第5話 暗殺者は薄荷の香り
皇宮に呼ばれたパーコとヤマモトは、アポロの父、天皇デオと母、皇后シーノに謁見、お褒めの言葉と褒賞をたんまり頂き、トラネコヤマモト卓急便に皇室専属の打診もされたが、それはパーコが頑として承諾しなかった。アポロの結婚アプローチもかわし、褒賞パーティーも疲れたといって受けずに休息の為に用意された豪華な部屋の豪華なベッドに大の字になっていた。
ガバッと起き上がると、隣のヤマモトに用意された部屋に行き、「入るぞ」と言ってノックもせずにドアを開けた。
ヤマモトはマジで疲れていたらしく、豪華な背もたれの椅子にぐでんとしていた、が寝てはいなかったようだ。
「勝手に御用達を蹴って悪かったな、ヤマモト」
「うんまあ…ハクをつけるにはしばらく受けても良かったけど。逆に色々しがらみが出そうではあったし、なによりパーコが縛られたくなかったんだろ?」
「ああ、なんだかんだでネイルを取られそうでイヤだし。アポロにゃゲンナリだし」
「キライなのか? ああいうタイプ」
「陽キャは疲れるよw つーか身分違いすぎて、まかりまちがって嫁になろうもんならそれこそ雁字搦めだろ。本人よりそれが一番イヤだ」
「だろうな。っていうか、オマエみたいなのに嫁がれたら皇室もオシマイだと思うしなw」
「なんだとコラひげむしるぞこのやろう」
「やめろっ……?」
いつもの展開かと手で顔をかばったが、パーコは動かず顔を見ている。そのまま真面目な声で話しだす。
「船も取り返したし、跡取り息子は家に戻った方がいいんじゃねえのか?」
言われたヤマモトはぽかんとした顔をしたあと、自分の額とパーコの額にそれぞれ手をあてて、
「オマエ、真面目な話してどっか具合悪いのか? いだだだだ!!」
即座にパーコがヒゲをひっぱった。ヤマモトはまた肉球をナメナメひげをなでつけながら答える。
「あの船の事は口実にすぎないよ。オレはマジでオレの力で流通王になりたかったんだ。」
「今ん所アタシのネイル頼りじゃねえか」
「おっそうだ、褒賞に高性能輸送船を融通してもらうってのもアリかな。明日頼んでみようかな♪」
「ったく…」
パーコのついたため息は、半分安堵のような雰囲気だった。
「ん? スンスンスンッ、パーコ、いつもの強化剤にハッカ入れたか?」
「入れてないよ、ヤマモトには毒なんだろ?」
「なんか今香りがしたような… ルームフレグランスに入ってんのかな?」
パーコは煙草ではなく、よく銜え強化剤をしている。
アポロに明かされた通り、パーコはzoony創始者の一人イブ・カーサ・マルの末裔で、天才技術者の血を引いたせいで、スイッチが入ると頭の回転が暴走し、天才的な発明をしたりもするがその後遺症で何日も頭が回らない状態になったりする為、暴走が起こらないよう沈静作用のあるタバコ状の強化剤を服用しているのである。
閑話休題。
「あれ? 匂わなくなった… ま いっか。」
翌日早朝、パーコとヤマモトは次の仕事があるからと、早々に皇宮を後にした。
というのはいいわけで、これ以上しがらみに囚われたくないというのが本音。昨日の高性能輸送船を融通してもらうと言ったのも冗談で、お気楽に次の受注を受けにいつもの受注所があるステーションに向かったのだったが…
1週間経っても仕事ができない。
どうやらあの騒ぎのあと、銀河連邦宇宙軍による暗黒帝国の残党狩りで連邦内の各ステーションでの一斉捜査が行われたりと、出入りが止められたらしい。配達業務もどこの会社も暫く中止命令が出ていた。
ようやくそれが解除されると、入札ではなくご指名で依頼が入った。一番早い便を所望との事だった。
受注場所へ行ってみると、細い目に眼鏡をかけた、若干オドオドしたようなそぶりの、ギャルソンオオバヤシという人物が待っていた。
