第16幕 決別
それが銃弾だと気づいた頃には黒い物体はバタンと倒れ込み体の端からどんどんと黒いドロドロとした物体に変化していって、空気に溶けるように消えていった。
呆気にとられていたカインは慌てて銃弾が飛んできたであろう方向、つまりルカの背後を眺める。予めルカが閉めずに開けっ放しでいたのだろう扉の先には1人の小柄な少女が小型拳銃を右手に構えていた。グリーンのガーリーなワンピースに白いブラウス、腰あたりまであるウェーブかかったキャラメル色の髪の毛は真っ赤なリボンが着いたカチューシャで綺麗に整えられていた。どこかの国の民族衣装であろう。ここら辺では見ないお嬢様のような風貌の彼女が手に持っている拳銃で化け物を撃った。状況から考えてそれは間違いないのに、それを受け入れるのは容易ではなかった。何も声が出ないでいると、その少女が持つ拳銃がヒラヒラと無数の花びらになっていくのが見えた。その花びらは彼女の胸元までヒラヒラと飛んでいくとブラウスのリボンへと変化していた。
「総統。何してんの?レオンさんが心配してる。ていうか半狂乱になって探してる。いい加減何も言わないでいなくなる癖やめて。いい迷惑」
「ははっ、ごめんごめん」
小さな鈴のような声で彼女が吐き捨てるように言うとルカはいつものようにヘラりと笑った。張り付いたような真顔だった彼女は少し目を細めてジロリとルカを見つめていた。呆れてるような怒ってるような、何とも言えない表情だった。
カインは何も出来ずぼんやりと少女を見つめているとため息をついた少女がカインの方を向いた。じっと見つめられ、緊張感で少し後ずさる。
「………えっと……」
「あぁ、この子はうちのメンバーだから大丈夫。野蛮で凶暴だけどカインに害はないよ。ほら、自己紹介して」
「…………シャルロット=ダンディルナ。どうも」
「……はぁ」
ぺこり、とお辞儀した少女につられてカインも頭を下げる。ルカが「よく言えたね〜」なんて言いながら少女の頭をぽんぽんと撫でていた。少女はその手をすごい形相で払いのけていた。
数分のうちに現実離れしたことが起こりすぎて頭を追いつかない。働かない思考のまま少女ーシャルロットを眺めているとふと胸元で揺れるリボンが目についた。さっきそのリボンが花びらとなって舞っていたのをこの目で確かに見たのだ。あんな幻想的な光景は初めてだった。あれは人間離れした能力のようでー。
「……まさか、貴方たち”ヴァンダー”なんですか?」
ふと、頭に浮かんだ存在を口にしてしまった。この国ではあまり存在しない、”ヴァンダー”という生き物の名を。
ヴァンダー。 不思議な能力を持って産まれた生き物の通称。カインが住むこの辺りの地域ではヴァンダーは存在せず、ほとんど都市伝説のようなものだった。そのためこの国のヴァンダーに対する認識は”魔獣や魔物と同意”とされており、カインもまたそのような認識であった。それほどまでに存在があやふやなのである。
ルカはその言葉にヘラりと笑う。そして「そうだったら?」と言った。
「そうだったら、幻滅する?」
「……え、」
「この国じゃ珍しいんでしょ?ヴァンダーだってバレたら”人間じゃない”ってみーんな逃げていくよ。酷いもんだよねぇ」
やれやれ、と言いたげな素振りで語る彼。その表情は楽しそうで本当に”酷い”とは思っていなさそうだった。それがただの強がりなのか、慣れてしまったのか、はたまた本当に楽しんでいるのかカインには分からなかった。カインは「……いや、すみません」と言った。
「初めて会ったのでびっくりして……。助けてくださってありがとうございました」
「へぇ〜、珍しいね君。僕たちが怖くないの?」
驚いたように少しだけ目を見開く。それからふふっと笑った。どこか悲しげな憂いを帯びた表情だった。
「……信じたいものを信じろと、そうマチルダに言われたので」
カインはそう呟きながら立ち上がる。そして大切に抱えた壺をルカの前に差し出す。ルカが「いいの?」と聞いた。それにカインは頷く。もういらないものだ。
ルカは「ありがとう」と笑って壺を受け取った。今まで腕の中にあった重みが消える。それと同時に肩の荷が下りた気がした。
「ガーディ村の村長には内緒にしておきなよ?これは国王へのプレゼントになる予定だったんだから。君、バレたら死刑にでもなっちゃうかもよ?」
「………わかってます」
自分の罪は自覚している。しかしこんな所で死刑になんてなるつもりはない。ルカはクスリと笑って「これからどうするの?」と言った。
「生きてみようかと思います。マチルダが許してくれるのなら、彼女の分まで」
「辛くないの?」
「辛いかもしれないですけど……」
机の上に置かれた手紙が視界に入る。その内容を思い出して胸が温かくなった。
「……この村には彼女との思い出が詰まってる。簡単に捨ててはいけなかったんですよ」
少し歩けばその思い出が蘇る。どこを歩いていたって、いつかの記憶が残っている。自分と彼女だけの宝物を残して死ぬ訳には行かないのだ。
ルカは優しく笑っていた。
「じゃあ僕たちは行くよ」
「……はい。お気をつけて」
それだけ呟くとルカは歩き出した。シャルロットもカインにペコリとお辞儀してからルカの隣に並んで歩き出した。もう辺りは暗くなっていると言うのに、彼ら二人が歩く道だけ明るく輝いているように見えた。
「……本当に、ありがとうございました!!」
そう叫んだ。彼が振り返ることはなかった。ただ、左手をヒラヒラと振っているだけだった。
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