第9話 ニセ二重粘土超汚染
今作は若干グロ要素や汚い表現があります。
予めご了承ください。
「なつかしいなあ……」
涼やかな風が吹く緑の丘の上で、久しぶりの自然の空気を呼吸して、パーコはそれを満喫していた。カール星イザワ郷は、銀河休養地でも指折りの場所である。
暗黒帝国の罠や攻撃をかわした後、しばらく落ち着いて通常業務が出来ていたが、ザッカーグに加えてスミレも評価したりと業界での地位はますます上がり、仕事の依頼は増えるばかり。先月からの断わりきれない仕事が重なりブラックモードがひと月ほど続いたのでパーコが切れた。
「休む!」
と言って配達で近くまで来たカール星に気が付いて、有給休暇届をネイルに出させ飛んできてしまったのである。到着すると、ネイルはヤマモトの元へ返した。さすがにネイル無しでは仕事が破綻する。
カール星は両親と来たことがある思い出の星だった。テニスをして楽しむ父と母、父の肩車の上で食べたソフトクリーム、自分の足は届かなかった3人乗りの自転車……
パーコにしては珍しくしんみりとした面持ちで、風の渡る丘からの風景を眺めながら思い出に浸っていた。
父のレイジーは祖父に輪をかけて機械いじりが好きで、特にノーザンクロスのような一人乗りや二人乗りのマシンの開発やメンテナンスはピカ1の腕を持っていた。ひょうきんな性格で、面白い父が大好きだった。
母のカトリーヌも底抜けに明るく、それでいて曲がった事が大嫌いな竹を割ったような性格だった。パーコはそんな二人の良い所を吸収して育つことができた。「おしとやか」はどこかに置き忘れてしまったが。
その頃アポロは、貨物コンテナを連結したノーザンクロスに乗って、カール星へ向かっていた。ヤマモトからパーコが急に有給を取ってカール星へ行ってしまったが、ネイルも会社に戻して安全が心配だと連絡を受けていた。アポロも次の刺客の情報を得て動こうとしていた所だった。
(カール星か…レイジーさんとカトリーヌさんから思い出話を聞いたな……)
アポロはパーコの父母をよく知っている、というより第二の父母のような存在である。祖父のミュラーの他にも、二人は皇宮を出入していた。ノーザンクロスやzoony製の皇室マシンのメンテナンスに、レイジーも来ていたし、カトリーヌも出入りする内に皇女サヨと仲良くなって交流していた。アポロも二人に「ウチにゃ男の子がいないからな」と、自分の子のように接してもらい、お陰で皇室と違った庶民的な物の考え方や、義務や責任や地位に縛られない自由な物の考え方を身につけることができた。お忍びで彼ら家族の様子を覗いた事もあった。パーコの事は始めは妹のように見ていたが、レイジーが「あいつは可愛げがないから嫁の貰い手がないかも知れない。あぶれたら妾にでもしてくれないか。皇室だからそういう事もできるだろ」といってカトリーヌに叩かれていた。なんとなくその頃から意識するようになってしまった。
暗黒帝国の動きを察知してからはいずれネイルとパーコが狙われると思い、ネイルにノーザンクロスを届けてもらうように仕組み、行動を共にするようになったのである。
カール星に着いたアポロは、パーコには連絡せず、遊園地横の空き地に貨物コンテナで運んだ物を使って作業を終えた。
パーコは、丘から見える遊園地の観覧車を見つけ、3人で乗った風景も思い出しそこにも足を伸ばした。
遊園地の向こうから、地面を掘削するような音がしている。アトラクションの増設でもしているのだろうか。静かなイザワ郷にその音だけが響く黄昏時は、いや増して郷愁を誘った。
平日の夕方。それほど客のいない夜のカップル向きの営業が始まる園内を歩いていると、観覧車の電飾が灯った。そちらに自然に向かう。
「パーコ」
思い出の観覧車を見上げていると、思い出と同じ声で名前を呼ばれる。
う、そ、でしょ……?
父が、母が笑顔で呼びかけてくる。
レイジー父さんが、カトリーヌ母さんがそこにいる。
「父さん…… 母さん……」
二人に向かって駆け出すパーコ。
受け止めようと手を広げる母。
「……のぉ……」
走るために振っていた腕を、振りかぶって、拳を強く握る。
「へたくそおおおぉぉぉ!!」
母? の顔を思い切りなぐりつけるパーコ。バリヤのお陰でパーコに痛みはない。
殴られて吹き飛んだ母? は父? に頭からぶつかって二人で団子になりながら後ろ回りに転がった。
母の顔は若干、殴る前からデッサンが狂っていた。美術学校の新入生の粘土造形のようである。
「成りすますんならもっとちゃんとやらんかいっ!!」
父? のほうも母? の頭がぶつかって、やはり粘土細工のように顔がひしゃげてしまった。
「ひいいいいぃぃ」
と、二人で逃げて行ってしまう。
追いかける気にもならず、暗黒帝国のやり口にイラッとしながら踵を返し、強化剤をすぱすぱしながら歩き出すと、
「おーい、パーコー」
と呼ぶ声がする。
振り返るとアポロが駆けてくる。
「今の奴等、捕まえたぞ」
「ああ、父さんと母さんの真似をしてきやがった。会うわけがないのに…」
「レイジーさんとカトリーヌさんだろ。オレも知ってるよ。おしどり夫婦で有名だったもんな。」
「大事な思い出を汚しやがって。ムカつくぜ。」
「ヤツらはモシャ星人のノーザッキと、ムール星人のサトゥーだ。ノーザッキは人間以外もかたっぱしからマネするんだが、いかんせん精度が低い。サトゥーのなりすましはそうそう見破られないんだがな。」
「オマエが言うな」
ビスビスッ!
