第6話 コスミケット100
「パーコ! 仕事ゲットしたぜ!!」
喜色満面にネイルのコックピットに戻ってきたヤマモトが受注書をさしだした。
「なになに? コスミケット星への同人誌の配送? へえ、結構な量だな。これならいい稼ぎに…… って、なんだこの料金格安じゃねえか! なんでこんな安く受けたんだよっ!」
「セリで勝つにはそうするしかなかったんだよ! 今回の仕事はどうっっっ」
「?」
「しても受けたかったんだ! あの! オレの大好きな! ザッカーグ・チーク先生の同人本だぞ!!」
「……たかが同人作家だろ?」
「ばtttっかオマエ!! ザッカーグ先生は月刊少年ギャラクシー連載のプロの先生だぞ!! 」
銀河連邦になって文化交流がはじまると、地球のマンガやアニメは文明すら異なる他の星からも評価され、銀河を席巻した。地球発のアニメはテラニメーションと呼ばれ、他の星の追随を許さない存在となった。マンガはデータで宇宙中に広がったが、アナログのマンガ雑誌や同人誌は付加価値が上がり、専門に扱う場所として専用のステーションが設けられた。それがコスモ・コミケット・ステーション、通称コスミケット星である。
特に同人誌は内容や版権の関係でデータにできないものも多数あったり、商業誌と違って小部数で流通量が少なく、コスミケット星でしか手に入らないものも結構あるらしい。
ザッカーグ・チークは珍しいパターンで、商業ベースのマンガは週間ベースのもののような超売れっ子の売り上げはないのだが、コアなファンの間で同人作品は大人気、実は同人誌を作っているのは出版社らしいのだがそれは公然の秘密らしい。
…てな事を熱い口調でヤマモトからレクチャーされたのだが、そこまで興味のないパーコはゲンナリとして聞いていた。
「商業誌だろうが同人誌だろうが、とにかく人気なワケね。どーせエッチな女の子の絵でも描いてるんでしょ。おわっ!」
間一髪殺気を感じて飛びのいたが、ヤマモトがネコパンチではなく爪を出して振りかぶっていた。
「おま、本気で攻撃すんな!」
「…オマエは何もわかっちゃいない… ザッカーグ先生はエロは嫌いなんだよ…
それでも可愛いオニャノコを描かせたら天下一品… 版権モノのパヤオ・ザッキーミャの同人は右に出るものがいないんだぞ… それを……」
普段と違う殺気をまとうヤマモトを見て、パーコも今回はヤバいと思い、方針転換した。
「わ、わかったから落ち着け。あたしにゃそういうのはよく分かんないから。
まあ、そこまで熱くなるならあたしもご先祖さん絡みで迷惑かけてるし皇室からの収入もあったから、いいよ、安いけどこの仕事請けるよ。」
コロッと表情の変わったヤマモトは
「よしよしそうこなくっちゃ。パーコのネイルじゃないと一番で運べないし、やったねこれで先生の直筆サイン本ゲットだぜ♪」
「…まさかそれを頼んだから料金安くなったんじゃないだろうな…」
「ばっ、ちがっ、他にも食い下がって競ってきたヤツがいたんだよ! なんか見た事ないヤツだったけど」
「ふーん? まあそういう事にしといてやるわ」
ひと悶着あったが、荷を積み込んで出発、道中何事もなくコスミケット星へ到着、3日後から開催される年2回の催事の、第100回の記念行事の準備でごった返す大ホールを、大量の本の載ったパレットを牽引車でザッカーグのブースまで運んでいるが、ヤマモトが目をキラキラさせながらきょろきょろしている。すると、
「まてぇぇえい!」
と声がかかり、
「とうっ!」
との掛け声とともに、小型のトランポリンで勢いをつけて空中で1回転して牽引車の前に、往年のヒーローを意識したような長髪にしたかったが若干縮れ毛の為アフロっぽくなってしまったヘアスタイルの若い男が降り立った。
後ろからタタタタと女性が駆け寄り、ハリセンですぱぁん! と男の頭をしばいた。
「マッキーだめでしょ! ごめんなさいねー、コスミケット会場警備のマッキーとアミーです。通行証の確認お願いしまーす。」
ああ、宇宙刑事の人達か、と、気付いたが刑事が会場警備? と再び疑問が湧く。
ヤマモトがパーコに顔を寄せて小さな声で
「前の一件で後手に回ったから罰でもくらってんじゃないの?」
と話しかける。ちらっと視線を向けたアミーがやはり小さな声で
「どうもコスミケット星に向けて不穏な動きがあるのをキャッチしまして、潜入捜査の一環なんです。前回の関係者の方々ですから一応情報伝えときますね。」
んん? 暗黒帝国がらみ? コスミケットに? と、つながりが分からず首をかしげていると、
「おおっ! これはザッカーグ先生の同人誌か。うむ、先生の描く女性は素晴らしいからな。しかし!」
