をふった。それからすぐにルカを見上げると、いつもと変わらないヘラりとした笑顔で「なんちゃってね」と言って歩き出していた。シャルロットは少し呆然としてから慌ててその隣に並んだ。
「……なんでこのことをカインに伝えなかったの」
じとっとルカを睨みながら言うと彼が「伝える必要あった?」と言った。
「こんなこと、彼に伝えて何になるの?」
「……、」
「知る必要のないことで苦しむことなんてないよ。彼はこの結末に満足している。彼女もきっと満足している。それなら僕が何かする必要なんてないさ」
酷く優しい顔だ。シャルロットは何か言おうと口を開くが言葉が出ず口を閉じた。ルカはニコニコと笑って「それに」と続ける。
「今僕が言ったことは僕の妄想にすぎない。実際どうだったのかはもう分からないからね」
「…………そうだね」
本当は彼女がどう思っていたのか。どうしてそんな行動をしたのか。ルカの言うとおりだったかもしれないし、考えすぎかもしれない。全部たまたまだったのかもしれない。けれどそれを確かめることはもうできないのだ。当の本人は亡くなってしまったのだから。
「……これでよかったのかな?」
「良いか悪いかは僕たちが決めることじゃないよ」
目を細めた彼がそう言った。いつもどおりのヘラヘラとした表情のようで、どこか違うようにも見てた。
「(……総統は辛くないの?)」
なんて。シャルロットはその言葉を飲み込む。彼に言うべき言葉でないことくらい分かっているから。
常に細かいことに気づいて、人の気持ちに敏感で、人よりいろいろなことを考えている彼はこんな風に旅をするのが辛くないのだろうか。骨董品を通じて色々な人の強い思いに触れることが多いというのに。それでも彼の笑顔は変わらない。
彼はこの旅をやめたいと思ったことはないのだろうか。
「どうしたのシャル。早く歩かないと明日になっちゃうよ?」
ヘラりと笑った彼がそう言った。いつの間にか歩く速度がゆっくりになっていたようだ。じっと見つめる彼と目があう。見透かされているような気がして目を逸らした。そして「なんでもない」と言った。
「……帰ったらレオンに謝ってね」
「えぇ、なんでよ〜」
「……心配してたからだよ。レオンうるさかったし」
誤魔化すように話をふった。それくらいしか、彼女にできることはなかった。
ーーーto be continued




