26 出立
誰も近寄らない荒れた山の古小屋。
深くフードを被り、顔には素顔を見られてくないのか仮面をつけている男が二人。一人は椅子に座って足を組んで、ひざまついて頭を低くしている男を見下ろしていた。
どちらの地位が高いのか見てわかる。椅子に座っている男が口を開いた。
「ただ街に行き、パンケーキを食べただけではなかろう? ……他に報告はないのか?」
ひざまついているもう一人の男がお辞儀をして、答える。
「はいっ! 近頃人気のカフェに入り、パンケーキを食べてコーヒーと紅茶を飲んだと報告がありました」
「無能め……」
椅子に座っていた男は立ち上がり、ひざまついていた男の頬を鞭で叩いた。
「ぐあっ……! も、申し訳ございません!」
唇を切ったのか血が出ていた。
「もっと私のために有効な情報を仕入れてこい! わかったな!?」
「は、はい!」
叩かれた男はバタバタと、古小屋から出て行った。
「私には有能な臣下がいない……。なぜなのだ……」
つけていた仮面を乱暴に床へ投げ捨てて、もう一人の位の高い男が古小屋を出る。繋いであった馬に乗り、走らせた。
「ちっ! 思い知らせてやる……! 私の方が王に相応しいと!」
男は手綱を握りしめて馬の腹を蹴り、走り去って行った。
所、変わってお城の玉座の間。
「では私達、魔獣を倒す旅に行って参ります」
アリシア姫様が王様に出立の挨拶をした。揃った臣下達に拍手で送り出されている。
「皆の者、アリシア姫と仲間達の無事を祈ろう! そして、各地でこの者達の力になるよう心しておけ」
「は!」
王様は臣下に釘を刺すように言った。これで俺達の旅が進みやすくなるならば大歓迎だ。なんたって、王命の魔獣討伐の旅だからな。
「では参りましょう」
アリシア姫様、サラサさんと愛里とジョーさんと俺。お城から旅立つ。拍手が更に大きくなって、俺達は玉座の間から退出した。
荷物はそれぞれの武器ぐらいで、身の回りのものは便利カバンに入れたから手ぶらで歩ける。
お城から出て街を歩いて行こうとしたら、街の人達が沿道に並んで待っていてくれた。
「お気をつけて!」
「他の町や村を救って下さい」「お願いします!」
皆で花を一斉に空へ放った。
青空に舞った花は色とりどりで、綺麗だった。
「綺麗……」
アリシア姫様やサラサさんと愛里は、うっとりと見ている。
アリシア姫様は持っていた杖を動かす。
「わぁ……!」
風が起こり、花が地面に落ちず空でゆらゆらと舞った。街の人々が歓声をあげた。
「私も」
愛里は腕を空に掲げて祈った。
「わぁぁぁあ……!」
空に虹がかかる。……やりすぎじゃないか?
