第1話 石頭
第2章スタートです。
「あっついな! もう!」
操縦席に座るパーコは、足元に水を入れたタライを置いて、首にタオルをかけ、ウチワで顔を仰いでいた。
『空調は通常温度ですが、もっと下げましょうか?』
「ああいいよ。ありがとネイ。これ以上下げるのは良くないだろう。まあ、あいつの子供だからこんな事もあるだろうよ。アタシ生きて産めるんだろうか……」
悪阻も少なく、食欲が落ちる事もなかったのだが、育つにつれて体温が上がり、そろそろ予定日が近いが発熱に悩まされていた。バイタルデータは体温以外は至って健康であり、父親がアレだからとそんなに心配していなかった。
「次の中継地点までまだ亜空ドライブが終わんないから、こりゃあやっぱりネイに取り上げてもらうしかないなあ」
『おまかせ下さい。既にシミュレーションは30回ほど繰り返しております。』
「つってもアイツの子だから、産まれた途端に駆け出すかもしれないぞw ははは…っつ……ネイ、冗談ですまないかも……」
銀河連邦最速宇宙船、コスモス・ネイルの新規アンドロイド型端末、ネイ。
超長距離運送の相棒としてパーコが組み上げた。データはネイル本体と共有しているが、ドロ・シップの時のように通信が切られても独立行動できるように人格は別にしてある。
これから子供も産まれる状況の為、ボディは人間のように柔らかく女性型に作られている。青い髪に赤い目、子供の人格形成に歪みを出さないよう、予め組まれたプログラムの感情ではなく、学習して自然に形成されるようになっている。つまりパーコの子供とともに成長していくのだ。造られて1年たたない現在はまだ、自然に笑顔が出る所までにはなっていない。
しかし、ネイルがパーコを心配してあらゆる機能を追加で付与してしまった。
右腕にレールガンを仕込み、左腕にビームナイフ、どうやら喉にもソニックパラライザーを改造した、パラライズボイス発生器まで仕込んでいるらしい。
人格形成プログラムにもネイルがパーコを守ることを最優先にした項目を足した為、せっかく学習型にしたのに若干性格が歪んだのではとパーコは心配している。影でぼそぼそっと
『パーコ様は私が守るもの…』
なんてつぶやいてるのを見てしまったり…
ネイは、どうやら陣痛が始まったらしいパーコを操縦席から抱き上げると浮遊担架に乗せ替え、医療室へと移動した。その後も30回もシミュレートしただけあって、全ての準備をスムースに済ませた。
それから10時間程して、元気な産声が医療室から響き渡った。おくるみに包まれた赤ちゃんは、通常より大量の湯気が出ていた。ネイが顔の近くに寄せてくれた赤ちゃんにパーコは、
「パパが産まれる前に名前を考えておいてくれたからね。アンタは男の子だから、『フェイト』だよ。」
と語りかけた。
また泣き出したフェイトを抱いて、パーコは初めてのお乳をあげた。
その様子を見ていたネイの顔に、初めてうっすらと微笑が浮かんでいた。
『パーコ様もフェイト様も、私が守る…』
…ちょっと恐かった。
お腹からカイロが出て通常のバイタルに戻ったパーコは、その分も負担だったのかその後はグッスリと眠り、ちょっと夏バテみたいな状況が本調子になったのは三日後だった。
フェイトのほうも通常より5度ほど高い体温以外は普通の新生児と変わりな…
…くなかった。
お腹が空くと泣くが、それ以外の事では泣かない。1週間ほどでパーコやネイが顔を覗き込むと笑う。名前を呼ぶと笑う。殆ど手がかからない。障害があるのかと心配したが、そんな様子はない。
「まあ、手が掛からないに越した事はないんだが…」
操縦室の中を、どこかのサイボーグの赤ん坊のように浮遊籠に横になって、きゃっきゃと喜んで空中を飛んでいるフェイトを見上げて、ちょっと思ってたのと違う子育てを始めたパーコだった。
