番外編 ロマンの匣(はこ)
それはまだパーコとアポロが出会う前のこと、アポロはロマン星に来ていた。
この星で行われる明日からの晩餐会に参加する為だが、実際の内容は各星からの名だたる名家から妙齢のご子息ご息女が一同に会し、アポロもその一人として結婚相手を選ぶ為の催しである。
アポロはその気はないのだが、公式行事の為にばっくれるわけにはいかない。休日のつもりでしかたなく来ていた。
ロマン星はその名のごとく、男女カップルが好んで訪れる名所で、デートコースからプレゼント用品、結婚式場まで、結ばれる為のあらゆる施設が詰め込まれている。ひとたびここへ降り立ったカップルはほぼ結ばれるとあって、二人組みの旅行客は引きも切らない。一人で来ようものなら30分もしないうちに胸焼けしてしまう場所だろう。
だがそこに一人だけの男が歩いていた。胸焼けはしてなさそうだがへらへらと周りを見ながら歩いている。実際は一人ではなく少し離れた後ろを3人の目つきの鋭い男が同じ歩調で歩いている。
これが実は大迷惑な状態を作りだしている。というのも、へらへらしていても、高身長に逞しい体格、清潔そうで高級そうな金の縁取りのTシャツを着た超絶イケメンである。すれちがうカップルの多くの女性や少数のそれ以外の人が彼に見とれてしまい、パートナーと比べて落ち込んでしまったりケンカがはじまったりパートナーがいなくなってしまったりしていた。
遅れてついて来る男がため息まじりにこぼす。
「この星にとっては皇子は疫病神かもしれんな」
「いや、未来の憂いを今明らかにしてるんだ。皇子は善神だと思うぞ」
アポロもその様子を見て、ちょっとマズいな、と思い始めていた。
すると、前方にガイドブックを見ながらキョロキョロしているベレー帽に薄い色のサングラスとマスクをしている、たぶん女の子がいた。
「お嬢さん、何かお困りですか?」
「いえっ! 私はお嬢さんではありませんっ! 困ってもいませんっ! 口車にはのりませんっ!」
と言って拒絶の言葉を並べたが、アポロの輝くような笑顔を見たとたん固まってしまった。
「実は、困っているのはオレのほうなんだ。どこか探してるなら案内できると思うから、オレの頼みを聞いてくれないか?」
ぽーっと顔を見ていたが、はっ! と気がつき問い返す。
「た、頼みというのは?」
「どうもオレ一人で歩いていると人に迷惑がかかるようなんで、まあ、カップルのフリをしてもらえないかと…」
「や、やっぱりナンパですね! お断りします!」
「弱ったな… すまんが、誤解を解いてくれないか?」
アポロは振り返って護衛に声を掛けると中の一人が、この方はさるやんごとなきお方でお忍びで行動してる、謝礼は出すから協力してくれないかと女の子に説明する。女の子はピン! と来た様子になり、アポロに向き直った。
「わかりました。私も一人で不都合を感じていましたし、お互いメリットがありますので協力します。お互い様なので謝礼とかいいですよ。」
と了承してくれた。
「おお、助かるよ。オレはアポロ。君の名は?」
「私はス…スミ子といいます。」
「おっけースミちゃん。さっきはどこ探してたんだい?」
「ガイドブックに、有名なおいしいジェラートのお店が載っていたのですが場所がわからなくて……」
「ガイドブック見せて。……これ、見る方向が逆だよ。こっちこっち」
「あっ、すすすみません、こっちだったんですね」
お目当てのお店にたどりついてジェラートを購入すると、広場の泉の縁に腰掛けて食べながら話す。スミ子は食べる為にマスクははずしたが帽子とメガネはそのままだ。
「オレ仕事でここに来たんだけど、スミちゃんもそうなの?」
「はい、仕事です。すごいですねここ。お店の人以外は二人で歩いてる人しかいない感じ。」
