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トリカブト  作者: 軽田おこめ
第1章 死者が見える壺
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第18幕 もう誰も知らない答え

 


「……死に方?」


「そう。奥さんの死に方。なんでわざわざあの場所で最愛の人の前で死んだんだと思う?」


  その言葉に「確かに」と呟く。よく考えてみればそんなことをする必要どこにあったのだろう。わざわざ調子の悪い体であの海涯まで行かずとも死に方などいくらでもあったと思う。しかしそれが”気になること”としてはくだらないことだとも思った。シャルロットは「……でもさ」と言って続ける。


「……理由なんていっぱいあるんじゃない?」


「例えば?」


「……例えば……。思い出の場所で死にたかったとか。最期に海を見たかったとか。死ぬ気はなかったけど突発的に死にたくなった……とか?」


 思いつく限りの例を挙げる。少し考えただけでこんなに出てくるのだから、きっと深く考える事ではないと思うのだか。しかしルカの満足のいく答えではなかったようで「それは”場所”の理由でしょ」と言った。


「……場所の理由?」


「シャルがさっき言ってたのはどうして”海涯”から飛び降りたのか。その理由は確かにシャルの言っていた例の中に答えがあるかもしれない。でも僕が聞いているのはどうしてあの”死に方”を選んだのかってことだよ」


「…………??」


  ルカの言葉に頭が混乱する。何が違うのかシャルロットにはさっぱり分からなかった。頭上にはてなマークをたくさん浮かべているとくすくす笑ったルカが「もっと分かりやすく言うと」と言った。


「なんでカインの”目の前”で死んだんだろう」


「……それは」


  なんでだろう。確かにルカの言うとおりわざわざカインの目の前で死ぬ必要はなかったかもしれない。


 例えばどうしても海涯で死にたいと思ったとしてもカインを連れて行ったりはしないだろう。だってそんなことをすれば彼の心に傷をつけることとなる。現にカインは海涯がトラウマとなって近づくことさえ出来なくなっているのだから。もし自分が彼女の立場だとしたら。どうしても海涯で死にたいのなら1人で海涯まで行くだろうし、それが難しいほど体が衰弱しているのだったらもっと簡単な方法で死んでいたと思う。


 そう考えるとシャルロットにしっくりくる1つの結論が頭に浮かんだ。


「……カインの目の前で死ぬのが目的だった?」


 そう思うと色々な辻褄が合うように感じた。病気の体で海涯に行きたいと言えば、カインは確実に着いて行ったはず。その海涯は険しい道を進んでいかなければならないから滅多に誰も近づかないと言っていた。きっとマチルダの死を間近で見ていたのはカインだけのはずだ。カインだけがその死を見ていたはずだ。その環境を作り出せるのは正に海涯がビッタリである。


 けれど何故。何故そんなことを。シャルロットはますます分からなくなりルカに「でもなんで?」と問う。手紙を読んだカインが言うにはマチルダは彼に生きていてほしかったのではないか。そんな相手が苦しむようなことをわざわざするだろうか。


 ルカは笑う。それはそれは楽しそうだった。シャルロットはその顔に好奇の眼差しを向ける。相変わらずの変人っぷりだが今はこの男に頼る他ない。勿体ぶる素振りを見せるルカに痺れを切らし「……早く言え」と言うと仕方ないなぁとでも言いたげな表情でポツリと呟いた。


「覚えてほしかったんだよ」


「……はぁ」


「ただずっと、覚えていてほしかっただけだよ」


 正直、それだけ?と思った。なんだかよく分からないがそれくらいの事を勿体ぶっていたのか、と。それと同時に少しの不気味さを感じる。その正体がなんだか分からずシャルロットは「詳しく説明して」と言った。


「詳しくも何も、そのままの意味だよ。目の前で死んだ最愛の人なんてなかなか忘れられないでしょ?彼女の狙いはそれだった。彼女はカインが1人で生きていくことに慣れてしまうのを恐れたんだ。自分がいない日常が当たり前になるのが怖かった。この命が尽きたその後でも自分を愛していてくれるだろうか。自分がいなくなった後、誰かのことを愛してしまうのではないか。そんなの嫌だ。ずっと愛していてほしい。忘れないでいてほしい。他の誰かと結ばれて、私との記憶は楽しかった過去の思い出として処理されてしまったら……。そうしたら死んでも死にきれない。そんなことになったらーーーー。

 だからふとした時に自分を思い出してくれるように所々に仕掛けを残そうとした」


「……仕掛け?」


「目の前で死んだのもその1つってわけ」


 シャルロットはその意味がまるで理解できなかった。自分に最愛の人がいないからだろうか。そんな風に考えたことがないからイメージがつかない。どうして彼女がそんな結論に至ったかを考えるのは無理だと悟ってシャルロットは1つの疑問をルカにぶつける。


「でももしカインが約束を守ってたら?カインが生き続けた時に覚えていてもらうためにこうやって死んだってことでしょ?それなのにカインが自殺しちゃったら元も子もないよね?実際、目の前で死んだのが相当トラウマになってるみたいだったけど」


  彼が約束を守るか守れないかなんてマチルダには分からなかっただろう。生きていてほしいというのならこの行動はおかしいように思える。むしろ約束を守ることを後押ししているようにすら思えた。ルカは答えた。


「別に生きていてほしいわけじゃなかったんだよ。カインが自殺してしまっても別に良かったんじゃないかな」


 さらっと告げられたその答えはかなり衝撃的なものだった。


 生きていてほしいわけじゃない?自殺してしまっても良かった?そんなわけないだろう。最愛の人にそんなことを思うわけがないだろう。


 シャルロットはジトリとルカを睨んだ。ルカは「あ、信じてない?」と笑う。その呑気さと話の内容が不釣り合いで奇妙だった。そんな事はまるで気にしていないルカはさらに続ける。


「約束守ってくれたら、つまり自分の後を追って死んでくれたら、何も心配することはない。だって彼が死ぬその瞬間まで愛されていたことになる。だから彼が死を選択したらそれはそれで満足だった」


 彼のよく回る口がペラペラと言葉を紡ぐ。意味が分からない。理解出来ない。その言葉の意味がどれほど狂っているか彼は気づいているだろうか。


 しかしシャルロットは彼の意見を否定しなかった。彼女は人に対する感情に疎い自覚があるから。これに関してはルカの方がいつも正しいから。


 シャルロットはさらに疑問をルカにぶつけた。


「じゃあ手紙は?手紙には前向きな言葉が書かれてたらしいじゃん。死んでほしい相手にわざわざ手紙なんて残さないでしょ?」

 

 あの手紙のおかげでカインは生きる決心がついたのだろう。もしルカの言うとおりだとしたら手紙なんて書かなければよかったのに。ルカは「いいところに気がついたね」なんて笑って頭をポンポンと撫でた。その手がムカついて強めに払い除ける。ルカは更に笑って「それはね」と言った。


「仕掛けの保険だよ」


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