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第83話

 向かってくる俺に気づき、ラムスはその場で歩みを止めた。


「あなたが、異世界から参られた方ですね」

 目の前に来た俺に、女王ラムスはそう言った。問い、というより確認だろう。だから、俺も応じず、逆に質問する。

「念のため、聞いておくけどさ、女王様。本当の所、俺を捕まえて、そのあとどうする気なの?」

 ラムスは笑う。

「供儀の子牛が、自らの行く末を知ったところで、どうなるというのです? ご安心を、血の一滴たりとも、無駄にはしませんよ」


 ……ああ、そうかい。何となく予想はしていたけど、おっかない話だ。

おっかないから、やっぱり力ずくで解決するしかないな。


(ムギ!)

 心の中で合図を出すと、ラムスの足元から2体の石人形が立ち上がり、押さえつけにかかる。

(ライ!)

 同時に、俺はライへと呼びかけ、 “憑依”状態に移行する。


 この場で、女王を倒すなり無力化できれば、再度拮抗を生むことが出来る。うまく人質にして、交渉材料にしても良い。

 俺が負けたとしても、異世界人が独断で暴走した、ってあたりでテトかノンナが納めてくれるだろう。

 俺は、石人形に拘束されたラムスに、怒りを込めた拳を叩きつけた。

ライが“憑依”して身体機能が上昇した状態で、更に高電圧を付加したパンチが、ラムスの腹部に突き刺さる。同時にバチンと電撃の弾ける音が響いた。

 この一撃でなら、例えエルフであろうと、昏倒させられる、はず

「!?」

 だが、俺の予想に反して、ラムスの体がどろりと溶けて崩れた。そのままゲル状から液状に変化し、大地の染みとなって消える。


 まさか、水で作った分身!? いつの間に入れ替わった!?

 まさか、最初から実体じゃなかったのか……?


『それなりの力を持っているようですね』

 周囲から、ラムスの声がする。見れば、いつの間にか複数のラムス達が俺を取り囲んでいた。

 こいつらも、きっと分身だ。本体はどこだ!?

(クロマル、本物はどこだ!?)

『分かんないよぅ! あたり一面から、怖い気配が一杯なんだから!』

 クロマルが怯えて半泣きの声を出す。

 なら、片っ端から分身を潰して、本物をあぶりだしてやる!

 足元に転がっていた小石を数個掴んで、横薙ぎに放り投げる。

(フー!)

『うん!』

 フーの力で加速された小石が弾丸となって数体のラムスを撃ち貫く。同時に、俺は背後に迫った別のラムスを殴り飛ばし、またもう一体を蹴りつける。

 攻撃を受けたラムス達は、どれも水となって溶けて消える。やはり分身だ。では、本体は一体どこに。

 周囲を見渡すが、それらしい姿はない。ただ、視界の隅でテトや従者たちが、ノンナを回収しているのが見えた。

『では、そろそろこちらから、参りましょう』

 数体の新たな分身ラムスが出現し、全員が右手を俺にかざす。その手が槍のように尖り、射出された。

『ヨウヘイ様!』

 ムギが呼び出した石人形たちが盾となる。だが、次々と放たれる槍は弾丸並みの速度と威力で、石人形たちを砕き削っていく。

 よく見れば、石人形たちに突き刺さっているのは、氷の槍だ。

(分身体の体を構成する水を、凍結させて射出している……!?)


水と氷、それにおそらくは風。複数の精霊の力を複合させているのか。

 分身たちは次々に現れ、一方向からだった攻撃が、四方から放たれる。全周警戒する石人形たちは、槍に砕かれては再生され、そしてまた砕かれる。

『くう……』

 ムギの顔に苦悶の表情が浮かぶ。流石にホームであるシュナ村とはいえ、これだけの数の石人形を、常時維持するのはつらいようだ。

 なら、一気に分身たちを吹き飛ばすしかない。

(ホノー! ライと交代だ!)

