第91話
「全ての精霊との“融合”?」
「エルフの女王と戦った時、お前さん、あの竜と土の精霊の二体と、“融合”していただろう?」
ああ、言われてみれば、そんなことをやったような……でも、あれって“憑依”じゃなかったの? いやぁ、無我夢中だったので、何がなにやら。
首を傾げて、全身でハテナマークをアピールしたら、そんな俺を見かねて、魔女はため息交じりに、“憑依”と”融合“の違いから、説明してくれた。
曰く、“憑依”とは人間という器に、精霊が一時的に入り込むもの、だそうだ。
「ただ、人間という器には限界があってね。あまりに高位の精霊を“憑依”させると、人間の方が耐えきれず、弾けてしまうのさ」
いきなり飛び込んできた新情報に、ぞっとする。わりと気軽に使っていたけど、そういうリスクのある物だったとは。
対して、“融合”は、人間の肉体自体に精霊を混じり合わせ、別物にするのだという。
「これなら、器がしっくりと精霊に馴染むからね。弾け飛ぶ心配はないさ」
「……いや、それって人間に戻れなくなるんじゃ?」
そんな俺の懸念を、あっさり肯定する魔女。
「そりゃそうだよ。“融合”ってのは、人間と精霊とを混ざり合わせて、新しい精霊を生み出すようなもんさ」
おいおい。
ってことは、エルフの女王と戦ったあの時、この魔女に頭小突かれなければ、俺が俺でなくなってたってこと!? 怖っ!
そして、そんなリスキーな行為を要求してきやがるよ、この婆さん!
「エルフの女王を見ただろ? 守り部の精霊と、必要な時だけ“融合”していた。短時間なら、任意に分離は可能だよ」
「……それって、長時間すぎると、戻れないってことじゃん!?」
やっぱりリスキーじゃないですかー、ヤダー!
『まあまあまあ! そう仰らずにヨウヘイ様!』
ムギが俺の右からずい、と身を寄せてくる。
『世界の危機、契約者自身の命の危機でもある! ならば、身を惜しむことなどあるまい!』
ミーズが左からずずいっと身を寄せてきた。
え、なんか、乗り気か?
「なんで、そんなノリノリなんだよ!? 俺と“融合”して、戻れなくなったら、お前らも大変だろ!?」
そう言うと、ムギは頬を赤らめながら目をそらす。
『いえいえ、私たちはその……ヨウヘイ様と身も心も御一緒になれるのでしたら……はい』
『うむ。聊か気恥ずかしさはあるが、それもまた良いものだ』
『フーも、“融合”したーい!』
『あー! 抜けがけずるいー!』
他の精霊たちもぴょんぴょん飛び跳ねている。どうやら、全員“融合”で戻れなくなるのもウェルカムらしい。
うーん、価値観が違い過ぎる。
いやまあ、世界のピンチで他に手段がないなら吝かではないのですが……
「……横からすまない。そも、そんな複数体との“融合”など、可能なのか?」
そんな疑問をミシズが呈すると、それにルイも呼応する。
「俺は見てなかったが、こいつが二体と“融合”したことでさえ、殆ど前例のない事態だ。それを、こいつが連れている六体……いや、レプティルの竜神を含めれば七体、それだけの数との“融合”例なんてないぞ? 本当に可能なのか?」
二人の疑問に、霧の魔女を鼻で笑う。
「可能に決まっているだろうが」
「根拠をお聞かせ願いたい、霧の魔女殿」
重ねて問いかけるテトに、含んで聞かせるように魔女は語る。
「……いいかい、こいつの力は、そもそもは神の力そのものさ。すべての命を、精霊たちを生み出し、そして殺してきた創造神。その力を振るうことで、精霊を育み、力を奪い、時に人の傷をいやす」
「ヨーヘイ殿は、創造神の権能を借り受けている……ということですかな?」
「その通りさ。すべての命と精霊たちを統べる創造神と、同じ権能を持っている。ならば、幾億千万の精霊の混ざり合うことなど、容易きこと」
俺の無意識のうちに、手を胸にあてていた。この俺にあるのは、創造神の力……
俺自身に力があるわけではなく、俺自身が創造神という巨大な力の、端末になっているようなものか。
考え込む俺を横目で見ながら、ルイが魔女に質問する。
「仮に、あいつに創造神の力があるとして……この大量の精霊石を使って、精霊七体と“融合”するなんて、なぜそんな面倒なことを? 創造神の力で、その大岩を砕けばいいだろう?」
「創造神の力が及ぶのはね、この大地に生きる存在だけさ。遥か彼方の星々には、神の威光は届かないのさ」
なるほど、あくまでこの天体の内側だけにしか及ばないのか。言われてみれば、この世界では、月や太陽に精霊は存在していないもんな。
……ん?
「そうすると、宙に上がって大地から離れすぎたら、精霊の力って弱まるんじゃ?」
「そうだね」
こともなげに肯定する魔女。
「まじかー!」
俺は頭を抱える。
つまり、宇宙空間で迎撃しないといけないが、この惑星から離れすぎると精霊の力が弱まる。
その最適位置を、どうやって知ればいいんだ?
問題がまた一つ増えちまった。