なんかシャイバン…装着してないからマッキーが反応している。
「ツグオ・オーガザッキ先生のほうがメカもうまいし、私は好きだ!」
キラン!といつのまにか銀縁のメガネをかけて縁が光るマッキーにキラン! とこれまたいつのまにか銀縁のメガネをかけて縁を光らして返すヤマモトの目。
「たしかにツグオ先生のメカの描写はすばらしいが、オニャノコはやはりザッカーグ先生のほうが…」
「いあいあツグオ先生のオニャノコのあの天然さがやはり最高で…」
どんどん盛り上がってくると、
すぱぱああぁぁん!! と二人にそれぞれハリセンがヒット。
アミーとパーコがそれぞれに向かって声を揃えて叱った。
「仕事せんかいっ!!」
プリプリしながら牽引車を操作するパーコと、同人誌のパッケージの一番上にしょもんと坐るヤマモトだったが、ある人物を発見するとぱあっと顔が輝き、そそくさと牽引車を追い越して走っていった。
「ザッカーグ・チーク先生、おまたせしましたっ! わたくしトラネコヤマモト卓急便社長のヤマモトでございますっ! 先生の今期の最高傑作、大切に運ばせて頂きましたっ!」
ヤマモトが走った先には、銀縁メガネに少々前歯の覗いた厚めの唇、モミアゲがぴゅんと長めの、アニメの大御所パヤオの描いたヒロインのピオリーナに良く似たヘアースタイルのザッカーグが立っていた。
「そ、それはどーも。ずいぶん早く運んでもらって…いつもはギリギリでヤキモキしてたから、助かりましたよ」
若干ヤマモトの圧に引きながら、ザッカーグが礼を言った。
「それはもう! 先生の素晴らしい作品を真っ先にお届けするのがファンであるわたくしの義務でございますっ」
お目目キラキラしっぽユラユラでまとわりつかれたザッカーグは、自分が○ャオチュールになった気分だった。
「あーじゃあ本はこの奥に積み込んでもらえますか」
「かしこまりました先生! あのっ! 注文頂いた時に直筆サイン本をお願いしたんですが、今回の作品も買いますので、サイン頂いてよろしいですか?」
「ああ、いいですよ。これだけ早く届けて頂いたんだ。そんなお礼で喜んでもらえるならいくらでも…」
ザッカーグの言葉に今にも嬉し泣きしそうなヤマモトだったが、見上げたザッカーグの顔の後ろ、会場の天井にブスッと突き出る何かを見つけてしまった。
「パーコ! あれ!」
ヤマモトに言われてパーコも見上げる。
すると突き出た何かはグイイインと音を立てて回りだし、どんどん食い込んできた。
「また顔デカか!!」
ドリル状の先端は前回のようにすぐに開かず、天井を突き破って中まで食い込み、その後ろは蔓蛇形態の胴体より細い蛇腹で繋がっていて床まで下がり、そこでガボラッと開いた。と、中から人は出てこず、ギュイイイーーンと音を立ててあらゆるものを吸い込みだした。
近くにあった同人誌から人員からどんどん吸い込んでゆき、その吸引力はザッカーグやパーコ達にも及んできた。
「くそっ!」
牽引車脇の建物の柱に、ヤマモトを脇に抱えてパーコが横飛びにジャンプしてしがみついた。
脇に抱えられたままヤマモトがザッカーグに手を伸ばす。
ザッカーグもこちらに向かって必死に走って来ようとしていたが、途中で吸引力の方が勝ちランニングマシンの上のように前に進まず、何かにつまずいたように転倒すると、吸い込まれる方へ腹ばいのまますべって吸い込まれていった。
「ザッカーグせんせえええ!!」
ヤマモトはその姿をなすすべもなく見ながら、不謹慎だがザッカーグ先生の作品の中の、さよならを告げた恋人が乗って動き出したバスを、主人公が走って追いかけたが途中で転んで小さくなってゆくワンシーンを思い出していた。
パレットに詰まれていたザッカーグの同人誌を全て吸い込むと、開いていたドリルはガボラッと閉じてシュルシュルと蛇腹が縮んでいく。
「パーコ!」
今進んできた通路の奥から、ノーザンクロスが飛んでくる。
「ネイルまで戻るぞ!」
と、パーコを操縦席に乗せると、ノーザンクロスの首の先端がぱくっとヤマモトの首根っこを銜えてふわりと浮き上がり、
「扱いがちがうぅぅぅ」
というヤマモトの声を残して通路を飛ぶ。
ネイルがコスミケット星のターミナルを離れて大ホール部分の上に移動すると、既にドリルを戻した戦艦が方向転換している。先端は長い豪天号と同じドリルだが、船体は地球で発掘された、古代の「掃除機」に良く似た形に変わっていた。パーコがネイルに指示。
「顔デカの回線データ残ってるよな。開いて。
おい、コスミケット星を狙うとはどういう了見だ! あたしらへの嫌がらせか?」