『おう!』

 俺に“憑依”していたライが抜け出し、代わりにホノーに入ってくる。

「ぐ……」

 熱い力が体を満たすのと同時に、こめかみのあたりに、鈍い痛みが走った。

“憑依”の対象のスイッチは、以前から練習しているが、どうにも体への負荷が大きい。

「……おりゃぁ!」

 ホノーとリンクし、全身から超高温の炎熱を放つ。俺を中心に円周状に炎が走り、周囲の分身体を一瞬で焼き尽くした。

 全方位の無差別攻撃。俺を守っていた石人形たちも、黒く焼け焦げて崩れ去る。

「……はぁ、はぁ……」

 息を整えながら、周囲を探る。分身体が追加で出てくる様子はない。

 本体ごと倒した? いや、そんな甘い相手じゃないだろう。本体は、どこに……

 その時、あたりを赤く染めていた夕日が、陰った。

 俺が咄嗟に空を仰ぐと、先程かき消えた巨影が、再び浮かんでいた。その頭部、二つの目が俺を睨みつける。そして、その頭上に立つ人影。

 ラムスだ。


「まさか、最初からあそこに……」

 俺の独り言をよそに、巨鳥が降下を開始する。圧倒的な質量が迫ってきて、本能的な危機感を覚えるが、どこに逃げればいい?


『オトワ・ヨーヘイ!』

 オロチが飛来し、俺を守るように立ちはだかった。そして、顎を開き、降下する巨鳥に向ける。

 次の瞬間、オロチの喉奥から白熱光が迸り、一条の線となって巨鳥に突き刺さる。


 目も眩む光の中でも、強化された視覚で俺は見た。

 あの“精霊喰い”を焼き尽くした光をものともせず、巨大な影がかぎ爪を広げて舞い降りるのを。

 禍々しいかぎ爪が振り下ろされ、大地を揺るがす衝撃が走った。


 俺は、大量の土砂と共に木の葉のように吹き飛ばされる。何とか受け身をとって立ち上がるが、視界が土煙で見えない。

(フー!)

 風を起こして、煙を飛ばすと、巨鳥のかぎ爪の下、ねじ伏せられたオロチの姿が見えた。


「大した力です。以前から、この竜のことは存じていました。当時は第四から第五へ至る階の途上でしたが、今は第五……いえ、既に第六位階に足を踏み入れているでしょう」

 見上げると、俺を睨む巨鳥の頭上で、ラムスが見下ろしている。

「あなたには、それだけの力がある。その力があれば、私たちが更なる高みに至ることが出来るでしょう。まさに、神からの恩寵です」


 俺は立ち上がりながら毒づく。

「……この世界と精霊のためだの言っておいて、結局は自分たちで利用する気じゃないか」

 ラムスは、当然のように言い放った。

「私は、三千年にわたり、この世界と精霊たちを守り続けてきました。私こそが、世界です」

「……この、傲慢ババアが!」

 

 俺は、大地を蹴って走る。なんとかあの巨鳥の頭部に駆け上ってやる。そして、あの女王の能面顔を、一発殴ってやらねば、気が済まない。

「無駄なことを」

 ラムスが、ただ指を振った。ただそれだけなのに、俺は横合いから殴りつけられたような衝撃を受けて転がる。

 ラムスが、次々と指を動かす。そのたびに、俺は衝撃に打ちのめされる。

 フーのように物体の加速を制御する力を、直接打撃に転用しているのか? 打たれるたび、肉と骨が軋む。くそ、まるで自分がサンドバックになった気がする。

 

 ラムスの動きが止まると、同時に打撃の嵐も止んだ。俺は朦朧となりながら、その場で膝をつく。

「戦う気は、無くなりましたか、異邦人」

 ……くそくらえ。

 そう言ってやりたいが、朦朧とした状態で、まともに口を開くことも無理だ。俺はただ、睨むことしかできない。


「……待って、待ってください!」

 その時、俺の前に走り出てくる小さな影があった。

「お願いします、女王さま。もうやめて下さい。どうか、これ以上は……」

 エレナが、女王に向かって手と膝をつき、頭を垂れていた。

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