第73話
「おう、帰ってきたか」
共同浴場から比較的近くにある礼拝所まで、アフラを送っていくと、テトが待ち構えていた。
「こんにちは、司祭様」
「おう、エレナ嬢ちゃんにジル嬢ちゃん。二人に、精霊神の御恵みがありますように」
テトは、自然に指先で印を切り、流れるように精霊神への祈りを文句を捧げる。うーん、本当にこの人、司祭なんだ。
「っと、ちょうど良かった。拙僧がヨーヘイ殿に用事があってな。ちょいと借りるぞ嬢ちゃんたち。アフラは、二人を家まで送ってやってくれ」
こくりと頷き、アフラは二人を連れて家の方へ向かっていった。
取り残された俺は、テトに向かい合う。
「用事って?」
「外は寒い。中で話すとしよう」
礼拝所に入って、信徒用の椅子に座ると、テトは奥から何か袋を持って出てきた。
「さて、まずはこいつ……ほれ」
渡された袋を開くと、かなりの枚数の金貨が入っている。
「預かった精霊石の売却益、お主の取り分だ。改めていただきたい」
レプティルたちから報酬として受け取った、あの大量の精霊石。実際問題、換金手段がなくて途方にくれていたところ、テトの伝手で取り扱っている商人を紹介してくれたのだ。
ルイを巻き込んだ交渉の末、報酬で受け取った精霊石の五分の一をテトに預けたのだ。勿論、そこで発生した売却益のいくらかをテトの取り分とすることを条件にして。
俺は、袋の中の金貨を数える。ひー、ふー、みー……
おお、凄い! 事前にルイと相談して決めておいた最低希望額を、大幅に上回っている!
「いやあ、質の良い石ばかりで、商人も感謝しておった。お互い良い取引が出来てなによりじゃわい」
ほくほく顔のテト。この様子だと、テトの懐も相当潤ったみたいだな……
まあ、そこを詮索してもしょうがない。素直にWin-Winの取引だったことを喜ぼう。
「で、もう一つ話があってな……」
テトが真面目な顔をずいと近づけてきた。俺は、思わずのけぞる。
「あのジル嬢ちゃん、精霊との親和性が強いようじゃな? そのせいで、何やら攫われたそうじゃが」
「あ、はい……」
さすがにバフロスの件は伏せられているが、ジルが攫われた一件は、村のみんなが知っている。おそらく、誰かから聞いたのだろう。
「親和性の高い子供は、精霊に交わり、長じれば良き精霊使いともなる。だが、 その身に宿す力故に、悪しき精霊や“精霊喰い”の餌食ともなりやすい……アフラのように」
急にアフラの話が出て来て面食らう。
「アフラは、拙僧の姪だ。幼い頃より、精霊と親和性の強かったが、ある時、タチの悪い精霊にかどわかされて、な。三年の月日を経て、取り返した時には、あのように言葉を発することが出来なくなっておった。心が、精霊に寄り添い過ぎたのであろうよ。今は拙僧が引き取り、面倒を見ておる」
成程、精霊使いのようだけれど、まったく喋らないアフラにそんな背景があったとは。
「ジルを見ていると、精霊から取り返した頃のアフラを思い出す。精霊に近づきすぎて、人の輪から外れかけた者を、悪しき精霊や“精霊喰い”たちは、狙ってくるもの」
そこまで話すと、テトは俺の目をじっと見つめてきた。
「おそらくは、あの子は災いを招くことになる。災いから、あの子とこの村を守るには、ヨウヘイ殿にも、相応の覚悟が必要となるだろう」
「覚悟……」
テトは、なぜか少し辛そうな顔で、更に言葉を続ける。
「……ジルを、寺院に預けるという手もある」
「え?」
「寺院には、親和性の高い子らを集めて養育する施設があってな。アフラも、一時期そこで暮らしておった。あそこならば、精霊や“精霊喰い”への備えもある。ただ同時に、籠の中の鳥として生きるのを、強いることでもある」
テトは俺の目をじっと見つめて、俺の答えを待っている。
でも、いきなりそんなことを聞かれて、どうしていいやら。
「……ジルをどうするのかは、エレナや村長達が決めることで、俺には関係ないです」
そう、冷たいかもしれないが、赤の他人の俺が口を挟むことじゃない。家族で決めるべきことだろう。
でも……
ジルが攫われた直後、泣きじゃくっていたエレナの姿を見たときの気持ちが蘇ってくる。
「……二人が、ジルにこの村にいて欲しいと望むなら、俺は俺に出来る限りのことをしますよ」
俺の力を使えば、ムギたちの力を借りれば、何度だって、ジルを守ることは出来るはず。
ならば、何度だって繰り返してやればいい。そのうち、もっと強力な防御手段が見つかるかもしれないし。
俺の言葉に、テトはただ穏やかに微笑んだ。
「そうか……覚悟があるならば、拙僧がこれ以上言うべきことではないな」
それで話は終わった。
礼拝所からの帰り道、先程の会話を思い出す。
テトがアフラを引き取ったのは、その施設にいて欲しくなかったのではないか。その施設で安全に過ごすよりも、外の世界で生きて欲しいと願ったからではないのだろうか。
その判断が正しかったのかどうか、今でも分からないから、俺に同じ問いをしてきたのかもしれない。
「意地悪だなあ、あのおっさん……」
俺は少し笑いつつ、そんな独り言を漏らした。




