第11幕 ただ誰かに話したかっただけ
冷静になってみればずっとそうだった、かもしれない。誰かに話したかった、のかもしれない。心の奥底に眠る汚く醜い感情も。自分だけのものになった真実も。全部全部。内に秘めたもの全部話したくて、でもこんな汚いものは大切な人に見せたくなくて。話したいけど話したくなくて。矛盾していたんだ。ずっと。
何かから、許してほしかったんだ。
「……………………………………壺、俺が盗みました」
気づいたらそう口から零れていた。初めて自分の罪を口にした。思ったよりも簡単に声になったその言葉は口に出してみればシンプルでつまらないことだと思った。ルカは「うん、だろうね」と言った。全く驚いた素振りも見せない彼に苦笑しながら続ける。
「あの壺は、死者が見えるんです」
「うん、知ってる」
海涯に背を向け、ゆっくりと歩き出す。同じペースで隣を歩くルカは至極当然のように頷いた。 どこまでも不思議な人だ、と思いながら「……それで……」と呟く。
「……妻が……マチルダが見えるんです」
「へぇ、」
「だから、壺は渡せません」
懇願するような、震えた声だと思った。まるで無力な子供のような、そんな声。いい歳して情けないと思った。ルカは「ふーん」とだけ呟いた。
肌を突き刺すような冷たい風がビュン、と通り過ぎる。それだけで、どうしてかあの日と対比してしまって心が苦しくなった。
「ねぇ、マチルダさんはなんて言ってるの?」
少ししてルカがそう呟いた。カインはその言葉に俯いて、苦しそうに答えた。
「…………僕を責めてますよ」
自分で言っていて何とも虚しい。この世界で1番愛した女性に、死んでも尚恨まれているなんて。
自傷気味に笑うとルカは追い打ちをかけるように「なんで?」と問うた。
「……約束を守れなかったからでしょうね」
「約束?」
ルカは軽く首を傾げて言った。いつもどおりの笑顔のままだったが、これまでにないくらい真剣な表情な気がした。
カインは大きく息を吸って、語り出した。
「……彼女が1回だけ酷く弱った様子で”死にたくない”って言ったことがあるんです。”死ぬのが怖い”って、ずっと泣いてて…。俺は咄嗟に”一緒に死んであげる”って約束してしまったんです」
恐怖と絶望からか、カタカタと震える彼女の姿が見ていられなくて。”絶対に治るよ”なんて口が裂けても言えなかった。今思えば心のどこかで、カイン自身も治らないかもしれないと思っていたのかもしれない。だから前向きな言葉で慰められなかったのかもしれない。その代わりに発した言葉としてはなんとも薄っぺらくてどうしようもなく軽率な言葉だ。
ルカはただ黙ってカインの話を聞いていた。口を挟む気はないのだろうと思い、カインは続ける。
「彼女が死んでから少しして山を登りました。マチルダが飛び降りたあの崖まで。そこで死のうって思ったんです。…………でも死ねなかった。怖くて足がすくんで息が荒くなって、前に進まなかったんです。マチルダはこんな思いをしてまで落ちたのに、俺は……」
彼女がいなくなった世界で、生きていけるとは思えなかった。どうせ彼女が死んだら後を追うものだと思った。簡単に死ねると思っていた。その癖に。
「……彼女は僕に死んで欲しいみたいです。約束を守れって」
彼女に会いたくて、ただ会いたくて壺を盗んだ。幽霊となった彼女を初めて見た時、心の底から嬉しかった。もう二度と会えないと思っていた彼女ともう一度話が出来る。顔が見れる。あの当たり前だった日常が戻ってくるんだって、そう思った。けれど、彼女の言葉を聞いて絶望した。あぁ、自分はなんとも弱い生き物なんだって、その瞬間、この世界の誰よりも生きている価値などないように感じて。そう思えば思うほど死ぬべきだと思って、けれど死ねなかった。
ただ、怖かったんだ。
「そんな辛い思いをしているのに、どうして壺を手放さないの?」
それまで聞くに徹していたルカがそう呟いた。カインは答える。
「忘れたくないからです。彼女も、僕の罪も。……それで願わくば死ねたらいいなとも思っています」
「ふーん」
「だから、もし僕が死ぬことに成功したら壺はご自由に持っていってください。もう必要のないものですから」
「ふは、そうかい。それはありがとうね」
軽く笑ってルカはそう言った。 普通なら怒られるところだ。死ぬだとかそんなことは言うな、と。
けれど彼はそんなこと一言も言わなかった。この余裕は旅を続けてきた上で身につけたものなのだろうか。彼も何か、辛い思いをしてきたのだろうか。
ぼんやりと、そんなことを考えた。
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