第14幕 苦し紛れの嘘のせいで
「………………………え?」
「君が都合のいいように見てる幻覚なんだよ」
幻覚。実際に存在しないものが見えること。つまり幻。言葉の意味は理解出来た。出来たがー。
「そ、そんなわけない……!!」
咄嗟に叫んだ。そんなわけない、そんなはずないだろう。そのまま言葉を発した。
もう数ヶ月。幽霊となった彼女と暮らした。その顔もその声もその仕草も。全部全部、彼女の生きていた頃のままだ。これを幻覚だと言われても簡単には信じられない。確かに彼女が傍にいたのだ。ずっと近くにいたのだ。それだけは確かなのだ。
噛み付くようにルカを睨むと、彼はこれまで見た事ない冷酷非情な表情でマチルダを指さしていた。
「目の前のこれを見ても、まだそんなことが言える?」
『……カィン………ァァァ……カイン……カイン』
「もう時期暴走しちゃうそうだね」
意味もなく名を呼び続けるマチルダに鳥肌が立つ。彼女をそんな風に思ってしまうことに嫌気をさした。大切な人なのに。愛している人なのに。
それと同時に脳内に危険信号がなる。これは、目の前のこの物体は、近づくべきではない。危険なものだとそう言われているようだった。
「……ねぇ、マチルダ………………」
『……アァァ……ァァァアア……』
「マチルダ……」
縋るように彼女の名を呼ぶも彼女の瞳はルカを捉えていた。まるで獣のようだと思った。天敵を目の前にしてどう殺そうかと考えている獣の目。見慣れた獣の目。それを見て見ぬふりをしてルカに語りかける。
「……彼女は本物ですよ。偽物のわけないじゃないですか。だって、だって彼女はずっと俺を責めてた」
『アァ…………アァ……カイン……』
「俺が都合よく幻覚を見れるなら、もっと、もっと……!!優しくて、ただ俺のそばにいる、そんな……そんな彼女を……!!」
自分で言っていてなんて情けないことだ。でも実際にそうだろう。もし彼女の幻覚が見えるのだとしたら。俺のことを否定しない。俺のことを責めない。俺のことを大切に思っている。ー俺を1番愛している。そんな彼女を作り出すから。
「……彼女はとても彼女らしく残酷なことを言います。それは彼女の本心なんだとそう思いました。だから、彼女は本物です」
俯いたまま拳を握りしめる。顔は上げれない。見たくないものがすぐそばにたくさんあるから。
あぁ、これは悪夢だ。きっとそうだ。まだ夢の中なんだ。最近はずっとリアルな夢を見ていたせいで境目が曖昧になっているのだ。
そうだきっとーーー。そう思っていたかった。
「ねぇ、カイン。それは本当に彼女の言葉なの?」
「………」
「知りたいって言ったでしょ。彼女の本心。その言葉は本当?」
彼の言葉が鼓膜を揺らす。そうだ。その通りだ。ルカをこの家に連れてきたのは彼女の本心を知りたかったから。彼女の本心を知りたいと願ったのは事実だ。その言葉にゆっくりと頷く。
「なら、ちゃんと現実を直視すべきだ」
「……っ」
「君はただ約束を守りたかっただけなんだよね」
心臓が苦しい。耳鳴りがする。視界が歪んでいく。けれどルカはカインに語りかけるのをやめなかった。
「死にたいと願った。けど死ねなかった。彼女が生きたこの村で彼女を思い出しながら生きていたいと願ってしまった。それを君自身が許せなかった」
「……、、」
「だから彼女に責めてもらいたかった。死んでくれって、約束を守れって、そう言われたら死ねると思ったんじゃない?」
まるで他人事のようだった。彼が話しているのは自分のことなのに、自分自身のことがまるで分からなかった。苦しくて、悲しくて、逃げ出したくなった。けれど逃げることも出来ず彼はトドメを刺した。
「ーーーーだから、そんなことを言う幻覚を作った」
あぁ、そうなんだろうか。全部全部、嘘だったのだろうか。
『ねぇ、死んでよ』
初めてそう彼女に言われた時、絶望感に苛まれた。幽霊となってもマチルダは優しく声をかけてくれると思ったから。久しぶりって、抱きしめてくれると思ったから。俺の事が大切で愛していて、ずっと一緒にいたいと言ってくれると、そう本気で思っていた。けれど実際の彼女の言葉はそんな甘ったれたものではなくて。でもその言葉を聞いた時”あぁそうだよなぁ”とも思った。
約束したのは自分だろう。”死んであげる”なんて偉そうに。そんな覚悟もなかった癖にさ。
彼女の言葉が本心なら、やっぱり俺は死ぬしかないんだ。死ぬしか、俺の進む道は残されていない。死んだらずっと彼女といられるんだから、それでいいじゃないか。こんな堕落した生活を続けて、生きる希望もなくて、何のために息を吸っているのか分からないでいるのに。どうして今更、生にしがみついてしまうのだろう。今から死ぬ、ってなったらやっぱり怖くてどうしようもなくて、どうにもならないのはどうしてなんだろう。君はあんなに綺麗に死ねたのにね。
だから、だから。もう少し、彼女から”本心”が聞けたら死ねるんじゃないかって思った。もっともっと、もっと。冷たく突き放してくれたら、現実を突きつけてくれたら。そしたら、苦しくなって、悲しくなって、喜んで死ねるんじゃないかって。そう思った。そしたら約束も守れる。彼女の傍にもいれる。こんな生活を終わりにできる。死にたいのに、死にたくて仕方ないのに本能が邪魔をする。そんな葛藤から解放される。
だから、彼女を作ってしまったのだろうか。




