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第86話

「……いい加減におし、この痴れ者め」

 そんな声と共に、頭を叩かれた。


 途端に、体が崩れて、俺は地面に投げ出される。

 ごろごろと数回転してようやく止まると、全身が痛い。

「あ痛つつ……」

 それでも動けないほどではない。何とか体を起こすと、怖い顔で俺を見下ろす老婆の姿があった。

「き、霧の魔女……?」

 呆然としている俺の頭に、魔女は手にした杖を振り下ろす。

「あ痛っ!」

「何をやらかしてるんだい、この馬鹿者!」

「い、いや、そうは言っても、こっちは振りかかる火の粉を払っただけで……」

 そう言いかけた途端、再度杖が振り下ろされた。

大変、痛い。

「やりすぎだって言ってるんだよ! 生き死にが掛かった戦いで、相手を殺すのは仕方ないさ。でもね、それで自分の精霊まで殺しかけるのは、違うだろ!」

 その言葉で、ようやく気付いた。

 俺の横で、ムギが最初に出会ったときのような、小さな姿になって倒れている。そして、同様にオロチも伏しているが、大きさが著しく縮んで、大きな牛程のサイズだ。

「これは……」

「あんたが、“融合”した際に、加減せずに力を奪っちまったんだよ」

 俺は、ムギの側に近づき声をかける。

「ムギ!」

『……ヨウヘイさま……』

 弱弱しかったが、ムギは応えてくれた。

「ごめん、俺……」

『あやまらないで……わたしも、オロチも、じぶんから、うけいれたのですから……』

 儚げに笑うムギに、俺は手をついて頭を下げることしかできない。

 ラムスと戦っていた時、完全にムギやオロチのことを忘れていた。自分ひとりで、力を振るうことに酔っていた。

 頭と、腹の底が冷え込むような、そんな後悔の念が襲う。

 すると、霧の魔女が俺の肩をぽんと叩いた。

「そんなに心配するものではないよ。ただ力を失っているだけだから、あんたがまた力を注いでやれば、すぐに元に戻るさ。だが、それよりも……」

 霧の魔女は、ついと杖を村の方へ指し示した。

「もっと大変なことが、あるよ」


 霧の魔女の先導で連れていかれたのは、最初にラムスと戦ったあたりだった。

「ヨーヘイ殿!」

 俺の姿を見て、テトが近づいてくる。

「良かった、無事だったのか!」

「いや、あの巨人が暴れ出した時には、難儀しましたが、拙僧たちは何とか無事ですな。だが……」 

「……だが?」

「……来てくだされ」

 テトが走った先には、見知った人達が集まっていた。

 カランにアフラ、ベル兄妹とミシズもいる。

 近寄って見ると、中心にいるのは、横たえられたルイだ。右胸と腹部に、氷の槍が突き刺さったままだ。

 殆ど蒼白になった顔色は、とても生きている人間には思えない。だが、微かな呼吸と、薄く開いた目の輝き、ルイはまだ生きていた。

「ルイさん、しっかりして、ルイさん……」

 エレナが泣きじゃくりながらルイの手をさすり、温めようとしている。

 傷口を確認していたベルが、横のカランにささやく。

「……槍が肺を貫いています。この槍を抜くと、おそらく出血が……」

「我らの手に負えるものではない、な」

 カランがポツリと言葉を漏らした。それは、きっとこの場に集まった人々の多くが、同じ思いなのだろう。

 俺は、エレナと反対の側に膝をつく。

「ルイ……」

 俺の呼びかけに、ルイが唇をわずかに動かして、笑ったような表情を作る。もう、声も出せないのか。

 先程、ラムスのことを図々しいと思った。だが、それは違った。

 親しい誰かが死ねば、どんな時だってどんな理由があっても、悲しいに決まっている。いつだって、親しい相手には、死んでほしくないのだ。


 涙が出そうになるのを堪える。俺がもっとうまくやっていれば、こんなことにはならなかったのに。

 この異世界が、ゲームのような回復呪文のある世界だったら良かったのに。


「助けたいなら、術はあるよ」

 不意に老婆の声が響いた。

「き、霧の魔女!?」

 今気づいたミシズが驚きの声を上げ、皆がそれぞれに、驚愕や訝し気な表情を浮かべる。

 それには反応せず、霧の魔女は俺に杖を突きつける。

「あんたには、その力がある。先ほどの戦いで強い力を取り込んで、箍が外れかけてるからね。今なら、出来ることがある。ただ……」

「ただ……なんです?」

 魔女は真剣な眼で俺を見た。

「もう、引き返せないよ。あんたの運命が、決定されてしまうよ?」

 その言葉の意味は分からないが、何か、重大な岐路にあるのは理解できる。

 だが……


 死にかけている友達を前にして、選択肢なんてあるわけない。

「何をすればいい?」

 霧の魔女は俺の目をしばらく見つめた後、こう告げた。

「バフロスにやったことの、逆をやってみな」


 俺は、ルイの傷口の上に手を置く。

 何をすればいいのか、正直分からない。バフロスの時の逆、と言われても……

 すると、霧の魔女がアドバイスをくれた。

「いいかい。あんたの奪う力はね、表裏一体だ。精霊に力を渡すこともできれば、精霊から力を奪うこともできる、ってね。そして、精霊と動物の狭間にある“精霊喰い”に力を送ったり奪うことが出来るなら、人間にだって出来るはずだろ?」

 その言葉で、ミシズが酷く困惑したような顔で俺を見る。

「それって、まさか……」


 だがまあ、何となく理解できた。要するに、俺が力を送って、精霊達にように、ルイを活性化させればいいんだろう?

 俺は目を閉じ、集中する。

 精霊達と違い、契約もしていない相手に、どうやって力を送ればよいのか。以前は分からなかったが、今ならそれが分かる。


 見えないが、感じる。

あたりにいる人々の気配と、その中にある命と呼ぶべき力を。

そして、今触れている命は、酷く弱って消えかけている。これがルイの命なら、ここに溢れそうな俺の力を注げばいい。

 力を、ゆっくりと染み渡らせ、なじませていく。先ほど、オロチを取り込んで改造した時の要領で、異物を排除し、足りないものを補い、損傷を修復する。

 これで、出来た。


 そう確信し、俺は目を開いた。

「へ?」

 だが、目の前に飛び込んできたのは、ルイの姿ではなかった。


 いつか見たあの部屋だ。窓も明かりも無いのになぜか明るい、あの真っ白な部屋で、俺はパイプ椅子に座っている。

 目の前には、テレビ。だが、今は何も映っていない。


「ようやく、同期したみたいだね」

 背後から、そんな声がして、思わずびくりとしてしまう。


 振り返ると、そこには赤髪の女性がいた。

はっきりとは分からないが、20代くらいか? 整ってはいるけれど、どこか疲れたような、陰のある顔立ちだった。そして、なぜか見覚えがある。

 いつかの、夢の記憶が、脳裏にちらつく。

「えっと……どちら様? 前に会ったこと、ある、よね?」

「そうだね。この姿で、今の君とちゃんと挨拶をするのは、初めてだ。改めまして、こんにちは、音羽洋平君」

 そう言って女は、俺に手を差し出す。俺は、座ったままその手を握る。すると、女はにっこりと笑った。その顔が、あのニコニコマークのイメージと重なる。


「私が、創造神だよ」

 女は、俺にそう告げた。

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