第7話 押しの子
今日も今日とてヤマモトとパーコは、卓急便のお気楽家業…とも言ってられなくなってきた。
と言うのも、ザッカーグの顛末がコスミケット星に来ていたお客や関係者がネットで拡大、またニュースでも取り上げられ、インタビューでザッカーグが誉めそやしてくれたお陰で莫大な宣伝効果となったのだ。とはいえ、最速で運べるアドバンテージはネイルを使っているからであり、おいそれと事業拡大して船を増やしても要望に答えられず返ってクレームを増やすことになりかねない。
従って早さに特化した仕事に絞って特急料金で請け負う受注するという風に仕事内容をシフトした。それでも最速で緊急に届ける依頼は後をたたない。
ヤマモトがウンウンいいながらスケジュールを組み立てていると、ネイルが
『ヤマモト様、お客様より通信が入っています。』
と話しかける。
「ムリムリ。これ以上仕事は受けないよ。2ヶ月後なら可能と答えといて。」
『お客様はザッカーグ様ですが、断わってよろしいのですか?』
「すぐつないで!」
直立不動で通信に応対するヤマモト。内容は驚くものだった。
銀河アイドル、「スミレ・ネイギス」のツアー機材と、スミレ本人も乗せて飛んでほしいというものである。
前回地球のアニメやマンガが銀河を席捲したと説明したが、それに伴って主題歌を歌う歌手やアイドルグループも銀河をまたいで人気があり、コンサートツアーも組まれている。スミレは中でも人気があり、本来の歌手としても大人気のアイドルだ。ザッカーグの作品はアニメにはなっておらず、スミレと仕事での繋がりは無いのだが、どうやら彼が大ファンで業界のコネクションを使って親しくしているようである。ザッカーグの奥様は面白くないようだが……
で、今回スミレのツアーが押してしまい次の会場に間に合わない事態になっているようで、スミレが困っているのを聞きつけたザッカーグがヤマモト卓急便を頼ってきた…という状況らしい。
「ええもう! 先生のご依頼とあれば! いいんです他の依頼なんかあとで! はい、では至急スミレさんを迎えにまいります!」
パーコはあきれ顔でヤマモトに言う。
「予約済の遅延やキャンセル業務、アタシはやんないからね。あんた一人で捌きなよ。」
「わ、わかってるよ! ザッカーグ先生の頼みを断われるわけないだろ! それに正規料金の他に、ザッカーグ先生が迷惑料も出してくれるってんだから損はないぞ」
「金じゃなくて信用が大事なんだよ仕事は。ったく結局急ぎで回すからアタシの負担が増えるんだっての。ごめんよネイル」
ネイル『大丈夫です。皆様の睡眠時間を一週間毎日2時間削って頂けばスケジュール回復いたします。』
「ぐえ~~。ブラック社長のせいだ……」
スミレ・ネイギスの待つステーションに到着すると、待ち構えていたスタッフが即座に機材の積み込みに動き出す。パーコ達の前に駆けて来たのは、スミレのマネージャーのヒーラー・ウォーカーという男だ。度の強いメガネを掛けた顔の汗を拭き拭きペコペコと頭を下げながら感謝を述べる。挨拶を促されたスミレが二人に頭を下げた。
「無理なお願いを聞いて頂き感謝します。お手数おかけしますが、よろしくお願いします。」
そういって頭を下げ、にこっとほほえんだ。
パーコが軽く会釈を返して、相手に聞こえない声でヤマモトに話しかける。
「アイドルって聞いてたから、もっとツンツンしてるかと思ったがたいしたもんだな」
ヤマモトがザッカーグが熱く語る推し情報を教える。
「なんか前世の記憶があるとかいう噂があって、小さい頃から大人みたいな対応ができたらしいぜ。ザッカーグ先生もその謎めいた魅力にやられたらしい。」
「オマエも惹かれるのか?」
「んや。ただ先生が気合入れて描く彼女の似顔絵は大好きだが。」
さすがに時間が押してるので、準備が終わるとすぐ出発となった。
スミレはアポロの時のように、専用の座席が運び込まれ、マネージャーと専属スタッフ一人が簡易シートとともに付き添って乗り込んだ。スミレの専用座席は健康管理からメイク時のバックアップ機能もついたもので、ツアーの時はいつも使ってるものらしい。
「んじゃ出発しまーーす。ネイル、アリーナ星へ全速前進んー」
ネイル『承知しました。亜空ドライブスタート。空間転移まで10秒。安全ベルトを着用下さい。』
