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第81話

 一連の話を終えると、ノンナが口を開いた。

「しかし、そうすると、今回の一件は、巡礼団の上層部の暴走などではなく、エルフの女王の意志に基づく行動ということですか……厄介ですね」

「厄介とは……具体的には、どのように?」

「エルフの女王は、執念深い御方です。一度執着したことについて、容易く諦めることは、ないと聞きます。今回の件も、どこまで譲歩を勝ち取れるか……」

 俺の問いに応じるノンナの表情は、硬い。

「交渉も、想定より長引くかも知れません。長期間になっても対応できるよう、王家や本山に、追加支援を要請しておきましょう」

 これからの嵐を予感させる、そんな不穏な言葉だった。


ところが、そんな予感もどこへやら。それから暫くは、慌ただしかった動きは落ち着き、穏やかな日々が続いた。

エルフの陣地に全く動きは無く、時折見張りの兵隊がこちらの様子を伺っているだけで、精霊による偵察やちょっかいもなし。まあ、目の前でオロチが見張っている状態では、無茶なこともできないのだろう。


「エルフから、返答はありましたか?」

「いいえ。先日も、使いを伺わせましたが、音沙汰なし。『申し出を、検討中である』ですって」

 事態が小康状態で、ノンナもやや暇を持て余しているようだ。


 村のみんなも、一時の緊張がゆるんで、日常を取り戻し始めている。

俺もやることが無いので、今日は村のみんなと一緒に、新年を迎えるための飾り作りを手伝っていた。

「そうそう、うまいもんだ!」

 グエル村長に教わりながら、麦藁を縒って縄を作る。そして、それらをいくつも束ねて、巨大な人形を作り上げていく。

 手空きの“白い鼻”たちも、手伝ってくれたおかげで、あっという間に巨大な藁人形が完成した。

「後は、こいつを、村の入り口に立てれば完成だな」

 ハンスが、腕組みしながら満足げに藁人形を見上げる。

「いい出来栄えだと思います」

 その横で、“白い鼻”も同じく腕組みして満足げだ。 折角なので俺も腕組みして見上げてみたが、ふと疑問が沸いた。

「ところで、これって何なの?」

「ん? そりゃもちろん、この村の畑をお守り下さっておられる、土の精霊様だよ。かっこいいよな!」

「……」

 うーん、野良仕事を手伝わせている石人形に、似てるっちゃ似てるし、あながち間違いでもないか……

 そう思いつつ、横で浮いているムギを横目で見てみると、涙目のふくれっ面で、ぷるぷると震えていた。そして、他の精霊たちは、笑いを堪えるのに必死だった。 

 ……まあ、ここは作ってくれた村人に敬意を表し、ムギには我慢をしてもらおう。来年は、美しい女神像にしてもらえるよう頼んでみるから……


 それから、みんなで担ぎ上げて、村の入り口まで運ぶと、柱に括りつけた。ぱっと見、寺院の仁王像みたいで、シュナ村を守る守護神のようだ。

「まあ、シュナ村の守護神っていうなら、今はあの竜神様だけどな」

 そう言って、ハンスは村の外で寝そべるオロチを指し示す。

「ええ。なにせ、我々の祖霊ですので」

 自慢げに、“白い鼻”が胸を張る。


 そのまま藁人形の微調整と飾り付けを続けるみんなと別れて、俺はオロチの方へと向かう。よく見ると、その足元には数人の人影があった。

「あ、ヨーヘイお兄さん!」

 近づくと、それはエレナとジル、そしてアフラの三人だ。


「何してるんだ、こんなところで?」

 エレナは少し困ったような笑顔で、横にいるジルを見る。

 ジルは、べったりとオロチの肌に抱き着いている。

「……いや、何してるの?」

「ジル、こうして竜神様のお側にいると、落ち着くみたいなんです」

 確かに、ジルの口元は満足げに緩んでいる。


 いや、オロチ的にこれってどうなんだろう?

(迷惑なら、やめさせるけど?)

 俺が心の中で問いかけると、オロチは笑いの含んだ声で返答してきた。

『構わぬ。私も、どうしてか、この幼子の側は心地よいと感じている』

 まあ、オロチ本人がいいなら、いいか。

 考えてみれば、エルフの捕獲対象として、シュナ村の中で1、2を争うVIPとなったジルだ。ほぼ常時アフラが警護についているが、オロチの側ほど安全な場所も無いか。


 ジルを見ながら、エレナがぽつりと呟いた。

「これから、どうなっちゃんでしょうか……」

 視線はジルに注がれながらも、どこか遠くをみているような雰囲気だった。

「もしも、戦争になったら……ジルとヨーヘイお兄さんが、どこかへ連れていかれてしまったら……」

 俺は、エレナの両肩を押さえるようにぽんと叩く。

 びくり、と反応して、エレナが俺を見た。

「大丈夫だって。竜神様もいる、領主様やカランたち、寺院の人たちもいる」

 精一杯安心させるため、俺は、俺の出来る最高の笑顔を作る。

「前回も、俺は……俺たちは、ジルを守ったんだ。今度も、必ず守るよ」

 正直、恥ずかしいセリフを言っている気がする。顔が赤くなっているのが、自分でもわかる。

 それでも、エレナが微笑んでくれるなら、それでいいと思った。


 ふと、何か異様な気配を感じた気がした。


 見れば、オロチも何かを警戒するように首を持ち上げている。

『何かが、来るぞ、オトワ・ヨーヘイ』

 咄嗟にクロマルに確認すると、クロマルが自分の肩を抱きしめるように震えいてた。

『凄い速度で、怖い精霊がやってくる……!』

 怖い精霊……?


 クロマルの見つめる方向を見る。

 既に日は暮れて、紫紺に染まる空の向こうに、何かが浮かんでいた。

 最初はただの鳥だと思った。だが、次第に近づいてくると、それが尋常のサイズでないことに気づく。

羽ばたくことなく、空を舞う、巨大な鳥のような姿をした何か。気が付けば、巨大な翼が落陽の光を遮り、村全体を陰に包んでいる。

 そして、その空の威容から、降り注ぐように声が響いた。


『ご機嫌よう、人間の皆さま。私は、ラムス=ヴィゾフニル。エルフの女王として、皆さま方に、御饌の引き渡しを求めに参りました』


 それが、エルフの女王・ラムスの声だった。

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