「他の便も休んでおり、困っていたのですよ。助かりました。」
前回と似たような名前から疑念にかられたヤマモトがおそるおそる尋ねる。
「もしや…皇室関係のご依頼ですか?」
「いいえ、私は建築会社オオバヤシから派遣された大企業専門の代理人です。荷物はお客様の注文した建物の建設機械のパーツで、急いでいるのですが大きな品物で高速艇に積めず、こちらの組合様に問い合わせた所ご紹介頂いた次第です。」
「なるほどですね。承知しました。それでは当社が責任を持って期日までにお届けいたします。」
オオバヤシはほっとした表情になる。
「助かりました。それではステーション内に入らないので、ドッキングベイに係留している貨物船から直接、そちらの船に積み替えて頂けますでしょうか。」
「かしこまりました。では、ベイの方へ船を回します」
書類や契約書をかわした後、パーコとヤマモトは連れ立ってネイルの乗船場所へ向かうが、ヤマモトが首をかしげていた。
「また、あのオオバヤシって人からハッカの匂いがした。こないだ行った酒場でもハッカの匂いがしてたんだよな…」
「アタシにはわかんなかったけど、アンタはキライな匂いだから敏感になるんだろうね。それこそオオバヤシって人がハッカ入りのタバコでも吸ってんじゃねーの?」
「そっかなー。」
ネイルをドッキングベイに回すと、なるほど大きな荷物を積んだ貨物船が係留されている。荷物はネイルの背中部分にある収納にギリギリな大きさだ。機械誘導だけではぶつけてしまうかもしれないので、パーコが船外活動スーツを着て積込みをナビゲートする。
「オーライオーライ…ってなんだこれ、でかいけどやけに軽い荷物だな?」
違和感に気付いた時、荷物の一部分がスライドして中から硬質の防護服を着て銃を持った人影が次々と出てくる。
「ちっ 罠か!」
パーコは荷物の後ろに隠れて、銃の乱射を避ける。
「あの硬質の防護服って、色は黒いが顔デカ笑い男の引き連れてたのにそっくりじゃねーか。てことはまた同じ敵って事か」
パーコが敵の誰何をしていると、ヤマモトから通信が入る。
「大丈夫か!?」
「おう」
「今、積載用トラクタービームの引力を反転出力最大にすっから、巻き込まれんなよ? 3,2,1、それっ!」
じりじりと積込むように動いていた荷物が、いきなり乗せてきた貨物船に向けて吹っ飛んだ。パーコに向かって走っていた黒い防護服達は荷物に跳ね飛ばされ、ネイルから遠ざかっていく。
「おー。○ケット団か○イキンマンみてーだな。」
船外活動スーツのメットに手をかざして、キラーンといいそうな飛んでいった敵を見送っていると突然、
「パーコ! しゃがめ!!」
と通信が入る。
磁力靴で甲板に立っていたパーコがしゃがむと同時に、メットの前部分がはじけた!
「パーコ!!」
スローモーションで後ろに倒れてゆく所に、突然ノーザンクロスが現われる!
あまりの速さに瞬間移動してきたかのようだ。コックピットが開いており、アポロがパーコを操縦席に引張りこんで閉じる。
パシュウウウゥゥゥ…
操縦席に空気が満ちる。が、パーコは目を開けない。アポロはすばやく状態を確認するが怪我はなく、ちゃんと息をしている。メットがはじけた衝撃で気絶していると思われる。
ホッと息を吐いたアポロは、穏やかな顔から一転鬼の形相で、パーコを狙撃した人物の方へノーザンクロスで飛ぶ。貨物船の物陰から狙撃した後、船内にもぐりこんだようだが、ノーザンクロスが光線を吐きながら船に激突!
ズガァン!!
船内通路に突き立ったノーザンクロスの前に、向こうから走ってきた黒い防護服が急ブレーキを掛け、銃を構える。光線銃かと思いきや、実弾が発射された。
ガウン! ガウン!
