第8話
シュナ村の朝は早い。
夜が明けきらないうちから、水汲みや家禽の世話が始まる。
『おはようございます、ヨウヘイ様』
俺の場合、毎朝ムギが起こしてくれるので、寝坊の心配はない。ちなみに、今はまだ村長の家で寝泊まりさせてもらい、村長の家の仕事を主に手伝っている。
日の出を迎えた頃、固いパンとミルクといった簡素な朝食をとり、夕方まで野良仕事や、森での採集仕事。途中、お茶や簡素なおやつめいた食事はあるが、あとは日暮れ時に夕食を食べる、一日2回の食事。
夜は、明かりとりのろうそくや油が高価なので、早々に寝るだけ。
そんな生活を始めて、二週間ほど。向こうの生活から考えると、文化的水準が著しく下がったなあ……俺の精神安定のためにも、いろいろと改善する必要を感じる。
さて、その日の仕事は、森に行くことになった。
集合場所では、10名程度の人間が集まっている。
「ヨーヘイ、こっちだ!」
あたりを見回していると、村一番の狩り名人・ハンスが俺に声をかけてきた。
「お前は、俺たち狩り組みだ。まずは、女子供の薬草摘み組と一緒に、森の奥まで行く」
弓矢を携えた大人の男は、俺を含めて5人。残り7人は、エレナとジル、それに隣家の奥さん、おばあちゃん方の女性陣だった。
「森の奥って、俺まだいったことないですけど、危ないって話じゃ?」
「ああ。狼なんかがたまに出る。女子供だけで奥地での薬草摘みは危ないから、俺たちは念のための、護衛だ」
「なるほど」
「ま、そもそも、この人数で騒ぎながら行動したら動物たちは逃げていく。狩りにはならねえよ。ただの、お守りさ」
狩人組の男たちは気楽に笑う。
あ、なんかフラグっぽいな、これ。
(クロマル、なにか不運の気配がしたら、すぐに教えてくれ)
『ヨーヘイ、せいれいづかい、あらーい』
文句を言うクロマル。などと、口で言いつつ、こいつはちゃんと仕事をしてくれるのだ。
不運の精霊というだけあって、人が不運と感じるような事態に敏感だ。急に降る夕立、足もとのぬかるみ、不意な食器の落下、そうした事態を事前に察知できる。
いや、なし崩しで契約したが、すごい便利だぞこいつ。
そして、皆で連れ立って森へと分け入る。
女性陣を、狩人組が前後で挟むように、列を組んで進んでいく。俺は、前方でハンスたちと並び、草をかき分ける。
「……最近は森の様子がおかしくてな。鹿や猪が、ずいぶん減ってる」
ハンスとそんな話をしていると、後ろを歩いていたおばちゃんも声をかけてきた。
「取り過ぎたせいもあるのかねぇ、薬草の群生地も減ってきているよ。以前なら、森の入り口あたりでたくさん見かけたのに、最近じゃぁ奥に行かないと、手に入らないんだ」
「へぇ……それって、いつ頃から?」
「そうさねぇ……3年くらい前から、かねぇ」
3年……精霊たちの話と符合する。
“精霊喰い”。
『“精霊喰い”とは、名の通り精霊を喰う存在です。かつては、ただの生き物だった存在が、ある時、精霊を喰らうことで力を得るようになり、付近の精霊を喰らい続け、際限なく成長していくのです』
ある時、ムギに尋ねると、そんな説明を受けた。
創造神が警告した、おそらくは村の異変の元凶。正体は不明だが、そいつが森の向こう側にある山にひそんでいる。
正体が分からない以上、どうやって倒していいのかも分からない。
「“戦う力”か……」
日々暮らすのに精いっぱいだけど、そのことも考えないといけないなぁ。