目的地アリーナ星はメジャーアーティストのあこがれの会場だ。この星の夜からのライブに向けて、観客はすでに会場外に並んでいるらしい。パーコ達が着いたのはリハーサルの直前の時間だった。現地スタッフが待ち構えており、機材をどんどん運び込んでセットしていく。マネージャーはまたペコペコと頭を下げお礼を言うと、専属スタッフと二人でスミレを抱えるように挟んで急いでいこうとするが、スミレが急にパーコ達に向き直り、
「あのっ!」
と声をかけた。
「お忙しいとは思いますが、リハーサルですが私の歌を聞いていってもらえませんか? 私のできる感謝の気持ちの一番のお礼は、私の歌を届ける事だと思っているんです」
ヤマモトは用箋バサミの土台になってるデータパッドに映し出したスケジュールを確認しながらパーコに言う。
「予定一個ふっ飛ばしちまったから、次の仕事まで少し間があるぜ。」
「うん。いんじゃない? 一服しないと次の仕事にも差し障るし。」
返事を聞いてぱあっと花が咲いたように笑顔になるスミレ。
「ありがとうございますっ、すぐ準備してきますねっ!」
駆けていく3人と入れ替わりに、事務スタッフが支払い等ヤマモトと済ませ、会場スタッフがヘッドセットごしにやりとりをした後、パーコ達を誘導してくれた。
誘導されてスタッフ通路を歩いていて、視線に気付いたパーコがそちらを見ると、ギターケースを背負ったソバージュヘアの体も目も細い長身のミュージシャンな男が、携帯で話しながらこちらを見ていた。余所者がうろついてるから睨んでるのかな、とそれほど気にも留めず誘導係の後を追う。
舞台正面、スタッフ機材がすえつけられた場所の前の案内された席に坐った二人は、あわただしく準備に駆け回るスタッフをきょろきょろ見ていた。パーコが強化剤を銜えるとスタッフに咎められて、タバコじゃないと説明するがなかなか納得してもらえない。
そんなやりとりの最中、スピーカーがセットされると、先ほどのミュージシャンや演奏家が舞台にあらわれ、各々準備を始める。一人だけヘッドフォンをつけたそのミュージシャンがスピーカーを確認し、ギターとコードを接続して音を鳴らし始めた。普通のギターにしてはやけにツマミやボタンの多いギターだが、スイッチをいくつか押すと、おもむろにそのネック部分をパーコ達に向けてかき鳴らした!
エレキギターの音だけじゃないギィン! と響く、耳で聞こえないようなものを伴ったその音を浴びて、ヤマモト達とその後ろ正面機材のスタッフたちは失神したように意識を失う。何が起こったのかわからない会場のスタッフがあわてていると、ミュージシャンはまた幾つかスイッチを押してネックを真上に向けて再びかき鳴らした。すると会場にいた人間が全員意識を失ってしまう。
「油断しましたね。私は音の暗殺者ツクシ。私の奏でるソニックパラライザーに抵抗できる人はいません。では、お二人には私の僕となっていただきましょう。ぬほほほほ」
ツクシは普段は、フリーのミュージシャンとして歌手のライブのバックバンド等を生業としている銀河帝国元暗殺部隊の一人である。今回ツアーで遅れたスミレの専属ミュージシャンは急ぎだったので連れてくる事ができず、事務所が現地に間に合うメンバーを集めた中にツクシが参加していたのだ。彼の元にもパーコ達の情報は出回っており、上司と連絡を取ってパーコ達に攻撃を仕掛けてきたのだ。
ツクシはゲリジャー星人という、地球で言う所の吸血鬼のような生態を持ち、声を使った音波攻撃をする種族だったが、科学技術の発達とともにそれを代替発展させた音波麻酔銃を開発し、それを使って麻痺した人間の血を吸い、操る事ができた。その能力を使って敵をかく乱したり、操った人間を使ってターゲットを殺させたりしていた。
椅子に腰掛けたまま目をつぶっているパーコの首筋に、牙をつきたてようとする。
覆いかぶさったツクシが、ゴスッ! という音とともに一度跳ね上がり、パーコの横に倒れる。パーコだけは気絶しておらず、ツクシの股間を蹴り上げたのだ。
「うぐぐぐ…なぜ」
アポロが用意してくれた個人用バリヤのお陰で、音波による麻痺を防いでくれたのだ。もちろん牙を突き立てても弾いただろう。
「やれやれ。宇宙は広いが狭いもんだな。また暗黒帝国の手のものか。ネイル、宇宙刑事さんに連絡して、逮捕にくるようお願いしてくれ」
右腕に嵌められた個人用バリヤ発生器を一瞥しながら、左腕のネイル端末に向かって指示を出す。
「あっ! おまえっ!」
悶絶していたと思ったツクシが、ヤマモトの首筋に噛み付いていた。
「のほほほほ。これで彼は意識が戻れば私のいいなりです。それ以上近づいてはいけませんよ…他の人にも被害がでますよ…」
