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第82話

 村全体が、騒然となり始めた。

 いきなり頭上にあんなものが現れたのだから、当然といえば当然か。

 だが、それだけではない。

「報告! エルフの巡礼団陣地から、隊列が進行してきます!」

 静かだったエルフの巡礼団たちも、一斉に動き出していた。あの巨鳥に促されたのか、あるいは事前に決まっていた作戦通りなのか。いずれにせよ、前回撤退したのと同じ位置にまで進んできた。


 混乱が広がる中で、領主のグラフが、兵士たちに檄を飛ばす声が響きわたる。

「狼狽えるな! 総員持ち場を守り、警戒態勢を維持しろ!」

 兵士たちは武器を構えるが、彼らの視線は、頭上の巨大な影と、彼方のエルフの軍勢との間で、惑っているようだ。


「アフラ、エレナとジルを連れて、家の中へ入っていて」

 俺の言葉に、アフラがこくりと頷き、二人を脇に抱えて走り出す。

「ヨーヘイお兄さん!」

 エレナの声が背中から響くが、振りむかず、俺は走り出す。


(オロチ!)

『心得た、オトワ・ヨーヘイ』

 俺の思いに反応して、オロチも動き出す。


 向かう先は、村の入り口だ。

 そこに辿り着くと、ルイ、カラン、テト、ノンナ……皆が集まり、頭上を見つめていた。


「女王陛下が、御自ら乗り込んでこられるとはのう」

 空の威容を見上げながら、テトが感嘆する隣で、ルイは呆然とした表情のまま固まっている。

「なんだ、あの鳥……まさか、エルフの女王の……」


 そんな中で、ノンナが一人歩み出ると、その場で朗々と声を上げた。

「ラムス=ヴィゾフニル陛下に申し上げます! 私はノンナ=ハダニ! 創造神に仕えし徒弟の一端、第六精霊廟を預かる司祭なり! 人とエルフの間にて、融和と平穏を結ぶために参りました! なにとぞ、対話の御許しを!」

 小さな体のどこから出ているのか、溢れた大音声は響き渡る。

 エルフ達にも、その声は響いたようだ。

 頭上の巨影が、段々と薄れ、霞むように消えていく。その代わりに、空からゆっくりと振り立つ人影が一つ。

 ふわりと、大地に降り立ったのは、豪奢なドレスに身を包んだ美女。 


 あれが、エルフの女王、ラムス……

 綺麗な人だ。だが、その表情に、どこか能面のような不気味さを感じてしまうのは何故だろう。


「融和と平穏のため、対話の求めに応じましょう、司祭ノンナ」

 女王は眉一つ動かさず、ノンナを見つめる。

「御厚情に感謝いたします、陛下」

ノンナは深々と頭を垂れたあと、顔を上げると、手を打ち鳴らした。

「書状をこれに」

 ノンナの補佐役が、さっと走り出て、ノンナに巻かれた書状を手渡す。

 それを携えて、ノンナはゆっくりと歩み出る。

「これなるは、此度の件に関する、寺院の提案をまとめたものです。人とエルフの争いを治めるためにも、双方が譲歩と寛容を示すことを望みます」


 ノンナは、女王の目前で膝をつくと、その書状を恭しく差し出た。

 だが、ラムスはそれを受け取らず、先程同様眉一つ動かさず、告げる。

「司祭ノンナ。私は、如何なる提案も拒絶します」


 ノンナは差し出した書状を戻すと、立ち上がって真正面からラムスを見つめた。不敬とも思えるその振る舞いにも、ラムスは何も反応しない。

「……彼の精霊使い。ヨーヘイ殿は、創造神が遣わした方。彼の娘ジルもまた、創造神の御意志の下にある方。創造神の御意志を知る由も無い以上、人も、エルフも、何者も触れるべきではありません」

 ノンナの訴えに、ようやく表情が動いた。口の端をゆがませるような、嘲笑の表情だった。

「手酷い勘違いをしていますね、司祭ノンナ」

「勘違い……?」

「かの精霊使いは、確かに創造神がこの世界に招いた者。ですが、その意志は明白でしょう」

 ラムスはノンナから視線を外し、こちらを見た。その赤みがかった瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。

 

「……明白、とは、どういうことでしょうか、陛下?」

「精霊を強化し、位階の垣根さえも容易く超越させる……そんな力は、来るべき日のため、精霊達を育むために、活用されるべきもの。神が、この世界と精霊たちのために遣わした、御饌です」

 そして、ラムスは、こちらへ向かって歩き出す。

「故にこそ、その力は私が収用します。人の争いや営みなどで、使い潰されることがあってはなりませんから」

 ノンナが走り寄り、ラムスの目の前で手を広げた。

「お待ちを! 女王自身が、そのような振る舞いをなされば、人のエルフの間の戦となりましょう! どうか、融和と平穏のため、お考え直しを!」

 だが、ラムスは止まらない。

「融和と平穏を捨てても、進まねばならない時もあります。私は、戦をなしてでも、かの力を手に入れねばならないのです」

 そう言いながら、ラムスがそっとノンナの頬に触れたように見えた。次の瞬間、ノンナは糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。

 その一瞬、俺はライと同じ気配を、ラムスの内側から感じた。

「雷の精霊……」

その間も、ラムスの目はずっと俺に向けられている。ぞっとするような、冷たい目だ。


 ルイが、吐き捨てるようにつぶやく。

「奴ら、交渉する気なんか、はじめから無かったんじゃねえか!」

 テトもひどく真面目な顔をして唸る。

「そうだな。ちと、まずったな……」

「完全に読み違えておった。本気で戦を辞さぬとは……」

 剣と盾を構えたカランの

「竜神のおかげで、エルフの巡礼団に拮抗できていたが、女王が現れた以上、向こうが有利か」

 ラムスは一歩一歩こちらに向かってくる。


 俺は動けなかった。いや、正しくは動かずにじっと考えて……そして腹を立てていた。


 思い返せば、あのニコニコマークに連れてこられて、難儀な日々だった。

それが多少は落ち着いてきて、後は生活環境を改善しながら、ただ平穏に過ごしたいだけなのに、何で当人の意志を無視して、俺を巡っての戦争なんぞ起こそうとしてるのか、あのエルフの女王は。

 しかも、人のことを“収用する”だのなんだの、人権無視も甚だしい。いや、多分この世界に人権って概念ないっぽいけど。


 そんな怒りと現状への不満が頭の中をぐるぐると回ってるうちに、腹が決まった。


「……ちょっと、行ってくる」

 俺は、他の皆が制止する前に、前に出て、エルフの女王に向かって歩き出した。

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