第2話 自由道一直線
2度目の航海から戻ったパーコは、このままではフェイトに危険が及ぶ事より、フェイト自体が危険の種になりそうだったので、ヤマモトに会社で託児所を設立する事を進言した。急成長により従業員も増え、子供のいる家庭も少なくない。ヤマモトにも三つ子の子供が生まれていた。長男はクロネコのビビ、長女はシロネコのシシ、次男はブチネコのデデ、一度に生まれているので長男次男は後付けである。模様が違っても家系を辿ってトラ族の血を引いているとトラネコ族と言うらしい。
ヤマモトは意見を聞き入れ、託児所を設立した。昔の地球と違って毎日迎えに来るのが定番ではなく、パーコの最長1年まで預けるなどパターンはそれぞれである。ヤマモトも子供を預けているお陰で、副社長のリリが毎日託児所に来てくれ、フェイトも気にかけてくれている。加えて親バカアポロも3日に空けず来てしまうので、護衛も頭をかかえる状況になっている。
とはいえ、普通の子供と違う頑丈さを持ったフェイトが他の子供の危険にならないように見張る役目も必要という事でネイを置いていこうとしたが、パーコの守護を第一優先にしたためフェイトとどちらを取るか悩んでしまい、頭から煙が出てしまった。このままではどこかの赤いランプのコンピューターのようになってしまう事を危惧したパーコは、新たにイルとネルというネイの妹分のアンドロイドを作成、二人には守護の優先順位を託児所の子供全員に設定して置いていった。ネイとの見た目の区別の為にイルは赤い髪のツインテール、ネルは黒髪メガネにカチューシャをつけた。
フェイトを止める為のパラライズボイスは、預ける頃には耐性をつけつつあり効き目が弱くなってしまった。なのでイルとネルには搭載せず、皇室御用達個人用バリヤを解析し、能力を反転させたアンチ身体強化フィールドのヘッドリングを開発、フェイトに付けさせた。それでも身体能力が高く暴れん坊なのだが……
3歳位になると、ヤマモト3兄妹とフェイトは本当の兄妹のようになり、その分遠慮がなくなって兄弟喧嘩のようになって親と同じようにヒゲを引張って泣かしたりしていた。躾の為にどこかのサル族のようにヘッドリングを締めてお仕置きもするが、痛みに対する耐性も上がってしまった。
フェイトは5歳位から託児所の絵本を読み、マンガを読むようになる。この託児所にはヤマモトの集めた膨大なマンガデータのコピーで作られた図書室があり、マンガ文明発祥の頃の歴史的遺産のコピーまで揃っていた。
フェイトはその中でも、主人公が格闘技で戦うマンガにハマってしまった。
首から上だけヤマモトみたいだけどつり目な主人公が上半身裸で四角いリングで戦ってるマンガを読んだ時は、ヤマモトの顔が脱げると思って引張りまくってパーコがするよりひどい顔にしてしまった。
眉毛を片方剃って山に籠って修行したマンガを読んだ時は自分も洗面所に常設されている髭剃りで片方の眉を剃って、託児所のある本社ステーションには「山」とかいう場所がなかったので部屋に籠り朝から晩まで正拳突きの練習をしたが、夕方お腹がすいて出てきた。
手袋をはめて殴り合って真っ白になったマンガを読んだ時は、託児所の給食センターにもぐりこんで鍋つかみを手にはめて頭から小麦粉を被ってイスに座って寝ていた。
道具を使う格闘技は、棒や道具を手にするそばからイルとネルに危険だと取り上げられた。
「やっぱ武器なしで、自分より大きいやつに勝つのがかっこいいよな!」
と、負け惜しみのように呟いていた。
会社の規模拡大とともに、託児所の子供も増えてきた。フェイトが7歳位になった時、11歳位の体の大きなギーハラスという子が入ってきたが、この子が託児所を仕切りはじめ、小さな子を子分のように扱い始めた。
年上の子がいさめようとしたが、その子達より体が大きく力が強く、誰も止められない状態になっていた。そろそろイルとネルが介入しようとしていた時、それは起こった。
「おい、フェイト。オマエもオレの子分になれ!」
ギーハラスが声を掛けるが夢中になってマンガを読んでいるフェイトは気付かない。マンガにのめり込んで
「とりゃあ!」
とか言いながら、技の真似をして腕だけ振っている。
「おい! オレの声が聞こえないのか!」
といって肩をつかんで自分にむかせようと手をのばしたが、
「つぇえい!」
といって技のように振り回した手がその手を払ってしまった。
そこで初めて気がついて
「あっ、ごめん。何?」
とやっとギーハラスの顔を見る。
「聞こえてなかったのか、オマエも子分になれと言ってんだ!」
「ええ~オレマンガ読むのに忙しいからムリだよ」
「なにい~ いう事聞かないとこうだぞ!」
と、ギーハラスはフェイトの頭をポカリ! と叩いた。しかし全くダメージは無く、かえってギーハラスの手の方が痛かった。
「いてて! よくもやったな! フェイトのクセになまいきだぞ!」
といって馬のりになろうと覆いかぶさってきた。その姿が直前まで読んでいたマンガのシーンにそっくりだった。
そのマンガは柔道を題材にしたもので、体の小さな主人公が、師匠の教えで身につけた技で大きな相手をコテンパンにしてしまうもので、主人公の必殺技が大きな相手の懐に入り込んで回転し自分は無傷で相手にのみダメージを与えるというものだった。
思わずマンガと同じように体が動いてしまい、いじめっ子の懐に飛び込んで、
「地獄包まり!」
と技名を叫んで回転をはじめようとしてしまった。
しかしマンガのようには事は運ばない。いじめっ子は向き合う形でパイルドライバーのようにして地面に顔から突っ込んだ。
シーン……
いじめっ子の後ろに無理やり引き連れられていたメンバーは皆固まってしまっていた。
ダダッと駆けつけたネルとイルは、即座に浮遊担架を呼び寄せ、ギーハラスに振動を与えないように慎重に乗せると医務室へと運んだ。
幸い軽い脳震盪と軽度のムチウチで済んだが、ネルとイルはフェイトをいつものように叱らず、アポロに連絡を入れた。アポロも詳しく顛末を聞いて、すぐに託児所に来た。
いつも自分に会う時は笑顔の父親が、真面目な顔で自分を見ており、何を言われるのだろうと不安で一杯だった。
「母さんに頼まれていた事がある。
フェイトは痛みに鈍感だから、人の事を思いやる事ができないかもしれない。もしも思いやりが持てず、誰かを傷つけてしまう事があったら、同じ世代の子供達とは別の所で育てないといけない、と。」
「えっ! じゃあオレはここを出なくちゃいけないの!?」
「今回の事は正当防衛…ってもわからんか、まあ、ギーハラス君だっけ? 彼が先に襲ってきたから自分を守る為にやった、って感じになってるが、オレはオマエがそうじゃなくて、ただマンガみたいな事をやりたくてやってしまった、と思ってるんだが?」
フェイトはその通りだがうんとは言えず、黙って下を見ている。
「それにギーハラス君が他の子を子分にしたりしても何も言わなかったんだろ?