独特な発射音。ライフルサイズだが、真空中でも発射できる超小型レールガンだ。音が聞こえたのは空気のある貨物船内で発射されたからだろう。その威力はライフル銃とは比ぶべくもない。パーコのメットもかすっただけで割れてしまった。
しかしノーザンクロスの障壁を突破する事はできず、銃弾は弾かれてしまった。
「てめえオレのオンナに手を出しやがって…ただじゃおかねえ…」
青筋を立てながらアポロがにらみつけると、中は見えないはずなのに黒い防護服はすくみ上がった。
ブンッ
と視認できないスピードでノーザンクロスが近づき、
ゴシャッ!
と壁に押し付けてつぶしてしまった。
「あちっ!」
パーコが悲鳴を上げる。
操縦席内でまたタンデムしていたアポロの尋常ではない体温に、意識を取り戻したようだ。
「あっ、すまんすまん!」
アポロはあわてて機内温度調節をする。
「…あたしゃあんたのオンナになってないんだが?」
どうやら熱くなる前に意識を取り戻していたようだ。
「…そのうちなる」
「なんねえよ」
「意地をはるな」
「はってねえよ…てか、敵はつぶしちまったのか?」
「いや。まだ聞き出さなきゃならん事があるから、まだ生きてる…と思う」
壁から離れると黒い防護服は壁に埋まっていたが、高性能らしくつぶれてはいなかった。だがこの状態では無傷とはいかないだろう。意識も無いようで、ノーザンクロスのマニピュレーターの先でぷらんとしている。
3日ほどして、アポロがネイルを尋ねてきた。
「あー…すまん、今回の件はこちらの落ち度による所が大きい。」
「なんで?」
「パーコを狙撃したヤツは、元銀河帝国の暗殺部隊の一人、ハッカのテッツォという凄腕のスナイパーだ。狙撃の腕は一流なんだが、隠密用のマスクにハッカをしみこませるのがクセで、隠密活動がよくバレていた。」
「なんだそりゃ? 優秀なのかポンコツなのかよくわからんな。」
「まあヤツの仕事はたいがい宇宙空間での狙撃だからな。暗殺は空気のある所ではしない。パーコ達がいなくなった後、皇宮にハッカの匂いが残っていたので、防犯カメラ映像を確認した所、テッツォの姿が映っており、狙われていると判ったので銀河連邦宇宙軍に通報して、各ステーションで調べてもらってたんだ。」
「あっ! あの一斉捜査や業務停止ってのは」
「そういう事だ。解除した途端にパーコ達に依頼が来たと報告を受けて、しまった! と駆けつけたんだが危ない所だった。こんな事なら最初からそばにいるべきだった。すまん。」
「元銀河帝国の暗殺部隊って…連邦になって職にあぶれて、暗黒帝国の手先に再就職でもしたのかね」
「うん…まあ…そんな所だな。で、調べ上げた所、どうやら奴だけでなく暗殺部隊ごと暗黒帝国についていて、今後もパーコ達がそいつらに狙われ続ける。だからやっぱりけっ」
「やだっつうの。」
「…じゃあオレが側にい」
「うざいっつうの。」
「じゃオレの護衛を」
「護衛ってあの3人だろ? あの人っちあたしらを見下してるだろ? やなこった。」
ヤマモトが会話に割り込む。
「あのー、もし皇室遺産に個人用バリヤを張れるようなものがあれば、それを貸していただけませんかね。ネイルの船内にいる時はまず危険はないと思いますし。」
「なるほど。バリヤか。うん、用意しよう。それと、今回はこちらの落ち度だから、本来受注して支払われるはずだった金額もこちらで負担しよう。」
「さすがは皇室、太っ腹だね。まいどありー」
「おうおう太っ腹だぜ、今度高級レストランでメシ奢るからデートしようぜ」
「そういう堅苦しい店はキライなんでね。行きたくない。」
「アクセサリーはどうだい? なんでも買ってやるぜ?」
「いらん。そんなの着けて機械がいじれるか」
「じゃあ………」
ヤマモトはまたスン…とした顔になって、ネイルに次の受注が入ってないか確認したりスケジュールの確認をしたりし始めた。
3話ほど書き溜めがたまったのでアップしますー。