1ヶ月も経つと、フェイトの特異性が顕著になる。ある時浮遊籠から寝返りを打って2mほどの高さから落ち、ネイがすべり込んだが間に合わず頭からゴンッ! と落ちてしまった。パーコも青くなったが、その音の直後、フェイトの笑い声が響いた。
「おまえどんだけ石頭なんだ…」
念のため健康診断装置で調べてみたが、改めてフェイトの体が通常の新生児と違う成長の仕方をしている事に気付く。そもそも生後1ヶ月では赤ん坊は自分で寝返りを打てない。頭から2m下に落下して無傷なんて普通無理である。しかも直後に笑っていたというのは、痛みを感じてないのではないのか。細かく分析していくと、どうも物理的に頑丈というだけでなく、身体強化フィールドのようなものを纏っているようだ。父親のアポロは熱を操る事ができ、体から炎も出せるがこのような特質は無かった。フェイトは能力を身体強化に回している可能性がある。
「…痛がらない子供なんて嫌な予感しかしないんだが…」
パーコは今後の事を考えると頭が痛くなった。
初の超長距離運送に出発してから1年、ようやくトラネコヤマモト卓急便本社ステーションに帰還。各種検査と報告の後、パーコが社長室に行くと、扉を開けた途端抱きつかれた。
「あっっっつい! 離れろ!」
「文字通り熱い抱擁を交わしてんだ! 次は熱いキスを…」
『…フェイト様に雑菌等悪影響があると判断されます。3m以上離れなければ排除します。』
フェイトを外向きの抱っこ紐で抱えたパーコごと抱きついたアポロをベリッと音がするように剥がしたネイが、左腕からブゥンと言う音と共にビームナイフを展開して二人の間に入った。
「お、おう、いや大丈夫だって! 今朝も会えると分かって思わず炎を纏っちまったから焼却消毒されてるから問題ないぞっ!」
『ご自分で発火する危険性を自認されている方を近づける理由は尚更ありません。炎が出るのであれば6m以上は離れてください。』
「そんなー! それじゃ息子の顔もわかんねーよー!」
「あのー。ここ僕の部屋なんすけどー。一家団欒は後でやってくれませんかー。」
半目になったヤマモトが、社長イスにしなだれて半目になっている。
フェイトーと言いながら泣いているアポロの前に立ちふさがってネイが近づけないようにしている横を進んで、パーコがヤマモトに帰還の挨拶をする。
「ただいま。」
「お疲れ。」
にやっと笑いあってパーコが言葉を続ける。
「これで航行記録が取れたから、次から予定が立つようになるだろ。今後は会社でスケジュールを組んでくれ。新しいエンジンを積んだ船の調子はどうだ?」
「ああ、お陰で今後の仕事の予定も色々組めるよ。ありがとう。新エンジンを積んだ3台の船は特急便に特化して、なんとかパーコの抜けた穴の分は回している。といっても燃料バカ喰いだからネイルのように儲けは出ないけどなー。船は出発前に調整してもらったから今の所不具合はないが、1年現場で回したから後で見てやってもらえるか? メンテナンス部署のチェックもお願いしたいし。」
「おうおうあれから1年、やつらもちっとは使えるようになったか? 部署を立ち上げた時は初めての新エンジンに目を白黒させていたが。
まあ3日ほどは休ませてくれよ。長距離の運ちゃんは疲れが溜まってんだ。」
ネイも振り返って付け足す。
「身体的には問題ありませんが、メンタル面での休息は必要と思われます。」
「そうそう。その為には家族の一家団欒というのが一番いいんだよ。ネーちゃん」
『私はネーではありません。ネイです。正しく発音して下さい。』
パーコは肩をすくめながら、
「まあ息子との初顔合わせだ。パパの顔を覚えさせなきゃ可哀想だしな。だが…フェイトを燃やすなよ?」
ネイがまたビームナイフを展開し、
『やはり排除した方が…』
