第93話
最近、ちょっとうれしいことがあった。訓練の成果が段々と出てきたのだ。
三体“融合”は、安定して成功するようになったし、四体“融合”も、とりわけ力の強いムギとライを除けば、瞬間的には成功するようになった。
改めて、日々の積み重ねの大切さを思い知る。
『見事です、ヨウヘイ様』
横で見ていたムギが褒めてくれる。そのムギ自身も、日々の力の注入に呼応して、どんどん力が強くなっている。
「あなたの土の精霊、もう第五階位に至ってるわね。他も、確実に第四位階以上。すごいわね」
ミシズからは、そう太鼓判を押された。
隕石落下まで、残り4か月を切ったが、これなら少し希望が見えてきた気がする。
その一方で、厄介ごとも増えてきた。
「精霊喰いの増加?」
グラフ領主の使者として、久々にやってきたカランから、そんな話が舞い込んできた。
「うむ。年末の事件もあって、エルフの巡礼団の活動が低調でな。その影響で、越冬した精霊喰いが、例年より多いようなのだ。領内の村から、被害にあった旨の報告が多数上がってきている」
あー、そうか。エルフたちの巡礼団って、精霊喰いの対処が本業だったっけ。
猟友会が活動できなくなったせいで、野生の熊の被害が多発、みたいな話なのか。
まあ、エプト山のヤツや、レプティルの里のヤツみたいなのは放置してたから、元々杜撰だったのかもしれない。
「ついては、ヨーヘイに手伝ってもらいたいのだが……」
カランは言い淀む。見れば、横でミシズが怖い目をしていた。
「ヨーヘイには手が離せない用事があるから。ここは、私とルイが手伝うわ」
ルイが、あからさまに『俺も!?』みたいな顔をしている。
面白いのでそのまま放置しておきたかったが、そうもいかない。
「いや、俺も行くよ」
俺の返答に、ミシズが驚く。
「ヨーヘイ!」
「いや、いいんだよ。試しておきたいこともあるから」
カランに連れられて、ミシズとルイ、そして俺の三人で精霊喰いが出たと報告のあった近隣の村へ赴く。
「出現箇所は、村外れの山に続く森のあたりらしい」
雪原を踏み越えて、森の入り口付近に立つ。
「では、行くぞ」
「いや、ちょっと待って、カラン」
今まさに森に分け入ろうとするカランを、俺は止める。
「森の中に、村の人は入ってないんだよね?」
「ああ。精霊喰いが出たことを受けて、しばらく誰も立ち入っていないらしい」
「なら、試したいことがあるんだ。少しだけ、待ってくれないか?」
「……ふむ。いいだろう」
カランの同意を得たので、皆に下がってもらい、俺一人が前に出る。
特訓と、精霊達の強化の成果を、ここで確認する。
(まずは、クロマル。“憑依”、行くぞ)
『ふふん、任せて!』
心の中で合図すると、クロマルが俺に“憑依”する。
そのまま目を閉じて、意識を集中する。クロマルが感じている、不運や不幸を呼ぶものが、俺の脳裏に浮かぶ。その中で、俺達に危害を加える可能性があるものに、焦点を絞る。
……いた。
森の中程に、危険な気配を漂わせる何者かが。
俺は目を開ける。
今こうして目の前の木々を見るのと同時に、頭の中ではクロマルの知覚で危険な気配を認識している。 ようし、次の段階だ。
(ライ、ホノー、クロマル、“融合”だ)
俺の呼びかけを、三体が承諾する。
クロマルの気配が俺の内側から溶けるように交わり、ライとホノーはそれぞれ俺の半身に絡みつくようにして、皮膚からゆっくり浸透する。
三体での融合状態を維持できるのは、今はまだ10分ほど。だが、それだけあれば十分。
俺は、右手をかざす。両の掌を開き、目の前にかざす。まず、手の中で、ホノーの力で炎を沸き上がらせる。炎を渦巻かせ、鉄が溶け落ちるほど高温の、火球を作り出す。
更に、ライの力で磁場を生み出し、火球を圧縮していく。そして火球は、太陽のように眩しい指先程の光球に変わった。
さあ、仕上げだ。
“憑依”から“融合”に移行しても、クロマルの知覚は、相手を捕捉し続けている。距離は凡そ2kmってところか? 多分、いける。
俺は、手の中の光球を解放した。
光球から解き放たれた力の流れが、全長2km、表面温度5000度の熱線に変わる。灼熱の剣は、正確に目標を刺し貫いた。
直後、俺が腕を空に掲げると、熱線は空へと駆けあがり、消える。
熱線の照射時間は、僅か2秒。だが、その切っ先は、目標を開きに変えた。
熱線の軸線上、巻き込まれた伐採された木々があったようだ。遥か向こうから、木々の倒れる音が響く。
「ふう……」
俺は“融合”を解除し、カランに向き直る。
「とりあえず、精霊喰いは退治したと思うよ? 向こうの、木が倒れたあたり」
実際に、確かめにいくと、死体は無かったが、精霊石の欠片は確かに転がっていた。
珍しくカランが唖然とした顔だったのが、ちょっと気持ち良かった。