順番でオマエが先だったが、ビビ達3人にそういう事されたら、オマエはどう思った?」
「……嫌だと思って、やめろって言ってたと思う」
「でも他の子たちにやってる時はそう思えなかったんだよな?」
「……」
「フェイト。母さんも父さんも、オマエに一番身に付けてほしいと思ってるのは、人の痛みがわかる人になってほしい、ってことなんだ。自分が痛みに鈍感だから、他の人よりも想像力を働かせて、その人達の痛みがわかる人になって欲しいと思っている。もしもそういう友達と離れて育ったら、それこそフェイトはそれを知らないまま大人になってしまう。そっちの方が恐い、と思ってるんだよ。」
「うん……」
「今はまだ難しい話でわかんないかもしれんが、ビビだったらどう感じるだろう、とか、シシだったら、デデだったら、そして、ギーハラス君だったら、っていちいち考えたり感じたりしてほしい。」
「うん。」
「フェイトもオレも、まあ母さんも他の人にない力を持っている。」
「母さんも力持ちなの?」
「力ってのは能力の事だ。オレは体から炎が出るのは知ってるな?」
「うん」
「母さんはものすごく頭が良くなる事ができる」
「そうなの? すごいや!」
「そういう、他の人のできない事ができることを、力を持っている、と言うんだ。
そして、力を持っている人間は、持っていない人に力を使う時、よく考えて使わないといけない。そうしないと知らないうちに他の人を傷つけてしまう。もしオレが、フェイトみたいな能力を持ってない子供に、フェイトと同じように接していたらきっと大ヤケドして命も危険だったかもしれない」
「そうなんだ… 熱い人がいるのは当たり前だと思ってた…」
「同じように、フェイトは頑丈でも、他の人はそうじゃないって事を基準にみんなとの事を考えていかないといけないんだ。」
「そっか…」
「そして他の人にない力があるって事は、オマエが読んできた大好きなマンガの主人公のように、みんなを守ったり、悪いヤツをやっつけたりできるようになるって事だ」
「そっか…そっか!」
「ただし! いいヤツ悪いヤツってのはどれがそうなのか決めるのはとても難しいんだ。いいやつに見えて悪いヤツもいたり悪くみえていいヤツもいる。大人にどんどん聞け。オレらもわかんない時もあるからそん時は一緒に考えよう。あと、悪いヤツだからといきなりひどい目にあわせてやろう、てのもまちがいの元だ。誰かがひどい目にあいそうならすぐ止めるべきだが、まずは言葉で止めてみろ」
「わかった。これからはそうするよ。」
「まあ、オレの経験から言うと悪いヤツってのは、まず人の自由を踏みにじるヤツだな。母さんもオレも、自由である事を大事に生きてきた。オマエにも自由に生きてほしいと思ってる。でも、自由に生きるって事は、他の人の自由も大事にするって事だ。他の人の自由を大事にできない人は、自由に生きる資格がない。」
「……」
「ちょっと難しいかw。まあ自由に生きる為に母さんはこの仕事を選び、そのせいでオマエがいつも一緒にいられないのは申し訳ないんだが」
「自由に生きる為に、不自由な仕事をしてるの?」
「うーん。父さんは実は世の中では高い身分といわれてる血筋なんだ。その中に入ると自由じゃなくなるから、この仕事をしてるんだよ。もしオマエが、お金の心配もなくみんなから大事にされるけれど、自由じゃない生活のほうがよければ、そっちを選ぶ事もできるぞ?」
「……それはイヤだ。」
「だろう? だからフェイトをウチには連れてかなかったんだ。まあ…じいちゃんやばあちゃん、おばちゃんにはそのうち会わせてやるよ」
「ほんと!? オレ会ってみたい」
「おう。その為にも、『普通の人』への力の使い方を覚える事、みんなの痛みを想像できるようになる事を覚えたら… あと能力を隠す事も覚えたら、だな。皇族に目をつけられたらまずいしw」
「?」
「なんでもない。まあ口で言って一度に理解はできないだろう。親友でもできれば早く理解できるだろうけどなあ。」
アポロはフェイトの頭をわしわしと撫でながら、愛する子供の行く末を思い、自由に、幸せに育ってほしいと願うのだった。
すみません、連休前の機能アップするつもりだったの忘れてました。