という銃声がパーコの後ろからして、アポロの顔に穴が開き、仰向けに倒れる!
「アポロ!!」
アポロにすがるパーコ
「離れろ!」
という声に振り向くと、銃をかまえたもう一人のアポロがいる。倒れたアポロがパーコの肩をつかんで、ムクッと起き上がった。顔の中央に大きな穴の開いたアポロの、耳や生え際がビクビクと痙攣し、顔の穴の中から歪に並んだ目玉が覗く。
ビスッ! とまた銃声がすると、パーコの肩をつかんでいた腕が脱力し、抜け出したパーコが銃を撃った方のアポロの方に逃げてしがみつく。さすがに気丈なパーコでも撃たれた方のアポロ? が気色悪かったらしい。
「二重に罠をかければひっかかると思ったようだが…ていうかひっかかってたな」
ちょっと苦笑した本物のアポロ。
土下座一歩手前のようなポーズでえずくように体を動かすアポロ…に化けていたサトゥーは、撃たれた顔の穴からビチャビチャと液体をこぼしながら、何か呻きはじめた。
「タケダァ… タケダァ……」
その呪文? に危機を感じたアポロが
「ノーザンクロス!」
と呼ぶと、
「キョエーーッ」
と答えながらノーザンクロスが飛んで来て、二人を乗せて飛び去る。
「タケダ……タケダ…タケダタケダタケダー、タケダタケダタケダー、タケダターケーダー!!」
呪文とともに巨大化したサトゥーは、穴はふさがったがヘタに縫合した傷口のような溝の出来た鼻も口も無い顔に、歪に配置された目玉をギョロギョロと動かして、観覧車をむしりとるとノーザンクロス目掛けて投げつけた。もちろんひらりとかわしてサトゥーに光線を浴びせる。光線の当った部分からまたビシャビシャと液体を撒きちらしながらも、
「ファーファーファーヘーハーホーホーゥ」
と、笑い声のような奇声を発しつつ、ノーザンクロスの方へ走ってくる。巨体なのに速い! ビュッと腕を振るうと光線が当った傷口から飛んだ液体が、ノーザンクロスのバリヤに当ってとまる。ジュウウウと音と煙を立てて弾かれる液体。どうやら酸のようなものらしい。
街の建造物がそれを浴びると、水をかけた陶芸の粘土のように溶けて、そこらじゅうドロドロになってしまった。
「どうすんのよこれ…思い出の場所がみんな汚されてしまう…」
パーコがアポロに振り返って訪ねると、
「大丈夫、準備はしてある」
と、いつもより遅いスピードで、サトゥーを誘導するように飛ぶ。
遊園地施設から出て空き地のようになった場所に来ると、走っていたサトゥーがふいにズボーッと穴に落ちた。底にはスポンジが敷き詰められている。
「…ドッキリ?」
パーコが半目になる。
「まあ仕上げをごろうじろ。」
ノーザンの嘴部分が開くと、いつもの光線ではなく、五重塔の先端のようなアンテナが突き出し、
ザザザザッ!
と雑音のような音とともにサトゥーに小さなカミナリのような光線が飛ぶ。
それを受けたサトゥーはビクンッとしたあと、再び間延びした笑い声のような音を発しながらもがきだした。そして体が徐々に液状化してくる。液状化した部分は、敷き詰められたスポンジに浸みてゆき、体がどんどん小さくなる。子供よりも小さくなったサトゥーは、赤ん坊のようになり、トカゲのようになり、カエル、魚と退化するように小さくなって卵のようになってぷちゅっと消えた。
「ムール星人は元々不定形生物で、亜空間通信のチャンネルX周波数の光波を浴びると形状を保てなくなる。液状化したらバルンガスを封入したスポンジで吸収してしまえばエネルギーを吸い取られて活動が停止する。そういう罠を仕掛けておいたんだよ」
解説を聞き終わったパーコは、おもむろにアポロの頬をつまんでひっぱった。
「ひてててて! なにすんだよっ」
「いや、こっちはほんとに本物かなって」
自主有給を終えて、やれやれ勝手に休んじまったし、予定も押しただろうからまたしばらくブラックな仕事が続くなーとげんなりしながらヤマモトの元に帰ると、見慣れない人影が立っている。パーコの方に振り向くと、真っ白な毛並みのケモジャー星人の女性だった。
「初めましてパーコさん。私、ヤマモトキヨシの社長秘書をしておりましたリリと申します。」
「あ、ああよろしく。って事はヤマモト、親父さん所に帰るのか? って、『しておりました』?」
「リリはうちの会社に来てもらった…つーか親父がよこしてくれたんだ。仕事が増えて手に負えなくなってきてんだろうと。まあ…親父にはお見通しなんだよな。」
頷いたリリが続ける。
「加えまして3台3チーム合計9台の星間トラック部隊も一緒に配備されました。
パーコさんの船にはかないませんが、補給なしの3台のリレーで、他社の倍の速度で荷物を運べます。パーコさんの負担を減らせると思いますし、これでヤマモトを見捨てないで頂けますか?」
そう言ってにっこり笑ったリリを見て、
(いつだって誰だって、親の愛には勝てねえよなあ)
と、パーコもまた両親に思いをはせるのだった。
なんといっても自分はあの未来人がクリーチャーの中で一番好きです。何度もリメイクで出てますが、眼球が平行に並んだ造形が出た時はちがうだろ‼ と叫んでしまいました。題名がめっちゃ苦しいダジャレになっているのはご容赦下さい。