番外編 少し前の出来事
異世界から帰ってから、元の世界で過ごしていた時の事。
俺と愛里は、異世界と元の世界を行き来していた。
魔獣と思っていたソラは、聖獣で精霊の一種ということがわかった。
「ソラ! お前の事、魔獣と決めつけててごめんな――!」
「わふん!」
お詫びにソラを洗って乾かして、ブラッシングして綺麗にした。そして、たっぷりの魔力をあげた。ソラは満足してくれたみたいだ。
「本来。聖獣は人前に姿を表せず、こんなに懐くことはないと言われてるがのう……?」
ドクトリング様があごひげを触りながら言った。
「そうなのですね」
ドクトリング様に聖獣のことを聞いたけど、こうして俺と仲良くしてくれるのは嬉しい。
「カケル様、そろそろ講師の方がいらっしゃいます」
アリシア姫が俺を呼びに来てくれた。今日の姫の服装は、公務がないので動きやすいドレスを着ていた。俺は服には詳しくないけど、襟や袖にフリルのついたシルクのシャツに濃い青色のスカートだった。清楚でとても似合っていた。
「わかった。ではドクトリング様、また」
「儂はソラと遊んでから戻る」
ドクトリング様は、ソラと相性がいいみたいでよく遊んでくれている。ふわふわの毛のソラと離れて、俺はアリシア姫と講義を受けるために向かった。
「あの……」
向かっている途中でアリシア姫が話しかけてきた。何だか言いにくそうにしていたので、重要な話なのかと姫の顔を見た。
「何か心配事?」
まだ勉強中の身だとしても、陛下に付いて公務を行っている。難しい問題もあるだろう。自分は出来れば支えてあげたい。
「名前……」
「名前?」
なんだろう? いつもよりはっきりしないなんて、姫にしては珍しい。要点をまとめて簡潔に話すのに。
「その、名前を、ですね」
歩きながら下を向いてしまった。そんなに難しい問題なのか?
「アリシア姫様、とまって下さい」
姫がなかなか言い出せない問題なんて、難問なことに違いない! 俺は立ちどまって姫様の両肩を掴んだ。
「どんな難しい問題でも、俺はアリシア姫様の力になりたいと思っていますから! なんでも相談してください!」
掴んだ肩が細くて驚く。この肩に、国の未来を背負っているなんて……。俺は絶対に、アリシア姫を守りたいと思った。
「いえ、あの」
「ここで言いにくいのなら、どこか別の場所でも……」
俺の方が、背が高いので姫様を見下ろす。近くなった姫様の顔がどんどん赤くなった。
「え? あっ!? すみません、近すぎましたね」
慌てて肩から手を離した。すると小さな声でアリシア姫は何かを言った。
「違うのです……」
微かに聞こえた姫様の声。
「姫とか、姫様とかではなく。アリシアと、呼んで欲しいのです」
「っ!」
頬を染めて上目遣いの姫様は、胸が痛くなるほど可愛いかった。姫様からそう言われて俺は……。
「アリシア」
「は、はい」
アリシアの耳元で俺は、自分の思いを伝えた。
「……です」「!」
二人の影が重なった。お天気の良い、綺麗な青空が二人を祝福しているようだった。
そして。――元の世界ではこんなことがあった。
「カケル先輩は彼女さん、いないのですか――?」
「先輩のこと密かに思っている子、けっこう多いですよ!」
剣道部の後輩に言われて俺は困った。
「いや。いるけど……」
まさか異世界に婚約者がいるなんて、言えない。まして王女様、将来の女王なんて変に誤解されそう。
「えっ! 天野、彼女いたんだ!」
「嘘!」
やばい。同じクラスの人に聞かれてしまった。しかも、おしゃべりと言われている女子に聞かれてしまった。……変に間違った噂をされるより、はっきりと言った方がいいか。
「が、外国へ留学している彼女がいる」
外国=異世界 でいい。そういうことにしておく。
きゃ――! お――っ! という声が上がった。婚約者だ、というのは伏せておこう。
「確かに、外国だね」
愛里は噂を聞きつけて、俺に話しかけてきた。たまたま帰り道で会ったので一緒に帰っている。雑踏の中、誰も聞いてない。歩きながら話をしている。
「すぐに噂が広がったな」
あのおしゃべりな女子のせいだ。愛里の学年まで広がるとは思わなかった。
「お兄ちゃんは、自覚が足りないんだよ」
「自覚? なんの?」
愛里の言っていることが分からなかった。
「成績優秀、剣道は上級者。何度も優勝しているし。細いけど意外と鍛えてるし、ちょっとドジな所が可愛いって人気なの、知らないって鈍すぎ!」
愛里は口をとがらせて言っていた。
「そうなのか?」
「もう! 姫様しか見てないから!」
ぷりぷりと、なぜか愛里は怒っていた。
「愛里はスカウトの数、多いだろう?」
愛里はファンクラブができるくらい人気があった。アイドルになりませんか? とスカウトが絶えない。
「そうだけど……」
「だけど?」
聞き返すと愛里は黙ってしまった。
「愛里、お前もそうだと思うけど」
「え」
前から気がついていた。たぶん同じことを愛里も気がついているだろう。
「俺達はこの世界では、異端だろう? 力は無くならないし、使ったらいけない力だ。もう俺達は、この世界で暮らしていくには難しい」
勇者と聖女、だから。
「うん……」
この世界で、使ってはいけない力を持ってしまった俺達。父と母も苦労していたらしい。
「幸い、異世界は仲間がいるからな。ドクトリング様やホウトリング様も」
いつでも行き来できるし。俺はあちらの国で、一生過ごしても良いと思っているくらいだ。
「そうだね」
愛里は笑った。
その時……。
「お――い! あかつき!」
「えっ」
「アカツキ!?」
誰かがアカツキの名を呼ぶものがいた。ここは有名な交差点。青信号で渡る人の数は多く、周りを見るが呼んだ人を見つけられない。俺と愛里は警戒した。
「ああ。ごめん」
真正面からこちらへ渡ってくる、制服を着た二人。一人は名を呼んで追いつき、肩に腕を乗せて親しそうにしている人。もう一人は……。
「先に行くなよ! あかつきっ」
「すまん、すまん!」
笑って俺達の横を通り過ぎて行ったのは、アカツキとそっくりな人だった。
闇の魔力などひとかけらもなく。髪や瞳の色も黒くて、異世界で会った邪悪さは全く感じられなかった。
すれ違うとき、チラリと目が合ったけれど。それには何も感情がなくて、ただ知らない者同士のたまたま目が合っただけ。
「お兄ちゃん……」
「……知らない人がすれ違った、だけだよ。愛里」
一瞬、勇者の剣を出そうかと思った。だけど、必要が無かった。
どういう事かわからないけど。この世界ではアカツキが、幸せに過ごせたらいいなと思った。
「今日も行くだろう? 異世界」
「うん!」
俺達は信号が赤へなる前に交差点を渡った。自分の生きていく道へ選び、進んで行く。
ありがとう御座いました!完結です。




