第2話 アポロ皇子
「あんたら、自前の船に乗らないのか?」
パーコが苦々しく声を掛けるが、答えたのはネイル船内に不釣合いな高性能シートを持ち込んで、アポロを坐らせその横に立つ、スーツから宇宙服仕様の鎧に着替えた鋭い目つきの護衛さんだった。
「アポロ様は現在お忍びであり専用船は目立つし大きすぎる。この船が一番早いのであろう。本来なら民間船にご乗船などされないのだ。光栄に思いこそすれその態度は不敬にあたるぞ」
(あんたらのせいでお忍びになってないっての)
護衛以外は皆思う。
「よさないか。ウチのものがすまないね。でもオレがこの船に乗るといいことあるかもよ?」
にんまり話しかけるアポロに、
(やっぱ何かネイルと因縁があるんだな…)
とパーコは思った。
ネイル『宇宙刑事の方から通信が入っています。』
パーコはコンソールに振り返って答える。
「さんきうネイル。回線オープン。こちらヤマモト卓急便車輌コスモ…スネイル(ちっ、違反になるから登録名で答えなきゃならん)どーぞ」
「こちら宇宙刑事シャイバン専用機セントキラン、すまんが早すぎて追走できん。もう少しスピード落としてくれないか? 法定速度を守って安全運転をお願いしたい。どーぞ」
「宇宙にそんなのねーだろが。ちんたら飛んでたら逃げられちまう。周波数8823で亜空間ビーコン信号発信するから追っかけてくれ。どーぞ。
ってことで、もっと飛ばすから護衛さん方立ったままだと危ねーかもよー。
うっしゃネイル!十字の居場所に全速前進!」
ネイル『承知しました。亜空ドライブスタート。空間転移まで10秒。安全ベルトを着用下さい。』
亜空ドライブがはじまると、いつものように船内にどこからか柔らかな女性のスキャットの声のような音が流れ音程をあげていく。
ネイル「5・4・3・2・1。転移します。」
護衛3人さんはアポロを守る為か、つかまる為かシートについてるバーを握りしめた。
宇宙機器メーカーZoonyが開発した宇宙船のエンジンは、それまでの核融合エンジンの能力をはるかに上回るマイクロ・ブラックホール・エンジンと言い、本格的外宇宙文明交流時代の幕開けの力となった。地球の大航海時代とは違い、宇宙規模での文明交流は多少の諍いがあったが、概ね平和的に結ばれた。最もそう事が運んだのは銀河帝国の内紛後、皇室の多大なる貢献があったからではある。ちなみに最高出力の3MBH〈トリニティ・マイクロ・ブラックホール〉エンジンは創業者しか作れず、また莫大なエネルギーが必要になる為燃料も特殊な方法で供給しなければならず、搭載機種は皇室御用達の機器に限られていたらしい。その後の汎用機は2MBH〈クロマティ・マイクロ・ブラックホール〉エンジンに統一されている。ちなみに宇宙刑事専用船セントキランはMMBH〈モノ・マイクロ・ブラックホール〉エンジン。
閑話休題。
ネイル『亜空ドライブ終了。通常空間に出ます。』
安全ベルト着脱の案内もない位の時間で通常空間に戻ったが、
「うわっっ!!」
目の前に巨大な船影が迫る。
「かえり舵一杯!よけろおおおお!」
地球の海と違って、宇宙では操縦席から見て上下への舵もある。上はそっくりかえるからかえり舵、下は前に体をまげるからまがり舵。面舵取り舵と区別する為面倒だが3文字だ。
さすがに護衛さん達も立っていられず、シートにつかまりながら座り込んでいた。
ある程度距離を取れたので停止して、船体ライトを点けていないシルエットの巨大船を確認する為、3Dレーダー映像に切り替える。
「なんでっ!!」その映像を見たヤマモトが驚いた顔で固まる。
ネイル『発信者不明の通信が入っています。ウイルスチェック・精神干渉信号等危険はありません。』
「さんきうネイル。回線オープン。だれだ?」パーコが問いかける。
「警告したはずですよ。追ってくるなら容赦しないと。引き返すなら良し。それでも向かってくるなら、積荷を全て武器弾薬に積み替えた、ヤマモトキヨシ随一の巨大流通船がお相手しますよ。ひへへへへ」
通信モニターに映っているのは、あのフォークリフトとコンテナを飲み込んだドリルを出入りしていた黒い甲冑の顔デカ笑い男だ。
「おまええええ! オマエのせいで目の細いとうちゃんに大目玉くらって船を探し出すつもりで家を出たんだぞ!! その船をかえせえええ!!」
あー…ヤマモトってそういういきさつで出てきたのかー。と半笑いになるパーコも呼びかける。
「おいコイツが可哀想だろ、返してやれ顔デカ笑い男。」
「失礼なっ! このゴーシ大元帥に向かって顔デカ笑い男とは何事ですっ!! 船を返すわけがないでしょう!! 圧倒的火力で沈みなさい!!」
ブツン!