「まあロマン星はそういう場所だあな。一人で観光するのはキツイかも。でもいい風景の場所はたくさんあるらしいな。それは見てみたいんだよな。」
スミ子のガイドブックをパラパラと確認する。
「あまり仕事までに時間がないから、歩いては回れませんねえ」
「お、レンタルスカイスクーターがあるじゃん。これ使おうよ。」
(え… でもこれタンデムシートばかり。ちょっとハズかしい…)
と、もじもじしてると、アポロが顔を近づけてくる。
(ひえっ! ち、近いっ)
アポロが小さな声で
「ちょっと危なっかしい所も行きたいから、スクーター借りたらさっと飛ばして護衛をまいちまおうぜ」
いたずらな子供みたいな顔で間近でニカッとされたスミ子は、ぽーっとしてうなずくばかりだった。
レンタルスクーターの店につくと手続きをして、次に護衛たちが手続きを始めたのを見計らってアポロが
「それっ」
「きゃっ」
スミ子をスクーターの前に抱き上げて乗せると、すぐ後ろに乗って飛び上がった。
「おうじーーっ!」
という護衛の声が遠くなると、水平線が丸くなる所まで上がってゆく。
「はははーっ、きんもちいいー♪」
はしゃぐアポロの腕の中で、はじめて男の人に抱かれたスミ子は耳がキーンとなったり心臓がバクバクいったり風景が眼下一杯に広がったりで半分パニックになっていた。
「ごめんごめん急上昇しすぎたね。大丈夫?」
「は、はい、ちょっとびっくりしちゃって、大丈夫です。」
少しいつもの練習のように深呼吸と呼吸調整をして落ち着かせる。
「うわ……キレイ」
落ち着いてから目を開けてみれば、どこも美しく見えるように整備されたロマン星のいろいろな名所が、目に飛び込んでくる。
あちらこちらとガイドブックを頼りに名所周りをしてひと段落すると、アポロが次の場所を選んでいるスミ子に声を掛ける。
「名所のひとつに、スカイスクーターで入れる『真実の洞窟』というのがあるらしい。どっちの方?」
「あ、えーと…ここからだと東の方角ですね。」
「また逆じゃないよね?」
「今度は合ってます!」
「お、あれかな?崖の壁面に大きな人間の顔が彫られてる」
「ですです…なになに…『真実の洞窟』は嘘吐きには通れない…って、きゃああああ! 私の本当の名前はスミレですううう!」
人間の顔の彫刻の口の部分が開いており、愛を誓った二人がそれが真実である事を示すためにスカイスクーターで通るのだ。もちろん本当に通れないなんて事はない。
反対側から抜けると、アポロはしがみついているスミ子に
「真実を話してくれてありがと。お陰で無事抜けられたよ?」
といってにやっと笑った。我に返ったスミレは、頬をぷーっと膨らましてアポロをポカポカと叩いた。
レンタルの店に戻ったが護衛の姿がない。どうやら追いかけて飛んでいったようだ。
「ビーコンまで切っちゃったのはやりすぎだったかな。オンにしたから気付くだろ」
まだちょっとむくれてるスミレに、お詫びになんでも買ってあげるからとアクセサリーの店へ行こうと歩き出すが、どうも後を付けてきているモノがいる。
「あちゃー。護衛まいちゃったからバチあたっちゃったかな。」
わざと人通りの少ない路地に入り、行き止まりでスミレをかばうように立ったアポロはついてきた人影に声をかける。
「何か用か?」
するとフードをかぶった男は、ギロッとアポロを睨み、スミレに視線を移すと、
「やっぱりイケメンが好きなんだな… ようやく突き止めた非公開の仕事先がお忍びデートとは… ファンを裏切る卑劣な女だったんだな…」
と、勝手にどんどん激昂していく。
「へ?」
自分が狙われていたとばかり思っていたアポロは状況が摑めない。
「わかったよ… 二人に祝福のバラを送るよ… 真っ赤に咲く血のバラをさ!!」
