第9話
森に入って2時間ほど経過しただろうか。倒木が朽ちて、開けた空間が広がっている。どうやら、ここが目的地のようだ。
「それじゃ、ワタシらは薬草の採集するから、男たちは見張ってな」
「へいへい」
採集組のリーダーらしきおばちゃんに、ハンスが軽く応じる。
「よし、それじゃ俺たちは四方に散って警戒だ。何かあれば、呼子で知らせろ。ヨーヘイは、ここで女子供を見ていてくれ」
そして、狩り組は解散していった。
ううむ、見ていろと言われても。仕方ない、そこらの岩に腰を下ろして様子見するかな。
『あ、ヨーヘイ。すわってないほうがいいかもー』
クロマルからの不意の警告。何?
「……あんた! そこで暇してるなら、こっちきて手伝いな!」
リーダーおばちゃんに首根っこをつかまれ、問答無用で採集を手伝う羽目になってしまった……
『だから言ったのにー』
クロマルが笑う気配。くそっ、これも不運か。言うのが遅いよ、クロマル!
エレナがくすくす笑いながら近づいてきた。
「ヨーヘイさん、薬草の見分けつかないでしょ? 教えてあげますよ」
「すまない、頼むよ」
エレナから見分け方を教わりながら、採集していく。その隣では、ジルが黙々と薬草を探している。俺たち以外の人達は、やや離れた位置でそれぞれの作業をしている。
……これまで機会がなかったけど、聞くとするなら、今か。
「あの、聞いていいことなのか、分からないんだけどさ」
「はい?」
手を動かしつつ、気持ち声を抑えてエレナに尋ねる。
「ジルが喋ったところや、笑ったところを、見たことないんだ」
エレナの手が止まった。
「……何か、あるのかなって」
このひと月、一緒に暮らしていて違和感があった。
ジルはしゃべらない。子供らしい笑い声もない。ただ黙々と言われたことを言われたようにやるばかり。時折、フーやクロマルの動きを目で追っていることがあるから、精霊たちを見ることが出来るようだ。
元の世界なら、発達障害とか、ASDとか、そんな扱いなのかもしれないが、そういうものとは少し違う気もする。
気になっていたこと、聞くなら今だと思った。
「……一昨年、お父さんとお母さんが王都に出稼ぎにいったんですよ」
エレナは再び手を動かし始めながら、どこか他人事みたいな口調でそんな話を始めた。
「まだ小さかったジルは一緒に連れていってもらえて、私はおじいちゃんと一緒に居残りでした。ふた月でかえってくるって話だったのに、皆は帰ってきませんでした」
ぽたり、と何かが落ちる。
気付けば、エレナの瞳から、涙がこぼれていた。
「心配したおじいちゃんが領主様に申し出て……さらにひと月後、ジルだけが領主様の使いに保護されて、村に帰ってきたんです。帰ってきたジルは、こんな風になってて……以前は普通に笑って、よくしゃべる子だったのに……」
必死に抑えようとするが、エレナの声は震える。
「……お父さん、お母さんは?」
エレナは首を振る。
「わかりません。王都を探したけどどこにもいなくて、ジルはみなしごと思われて、寺院で保護されてたって」
両親が行方不明……その時、何か嫌なものを、見て、それが原因で心を閉ざしてしまったのだろうか。
「……ごめん」
俺の謝罪に、エレナはただ力なく、首を振った。