「名乗らないって言ってたクセに… 悪役の決まりでもあるんかい」
パーコがつっこむ。
「やはり暗黒帝国か…」
アポロが一人ごちる。
笑った顔のままカンカンに怒るという器用な映像が切れると、ヤマモトキヨシ巨大流通船…今や宇宙戦艦ヤマモトと化した船の船首がゆっくりとこちらに向いてくる。
「は~~~。バカメ。」と言ってヤマモトはボスンとコックピットの椅子に体を沈ませる。
「どうするんだい?」とあわてる護衛さん達には目もくれず、アポロがヤマモトに問いかける。
ヤマモトは椅子をくるりと回転させると、じいちゃんの肖像画に向かっておもむろに話しかけた。
「エマージェンシーコード。『言うはヤスシ、行うはキヨシ』」
そう唱えると、じいちゃんの肖像画の目がチカチカチカチカッとひかる。するとネイルのコクピットもそれに反応する。
ネイル『ヤマモトキヨシ船舶非常用権限回路開きました。』
ヤマモトがマイクに向かって命令する。
「空調催眠ガス混入。外部導入機器停止措置、ロボット及びアンドロイド命令系統ジャミング無力化、自動操縦に切り替え。積荷は乗組員も含め全て銀河連邦宇宙軍本部にお届け、その後速やかに本社に帰投せよ」
ヤマモトキヨシ流通船『イエスマイマスター。』
そう通信が返ってきた後、船はこちらを向いてから3分ほど沈黙、真っ暗だった船体に明かりが灯り、明滅するライトに囲まれた3D映像看板が船体表面に表示され強力わかもとなどのCMを流しながら復活、通りがかりの船舶にCMソングを割り込ませる機能も復活、ネイルにも三味線と長唄のBGMが割り込む中、ゆっくりと銀河連邦宇宙軍本部方向に船首を向けると、亜空ドライブに入って姿を消した。
「いやあ、さすがは大商会の船だ。セキュリティがしっかりしてるんだねえ。
まあ、アレにもマイスターの手が入ってたんだろうな……」
アポロが感心しながら独り言を言って、パーコに顔を寄せて小声で話しかける。
「さっきのヤマモトのエマージェンシーコードって…」
「キヨシってじいちゃんの名前で、ヤスシってとうちゃんの名前なんだって。」
「ヤマモトはなんで会社名に自分の名前を入れないんだろ?」
パーコはニヤッと笑うと、
「長すぎるんだってさ。名前が。」
「言うなっ!」
ヤマモトがさえぎろうとするがかまわずパーコがバラす。
「ヤマモトのばあちゃんがヘレンさんて言って、母国の早い乗り物の名前から取って『ミレニアムファルコン』てつけたんだが、ヤスシとうちゃんが博打好きで、イチかバチかでイッパチって付け足して、『ミレニアムファルコンイッパチ』になったんだって」
「言うなっつっただろうがうっすらパーコ!!」
「あたしの名前は父さんと母さんがパワーのある子ってつけてくれた愛称だ!
タレ目ネコにバカにされる筋合いはない!」
「オレはタレー目ネコ科トラネコ族、ばあちゃんの家系はエキゾチックショートヘヤー族の由緒正しいヤマモト家の末裔だっつの! オマエなんかと一緒にすんなメカヲタク性悪つり目女!」
「なんだとクソネコ! ヒゲむしるぞこの野郎!」
「バカやめろ平衡感覚がおかしくなる!ぐわーっ」
(仲いいんだな二人は。まあ、パーコのご両親はパーコを守る為に本名を秘密にしたんだろうな…)
生暖かい目で見ながら、アポロはそんな風に思っていた。
「ひへへへへ、ひへへへ!!」
「な、何を笑っているんです大元帥!?」
「怒ってるんです! 激オコなんです!! あんな機能がある事に気がつかなかったのですか!!」
「も、申し訳ありませんっ!」
「こうなったらアレを起動するしかありません。アレの所に飛びなさい!!」
「かしこまりました!!」
パーコの腕の端末ブレスレットがまた反応する。
「ん?十字がまた動いたぞ? ネイル、追ってくれ!」
ネイル『承知しました。亜空ドライブスタート。空間転移まで10秒。安全ベルトを着用下さい。』
「あれ? この座標は……」
コックピットのモニターを見るアポロが呟く。