ダァッ!! と一足飛びに二人に向かって飛び込んでくるフードの男。
アポロは刃物を握った男の手をひらっとかわすと後頭部あたりにビシ! と手刀を当てる。気絶した男は行き止まりの壁に顔をぶつけて止るとそのまま動かなくなった。
駆けつけたアポロの護衛が地元の警察に男を連行したが、スミレはまだカタカタと震えていた。
「バラなんか咲かさなくたって、こんなにキレイに赤く染まってるっての」
夕日が沈みかけて建物がシルエットになり、人々の顔を赤く染めていた。
空の色づけは紫から藍色になり、ロマン星のこれでもかという電飾に街は昼と違う華やかさをかもしだしていた。
アポロは恐い思いをしたスミレの肩を抱くように、皇族御用達のレストランに案内した。坐ってから我に返ったスミレが店内を見てちょっとびっくりしている。
「ここなら安全だし、一杯飲んで落ち着こう。」
アポロはお任せのコースと、先に食前酒を持ってくるよう注文、
「他に誰もいないから、帽子とサングラスははずしなよ。スミレ・ネイギスちゃん。」
「知ってたんですね。最初から。明日の晩餐会の主役ですものね。アポロ皇子様。」
運ばれてきた食前酒を、度数の低い果実を使った発泡酒だがスミレは一気に飲んだ。
やっとぎゅっと縮こまっていた肩がゆるんで、顔色にも血色が戻ってきた。
「ふう。いつもこんな風にしてナンパしてるんですか?」
「いや? 今回が初めてだよ。」
「うそばっかり。」
「明日来るご令嬢達はさ。人間の中身が好きになって来る人達じゃないんだよ。財産や家柄が目当て。」
「アポロ様は容姿も身長も体つきもですね。」
「…もう酔ったの? まあそんなんでゲンナリしていたから、ハメをはずしたいってのはあったかな? それと…」
「?」
「皇室になんて生まれたから、いろいろ不自由でね。昔は言いなりだったけどどんどんわがままになってんの今は。で、なんかスミちゃん…スミレちゃんの」
「スミちゃんでいいです。」
「ん? ああ、スミちゃんの経歴とか聞いてたら、天才少女ってもてはやされてちっちゃい時からずっと歌ってるみたいだったから、オレみたいに不自由感じてるかなーって。んで今日みたいなの楽しんでくれるかなって思ったから。」
「……ズルいです。」
「?」
「全部持ってる上に優しいなんて。」
「…あ、料理がきたようだから食べよう。」
そこからは、たわいもない話をしながら、コース料理を食べ、食後のワインをまた少しずつ飲んでいると、スミレは通常よりもっと顔色が良くなってしまった。
「おかしいと思われるかもしれませんが、私、産まれる前の記憶があるんです。」
「へえ。」
「…信じられませんよね?」
「いや? オレも色々あるからね。信じるよ?」
「でも、いつ、どこの誰の生まれ変わりとかはわかりません。ただ、前に生きてた時も歌手を目指していて、その夢が叶わず口惜しくって、産まれた時から努力してれば……って思ってたのだけは強く残ってたんです。」
「だからずっと努力を続けてたんだ。なるほどな。じゃあ今の状況は、そんなに重荷じゃないんだね?」
「すべてを歌に傾けて、歌いたいだけ歌えて、みんなに喜んでもらえて。夢がかないました。」
「そっか。ならよかった。でも友達はいたほうがいいぞ? なんでも持ってるオレもまだ持ってないが。そうだ! オレ達友達になりゃいんじゃねえか。なろうぜ?」
「今更ですか」
笑い合って話は続く。スミレがちょっとトロンとした顔になってきた。
「じゃあ、明日来られる方から結婚相手の候補は選ばれないんですか?」
「うん。前もって全員調査されてるからね。動機はバレバレだよ。それでも行事としてこなさないとならない。ねえちゃんが世継ぎを産んでくれるだろうから、まあオレは予備って所かな。」
