第92話
新年が明けてから、一月が経った。
「残り5か月か……」
俺はため息をつく。
このひと月、俺は精霊複数体との“融合”の特訓に明け暮れていた。
毎日のように、霧の魔女の館に赴き、魔女の指導を受けながら“融合”の練習を繰り返している。
正直、特訓の成果は実感できない。ホノーやクロマルとの二体“融合”なら、それなりに成功しているが、ムギやライぐらいの強さになると、安定しない。三体“融合”なんて、夢のまた夢だ。
ただ、朗報もある。
飛来する隕石を探知する目途が立ったのだ。
『まあ、私の力をもってすればぁ? 多分、楽勝、だしぃ?』
そう言ってかなり調子にのっているのは、クロマルだ。
先日、クロマルが大雪が降るのを事前に予知してくれた時、この不幸を探知する能力を、レーダー代わりに使えるのでは、と思いついたのだ。
なにせ、生命が絶滅するほどの隕石の落下なんて、考えうる限り最大級の不幸だ。クロマルなら、その方角や位置が分かるはず。
ただ、現状ではクロマルに、そこまで精密に探知することはできない。
「精霊石の力を使って強化するのも手だがね。平素から、精霊達に力を送って、底上げするのが一番だね」
悩んでいると、魔女から、そんなアドバイスを受けた。
「力を送る? 血を与えればいいの?」
「そんなことせんでいい。精霊と契約した時点で、力の経路は通ってるはずだよ。それを意識し、力を流し込むんだ。あんたは既にやってるはずだよ」
言われてみると、最初の精霊喰いやバフロスとの戦いの時、あとは力を失ったオロチやムギを回復させた時に、そんな感触があったな。
「あんたが創造神の力を自由に使えないのは、あんた自身が、自分の出口に限界を決めているからさね。力を流し込むのを繰り返していれば、もっと大きい力を扱えるよういなるだろうよ」
そんなこんなで、最近は寝る前に、精霊たち全員に力を送り込むのが日課になっている。精霊達も、力を送られるのがうれしいらしく、喜々として受け入れてくれている。
ただ……
『ね! ね! 早く、いつものやろー!』
『ねぇー、早くぅー』
布団に入る直前、そんなお誘いをかけてくるようになったフーやクロマル。
何だか妙な気分になってしまうのは、秘密だ。
シュナ村自体は、平穏だ。エルフ達とのいざこざ以降、目立った変化はなし。この間の大雪のせいで、寺院の施設建設も春までお休み、静かなものだ。
とはいえ、忙しい人達もいる。
「……うう」
新年が明けたら帰る予定だったノンナは、いまだ村に残っている。そして、いつ果てるとも知れない、書状作成を続けている。
聞けば、テトが半年後の災厄の件について、洗いざらい話してしまったらしい。
「霧の魔女が関わっているとなれば、事実なんですね……」
ため息を吐きながら、今更知らないフリもできず、政治的な調整のため、各方面への書状作成に没頭している。
俺やジルが平穏に過ごせるよう、諸侯や王家がシュナ村に干渉しないよう、互いのパワーバランスに配慮した駆け引きを繰り返し、更には半年後の災厄の事実は伏せつつも、来る時に必要な人的資源や物資について、今から手配する……
雪が解けたら、各地を回って直接の交渉に赴くらしい。正直言って、頭が下がる。
「いやぁ、あの御仁は、昔っから仕事がお好きでなぁ。あれはあれで楽しんで居られるのですよ、はっはっは」
などとテトは笑うが、もう少しいたわるべきだと思うよ、俺。
ジルは、雪のせいでオロチのところに行けないのが若干不満のようだが、それでもおとなしくしている。最近は、アフラがほぼ家に常駐して、面倒をみてくれている。
「三姉妹になったみたいじゃのう」
グエル村長は嬉しそうだ。
そんな風にして、月日だけが過ぎていく。
世界の終わりまでのタイムリミットがあるのに、今出来ることが無い。
焦りだけが募る、冬の日々だ。