「ひへへへへ、私もそこまで暇ではありません。銀河で人気作家の作品を闇ルートで流せば、それなりの軍資金が稼げるのでね。」
ヤマモトが割り込む。
「その割にはザッカーグ先生のモノばかりで、他のはおざなりだろ! おまえ…さてはファンだな?」
「ち、ちがいますっ! ザッカーグ先生のオニャノコが可愛いとか、本人さらって最新作を描かせて読みたいとか、そんなヨコシマな考えではありませんっ!!」
「……先生って言っちゃってるじゃん……」
「うるさいですね! うるさいヤツはこの新戦艦、『フウディーン』で殲滅してあげます!」
銀河帝国以前の神話の時代、西方の巨大な神々がその力を競い合う事があり、その戦いは「プロ・レース」と呼ばれた。「プロ・レース」の行われた結界空間「リング」を清めたとされるのが神器・フウディーンである。
対になる神器? ライディーンは、東方の神々の戦い「スモー・レース」で使われたとか、東方のとある神の名前だったとか今となっては失われた情報である。
閑話休題。
今ゴーシ大元帥の乗っているのがその神器本体か、あやかったものかも定かではない。
こちらを向いたフウディーンは船体部分とドリル部分の間の蛇腹の筒が伸び、蛇が鎌首を持ち上げるように構え、ドリルがガボラッと開いた。
「真空中でどうやって吸い込むつもりだっての。って、えええ!?」
その鎌首がネイルにコブラの攻撃のように突っ込んでくるのをかわすと、狙いがそれた先端がコスミケット星の外壁をかすめる。するとかすめた部分の空間がぐにゃりとゆがんで消失する。
「ありゃ本当に神器かもしれんな…」
アポロの表情が引き締まる。
「ドレスアップ・ニュクスクローズ!」
パーコがネイルに指示すると、戦闘形態になって立ち上がる。
フウディーンの鎌首攻撃が矢継ぎ早に繰り出されるが、戦闘形態になったネイルは、瞬間移動のようにそれをかわす。
「あれが神器フウディーンなら…
パーコ、あの機体の真後ろ、噴射口のまん中にあるハッチに衝角アタックをかけろ。吸い込んだものは確かそこから回収できるはずだ!」
アポロの指示で、一旦フウディーンから距離を取ったネイルは後ろに回りこみ、勢いをつけて突っ込んだ!
「ウホーッ! 1度ならず2度までも! なんて所に突っ込むんですかっ!」
ゴーシ大元帥が変な叫びを上げる中、ネイルの荷台部分のシャッターが開き、先端に向かって筒がのびてゆく。
「狭い所の積み下ろしの為にこういうモノもついてんのよ」
パーコが自慢げにアポロを見る。
「これは丁度いいな」
アポロがほっとしたように返すと、
「せんせええええ!」
と言いながらヤマモトがザッカーグの元へ迎えにいった。
「さぁて、こっちも仕上げといきますか。」
パーコがぺろりと舌なめずりをすると、
「ふんっ!」
といってアクセルを入れる。
「うほほーーっ!!」
とゴーシ大元帥の悲鳴が響く中、ネイルの細い部分がフゥディーンの船体中央位まで食い込んだ。
「そーれっ!!」
と言ってパーコが別の操縦桿を目一杯引くと、ネイルの細い部分を構成する3本の柱が広がって、ずばぁん!と船体を引き裂いた。
そしてまた後方に、逃げるイカのようにぴゅんっと離脱すると、
どがああぁぁぁん!!
とフウディーンが大破、その勢いで首がもげたように飛ぶ先端のドリル部分。
「ひへへへへ! おのれおのれおのれ覚えてろおぉぉ!!」
というゴーシ大元帥の声のフェードアウトとともに、ドリルは亜空ドライブに入って消えた。お決まりだなあと半目になるヤマモトがふと気がついたようにパーコに問いかける。
「あれ? 今の爆発に宇宙刑事さんの乗り物が巻き込まれてなかった?」
「ん? なんか飛んでったっぽいけど、まあ大丈夫でしょ」
その後、事なきを得たザッカーグは、感謝の印にと送料と別に結構な金額を振り込んでくれ、既刊・新刊のサイン本をくれ、二人の似顔絵を描いたサイン入り色紙もくれた。ヤマモトはホクホクでサイン色紙を強固な額に収めると、じいちゃんの肖像の隣にそれをうやうやしく祀った。
「んー……アタシの似顔絵、雰囲気がホンワカしてて似てねえな」
「だな。あんな可愛げのある顔はしてないな」
アポロがにやにやしながら見ている。
「悪かったな可愛げなくて」
「可愛げない所がいいんだ」
「けっ スケコマシが。何人に囁いてんだそうやって」
「今は一人だけだが?」
「うそつけ」
……
しかし今回のヤマモトは二人を全く無視して、既に中身が大分埋まっている厳重な箱に、貰ったサイン本を鼻歌を歌いながら大事に大事にしまっているのだった。
アドバイスに、とりあえず10万文字書けとあったので頑張ります。