「いずれ愛のない結婚もしなきゃならないんですか?」
「家的にそうかもしれないが、オレはヤなんだよなそういうの。それに……」
アポロはレストランの高いビルから見える夜景をみながら、誰かを思いだしているようだった。
「ガキの頃みかけたヤンチャな女の子がいてね。出入の業者の孫なんだが、仕事場に時々連れて来てたんだよ。なーんか気の強そうなツリ目であまり可愛げはなかったw」
スミレはアポロの苦笑いの横顔を見つめる。
「そいつが育って、家族の隣で油まみれで目をキラッキラさせてああでもないこうでもないっての覗いてたら、ああオレもあんな風に自由に生きたいなあって思うようになったんだ」
苦笑いがだんだん優しい笑顔になってゆく。スミレの視線がアポロからはずれる。
「今日、スミちゃんとはっちゃけてたらなんかアイツの事ばっか思い出してて。あれ? オレあいつのこと……っとと!」
と、スミレの方を見ると、椅子から横に倒れそうになってなっていたのであわてて支えた。
アポロの護衛は既にスミレの関係者には状況を説明しており、眠ってしまったので連絡を取って引取りに来てもらった。遊園地と恐怖体験を一日で経験したようなものだから、疲れ切ってしまったのだろう。明日の心配をしながら、アポロは専用万能シートに載せられ専用車輌に乗せられて宿泊先に帰る彼女を見送った。
翌日スミレが目を覚ますと、ベッドサイドテーブルに付き人が運んでくれたらしいプレゼントの品物が置いてあった。リボンに添えられた封筒を開けて中を読むと、やはりアポロが贈ってくれたものだった。
『昨日付き合ってくれたお礼に最後に渡そうと思っていたプレゼントだ。でも、オレは君に宝石を買ってあげる事はできない。いずれ誰かに宝石を貰った時に、それを収める入れ物を君に送るよ』
プレゼントの品はロマン星では有名な特産品、オルゴールの組み込まれた宝石箱。
「ロマンの匣」という逸品だった。
ベッドルームの窓を開けて、そよぐ風に乗せて流れるオルゴールのメロディーを聴きながら、スミレが見ていたのはロマン星の景色か、それとも……
その夜には予定通り晩餐会が開かれ、豪華な食事、生演奏の楽団、親睦を図る遊戯、ダンスなどが催された。
最後のトリを飾るのは、銀河で大人気の歌手、スミレ・ネイギスのコンサート。
愛の素晴らしさを歌い上げ、恋の切なさを訴える歌を綴っていった。
コンサートの終了時間が迫ると、スミレはマイクを取った。
「今夜はこんな素晴らしい晩餐会で歌わせて頂いてありがとうございました。最後に、この会には少々そぐわないかもしれませんが、私の大好きな、地球の伝説の歌姫が歌った古の名曲「ラスト・ソング」を歌わせてください。」
落ち着いた前奏が流れ、語りかけるように歌いだすスミレ。歌うに連れて、彼女は大粒の涙をこぼし始める。しかし、歌声は一切よれない。真に心のこもったその歌に引き込まれた聴衆は、殆どがやはり涙を流して聞いていた。
歌が終わり演奏が終わると一瞬シンッと静まり返った後、爆発的な拍手が起こり、長く鳴りやまなかった。
時は流れ、前にも増して売れっ子になったスミレ。恋する暇などない、ハードスケジュールのコンサートツアーで、予定が狂って遅れそうになってしまっている時に、いつものように連絡をくれたザッカーグについその事をもらしてしまった。
すると、ザッカーグは自分が危険な目にあった時に助けてくれた時の顛末を伝え、早い船をお願いできるかもしれないから連絡をしてみると言ってくれた。
話の中でアポロを邪険に呼び捨てるパーコの様子を聞いて、スミレは何か分かったような顔をしていた。
「宇宙って狭いんですね…」
などと呟きながら。
題名を「ロマンの休日」にしようかと思ったのですが、あまりにネタバレなので変えましたw。