「お、落ち着けってネーちゃん!」
『ネーではありません、ネイです!』
見ていたヤマモトが
「家でやれ家で!!」
と怒った。
結局外を連れ立って歩いては皇族としてまずいという事で、ネイルの中で過ごす事になった。フェイトに会えたアポロはテンションが上がりまくり、ほおずりしたり話しかけたり普通の4ヶ月の赤ん坊なら泣いて嫌がる行動だが父親と認識しているのかきゃっきゃと喜び、それがまたアポロのテンションをあげる事になっている。
「アポロ。この子おかしいと思わないのか?」
「どこが? こんなによく笑う可愛い子はいないぞ?」
「オマエ、テンション上がりまくって今ものすごい熱くなってるのに、フェイトは平気で笑ってんだぞ?」
「へ… あ! ええっ!? なんで平気なんだ?」
「どうも物理的にも生物的にも丈夫な上に、自前のバリヤみたいな能力も持ってるみたいだぞ?」
「火は出さないのか? オレもガキの頃親にヤケドさせた事があるが…」
「体温は通常より5度ほど高いが、それ以外は温度を変化させるような能力は発現してない」
「ふうむ…… あっ! 渡した個人バリヤ装置は使っていたか?」
「うん。妊娠中は特に心配だったので常時作動させてたけど… まさかその影響?」
「わからんが、その力場を感じて能力を体を守る為の使い方で覚えてしまった可能性はあるな」
「う~ん… 良かったんだか悪かったんだか…」
それからはフェイトにベッタリなアポロに、新生児でも頑丈なようなので育児を任せ、パーコはのんびりと過ごした。外部の人間にばれなければ良いだろうと、フェイトと二人でノーザンクロスに乗り込んで出掛けてしまった時にはネイが怒って
ネイルの艦載機で追いかけていった。パーコはネイの機動力向上等の為、能力はノーザンクロスと同等の艦載機『サザンクロス』も開発していた。
充分羽根を伸ばしたパーコは、メンテナンス部署の後輩達を引き連れて新エンジンを積んだ船をメンテナンスして回った。実機を実際に確認しながら、メンテナンスのコツや仕組みの解説などをしていく。後輩達が必死にメモを取り質問してくる姿を見て、パーコもこれなら大丈夫だろうと頬を緩めた。
満足して帰りネイル内のフェイトの部屋に入ると、ドアの前にフェイトを抱っこして立つネイと、ちらかりまくった部屋をしょんもりと片付けて回るアポロがいた。
「どした?」
『アポロ様が、フェイト様が喜ぶものですからお部屋で遊びまくったようです。フェイト様よりまず、アポロ様の躾が必要と思います』
こんな調子で日々が過ぎ、また超長距離の仕事が入る。出掛けにフェイトは笑っているが、アポロが泣いて別れを嫌がる。ネイがまたベリッと音がするようにアポロを剥がすとようやく出発。
しかし、1年もするとフェイトは自分でハイハイして、船内のあらゆる所を動きまわる。ドアのロックは身体強化フィールドを使って開けてしまう。ネイルの艦内レーダーと監視で危険区域に侵入しようとする度にネイが回収、赤ん坊のサイズでないと入れない所に入り込んでネイの手を煩わせたり、お尻を叩いて躾をしようとしても全く効かない。しまいにはパーコがゴムハンマーでしばくという通常なら虐待になるような事をしても、どつかれた衝撃が面白いらしく喜んでしまう。
最終的に動きを止めて回収する為、ネイが害のない強度でパラライズボイスを使う破目になった。
『うぅ~やぁ~たあ!』
これで静かになったフェイトを部屋に戻す、という繰り返し。徐々に仕事に支障をきたすようになる。
「う~~~ん… ヤマモトん所にも子供いるし、ちょっと考えてもらおうかなあ」
パーコは次戻ったら、ヤマモトに手立てを相談する事にした。
第2章の投稿遅くなってすみません。
書き溜めが足りてない状況なので、今後も更新が遅いかもしれません。
ご了承下さい。