「奇跡だ……! 聖女様がいらっしゃる!」
街の人々が次々と言った。あとで聞いた話だと、何代か前の勇者様一行が魔王討伐に出立した時に、見たことのない綺麗な虹がかかったらしい。偶然にも愛里は知らずに、何代か前の勇者様御一行の出立時と同じ場面を作り出してしまったらしい。
「皆さん、喜んで下さったみたいですね? アリシア姫様、愛里様」
サラサさんが二人に話しかけた。
「ちょっと派手だったな」
ジョーさんは笑って言った。街の人々はゆっくりと落ちてくる花を、嬉しそうに掴んでいるのが見えた。
「幸せな表情が、いつまでも続きますように……」
俺達はそう願いながら街を抜けて、次の宿泊地まで歩いて行った。
「今日はここで泊まり、情報を集めよう」
ジョーさんが地図や色々な町の資料を、宿の部屋のテーブルの上に置きながら言った。
「私の影からも報告があります」
アリシア姫様はなんでもないようにサラリと言ったが、私の影って……いわゆる間者とか影武者とかだよね? 普通に王族って影を使っているのだろうか。
「驚きました? 私は幼い頃より、命を狙われていましたので当たり前のことですのよ」
にっこりと微笑み、アリシア姫様は言った。もちろんこの部屋はすでに遮断魔法を使っている。
「そうなのですか……」
幼い頃から命を狙われている。それは平和な日本から来た俺達には衝撃的だった。
「兄にも影がついていて、私の影達とは違う組織ですわ」
「個別に影を持っている、ということですね」
アリシア姫様、サラサさんとジョーさんは頷いた。お城勤めでも、王族に近い人じゃなければ知らないことじゃないかな。ジョーさんも王族と関わる地位にいた人だと考えられる。
「とりあえず、お茶をどうぞ。お疲れでしょう」
サラサさんがお茶を淹れてきてくれた。
「ありがとう。皆、飲みながら聞いてくれ」
「はい」
ジョーさんがまとめて話をしてくれるらしい。頼りになる。
普通の宿より立派な宿。さすが姫様が泊まる宿と思った。姫様とサラサさんと愛里が泊まる部屋の隣に、豪華な応接間があった。そこで俺達は作戦会議をしていた。
「この所、魔獣が町へ来て人間を襲う報告はされていない」
ジョーさんは俺を見て言った。
「そういえば、騎士団は動いていない」
確かに。前は頻繁にあったのに……。
「おかしいですね」
愛里も疑問視したようだ。
「ただ、山や森で黒い沼が多数、発見されている」
ジョーさんは眉間にシワを寄せた。
「黒い沼、ですか。それは……?」
アリシア姫様がジョーさんに尋ねた。黒い沼……とは?
「黒い沼。ドロドロの黒い液体みたいなのが、湧き出ている」
何だか良くない感じだ。まさか……。
「そこから魔獣が生まれているらしい」
ジョーさんは険しい顔で言った。
「「えっ!?」」
俺と愛里の声が被った。魔獣が生まれているらしい?
「本来ならば魔獣は、山や森に生息する動物が魔と闇の力に汚染されて魔物や魔獣になった。しかし」
ジョーさんはカップを手で持ち、コーヒーを一口飲んでから話をした。
「この黒い沼から魔物や魔獣が生まれたと、報告があった。ありえん」
フーッと深く息を吹いた。
「それは偶然、出来たものか。あるいは、故意に作られたものかは調査中ですわ」
アリシア姫様が話をした。ある程度、調査済みというわけか。
「このままでは山や森で生息して魔物や魔獣になった動物以上に、魔物や魔獣が増えると考えられます」
ゾッとした。これ以上に増えて町や村を襲ってきたら対処できない……。
「そこで。この黒い沼を目指し、浄化してしまいましょう」
アリシア姫様がにっこりと微笑んで愛里を見た。
「浄化? ですか?」
愛里は分からないという顔をしていた。
「どうやらこの黒い沼は、聖•魔法で拡がるのを阻止できるらしいことがわかりました」
アリシア姫様はテーブルの上に小瓶を置いた。俺と愛里は小瓶をみつめた。
「小瓶の中身は、教会で清めていただいた聖水です。これを黒い沼に撒いたら、一部消滅できたそうです」
「へぇ……すごいな」
俺は聖水の威力に感心していた。
「聖•魔法を使える、愛里さんなら黒い沼をどうにかできるのではないかと……」
サラサさんがクッキーの入ったお皿を置きながら、愛里に話しかけた。
「なるほど」
聖•魔法を使える愛里なら、出現した黒い沼を消滅できると思った。
「できるかな?」
愛里は心配そうに皆に言った。俺は愛里に笑いかけて「大丈夫! 少しでも拡がるのを防げればいいからな?」と言った。愛里は「うん」と返事をした。
「じゃあ、明日から黒い沼を目指そうか」
ジョーさんの一声で目的が決まった。