いいながら後ずさると、背中からコウモリのような羽根が出て、ヤマモトを盾にしながら浮き上がり、高く上がった。
「こちらからまた連絡しますからねー。首を洗ってまってなさいー。
のほほほほ…のほ!? のおおおぉぉぉーーっ!!」
ツクシは突然苦しみだすと、墜落した。
パーコが駆け寄り、ヤマモトを奪還するとツクシの様子をうかがう。
「げ…げ…」
「?」
「げりじゃあああぁぁぁ!!」
と会場後ろに備え付けてあった移動トイレの一つに一目散に駆け込むと、出てこなくなった。
パーコは移動トイレを目張りして頑丈なロープでぐるぐる巻きにし、万が一の為に空気穴に防音措置をした。
30分位すると全員麻痺が解け、皆無事な様子なのでパーコが状況を説明して作業に戻ってもらった。ヤマモトも気がついたあと特に変化はないが、情報を知ってるであろうアポロに連絡を取る。
「嬉しいな。パーコからラブコールなんて」
「ラブコールじゃねートラブルコールだ。暗殺部隊にツクシってやついたか? ヤマモトが噛まれたんだ。情報があれば欲しい。」
「ちょっと待ってな、検索する。…うん、ゲリジャー星人のキム・ラウ・ツクシだな。相手の血を吸って意のままに操れるそうだ。ん? ヤマモトって確かケモジャー星人だったよな?」
「うん、ケモジャー星の由緒正しい家柄でタレー目ネコ科トラネコ族とかって耳タコな自慢してるが」
「ケモジャー星はゲリジャー星と同じ恒星系で、タレー目のネコ科とイヌ科とオオカミ科の人達は、ゲリジャー星人に対する抗体を持ってるらしい。だから噛まれても傷が出来るだけで、逆にゲリジャー星人がタレー目の人の血を飲むと…腹を壊すらしい」
「あーそれでかw ほんっと宇宙は狭いわw」
心配なさそうなのでヤマモトは噛まれた所に絆創膏を貼り様子を見に会場に戻ると、スミレとマネージャーと付き人がいた。あの騒ぎの時はまだ控え室にいて、会場を見たら皆失神してたのであわてて通報したりしていたらしい。状況説明していたスタッフから顛末を聞いて、心配して戻るのを待っててくれたそうだ。
「大分時間が押してしまってギリギリだろ? 約束通り歌を聞かせてもらうから練習しなよ」
「……はいっ」
スミレはペコペコしているマネージャーの隣で、自分もお礼を言うタイミングを計っていたが、パーコの言葉ににっこり笑ってステージへと駆け上がった。
元気一杯な明るい恋の歌をたて続けに3曲ほど披露すると、またパーコ達の所へ駆けつけ、
「今日はありがとうございました! 忙しい所お時間頂いて、歌も聞いて下さり、重ねてありがとうございます!」
と息をはずませながらお礼を言ってきた。
「いい声してるね、聞かせてくれてありがと。次の仕事も待ってるし、これ以上邪魔したら早く届けた意味がない。コンサートの成功祈ってるよ」
と言って、若干貧血気味のせいかフワフワと歩くヤマモトの背中を押しながらパーコが会場が出ようとすると、
「アポロさんにもよろしくお伝えください!」
と、パーコの背中にスミレは声をかけた。
ぴくっ と一瞬止まったパーコだったが、そのままスタスタとネイルに戻った。
コンサートの始まる前に到着した宇宙刑事は、ぐるぐる巻きの移動トイレを嫌そうにセントキランに詰め込むと、本部へと飛んでったらしい。
亜空ドライブ中のネイル船内。情報を貰ったし、個人用バリヤのお陰で事なきを得たので、お礼をアポロに伝えているパーコ
「で? あんたスミレにも手を付けてたの?」
「付けてねえよ! てか誰にも付けたことはねえよ!」
「どーだか? 跡継ぎ作らないとならないんだろ?」
「ねえちゃんがいるからそっちは大丈夫なの! オレは一途な男なんだぜ?」
「はいはいわーったわーった。んじゃ次の仕事の積み込みだから。いろいろさんきう。まったねー」
「ちょ、また怪しい動きが」ブツン。
ヤマモトがアゴを手に乗せてニヤけて半目でパーコをみながら
「なんかご機嫌斜めですねー。焼いてますのー?」
と変なイントネーションで話しかける。
操縦席から荷台へと無言で向かうパーコは、1段高い所にいるヤマモトの横を通る時ヒジを乗せた足をぺいっと払った。
「おわっ」
バランスを崩したヤマモトは椅子から転げて落ちた。
その後、お礼にと届いたスミレからのミュージックアルバムデータやこの間のライブの収録データが、ネイル内の定番BGMとなった。が、アポロの乗ってる時はかからなかった。
スミレとアポロの経緯を、番外編で連投したいと思います。ちょっとロマンチックな…パロディなw話です。