表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/103

第72話

 短い秋はあっという間に過ぎて、シュナ村にも冬の気配が近づいてきた。


 今にも雪が降りそうな灰色の空を見上げながら、俺は傍らに浮かぶムギに話しかける。

「随分寒くなってきたけど、冬って、土の精霊的には、どうなの?」

『そうですね……大地が雪で覆われて、固く凍てついてしまうと、いくらか弱まります。以前の、力が弱まっていた頃ならば、雪解けの時期まで眠り続けていることも、御座いました』

 ほう、精霊も冬眠するのか。

 穴倉で丸くなり、身を寄せ合って眠るムギたちの姿を想像して、少し笑ってしまう。

『……何か失礼なことを考えておられません、ヨウヘイ様?』

 ……イエ、別ニ?


 ムギの追求をごまかすように、俺は歩く速度を速める。


 レプティルたちの集落から帰ってはやひと月。ルイも帰ってしまって、久々に平穏な村の日常だ。今日、俺が向かっているのは、町はずれの小屋だ。

 ただ、以前そこにあった元馬小屋の物置はもうない。代わりに、以前よりも広く、しっかりとした造りの小屋が立っている。

「おお、ようやくきたね! ヨーヘイ、早く頼むよ!」

 小屋の前では、数人の村の女性陣が、並んでいる。先頭の婆さんが、待ちかねた様子で声を上げる。

「あー、はいはい。準備するから、ちょっと待ってねー」

 俺は小屋の鍵を開ける。

 中に入ると、まず目に入るのは脱衣するためのスペース、そしてその奥の大部屋には、数人が同時に入れる巨大な浴槽。そう、ここは風呂場だ。

 バフロスの騒動後に、ようやく膠灰が届いたので、村のみんなの助けも借りて試行錯誤した結果、ついに念願だった大浴場が完成したのだ。

 折角だからと、村の人たちに試してもらったところ、これが思いのほかに好評で、定期的に入りたいという皆の強い要望があった。そこで、この小屋は村の公衆浴場として正式に認可されて、村人たちに開放することになったのだ。

 とはいえ、給水と湯沸かしは精霊の力に頼らなければならないので、俺がこうして運営・管理することになっている。

(それじゃあ、ミーズと、ホノー。いつも通り、頼んだ!)

『承知した』

『任せとけ!』

 ミーズが浴槽を水で満たし、ホノーが手際よく温度を適温に持っていく。何度か繰り返したおかげで、ホノーの火加減も、今ではばっちりだ。


「はい、準備できたよー」

 俺が外に出て、そう告げると、並んでいたみんなは嬉しそうに中へと入っていく。

ちなみに、今日は女湯の日。なので、俺は浴場の隣に立てられた別の小屋の中で待機して、要望があれば火加減を調整するのだ。

「あ、お兄さん……」

 よく見たら、エレナもジルを連れて来ていた。隣には、アフラも並んでいる。

「今日は、アフラも一緒なんだ」

「はい、まだ入ったことがないそうなので、誘ってみました」

 エレナの横では、いつも通り無表情のアフラが、ジルの手を握って立っている。


 あのレプティルの集落の事件以降、俺たちについて来たテトとアフラは、シュナ村に居ついていた。

 半ば空き家同然に放置されていた、精霊神の礼拝所に住み着き、勝手に改装まで始める始末。最初は、胡散臭いと思っていた村の人々たちだったが、テトの予想以上にちゃんとした説法に心を打たれたり、村仕事の手伝いにも積極的な様子に感銘を受けたりで、あっという間に、受け入れてしまった。

 アフラは、村ではテトの助手で働きものだけど、まったく喋らない変な娘、という扱いだ。似た者同士のジルと気が合うのか、よくジルの面倒をみてくれたり、遊ぶのを見守ってくれたりしている。それに、エレナも感謝していて、今回みたいに、お茶や村の行事やアフラを連れ出しているようだ。


「ごゆっくりー」

中に入る三人を見送ると、その後ろから来たおばちゃんが笑う。

「ヨーヘイ。エレナやアフラが入ってるからって、覗いたりなんかしたら、承知しないからね」

「そうそう。女の裸が見たいってんなら、あたしらババアだけの時にしな! いっそ一緒に入るかい?」 

 ぎゃはははは、と大口を開けて笑うおばちゃんたちに、俺は曖昧な笑みを返して、そそくさと逃げる。

 いやもうほんと、どこの世界でも、おばちゃんたちのこういうノリが変わらないの、すごいね。


 風呂の番は、おばちゃんたちからの要望に応じて、時々加熱や加水をするが、大抵は何もすることがない。なので、小さい姿の精霊たちと雑談しながら、力の応用について試したりする。

 今日は、クロマルの不幸を感知する能力を応用して、遠距離にある物や人の位置を探知する実験だ。

『私が分かるのは、不幸の気配だけ! それ以外はわかんないわよ!』

「まあ、そう言わずに、ね? クロマルのすごいところ、もっと見たいんだよー。だから、頼むよ―」

 不平不満を言うクロマルをなだめすかし、おだてつつ、その気にさせてチャレンジを繰り返す。

 まずは、クロマルが感知する気配というものを、感覚共有を通じて俺に伝達してもらう。

「おおー……」

 

 それを繰り返していると、不幸の気配とは異なる、もっと小さな気配・村の人々の存在も感じられるようになった。まるで、頭の中にレーダー画面が出来たみたいだ。

 これは、想像以上に便利かもしれん。

「ん?」

 集中すると、小屋の外に3人ほどの近づいてくる気配がある。

 俺はクロマルとのリンクを一端閉じて、小屋の外に出た。そこには、ジルの手を引くエレナとアフラがいた。

「ヨーヘイお兄さん。皆さん上がりました。私たちが最後です」

「あ、もうそんな時間か」

 どうやら、クロマルの能力実験をしていたら、随分時間が経っていたようだ。

「片づけ、私たちも手伝いますよ」

 エレナの申し出を有難く受け取り、四人で浴室を軽く片付けることにした。

 とはいえ、ミーズの力でさっと水を流して、軽く室内を整理するだけだ。本格的な清掃は、この後やってくる担当の村人に任せる。

 うーん、排水溝の位置とか動線は、ミーズの力を使えばどうにでもなるけど、もう少し改良の余地があるかな……ま、そこらへんは次への課題か。

「それじゃ、帰ろうか」

「はい!」

 村はずれから、家までの道のりを歩く。俺の前を行くジルは、左右からエレナとアフラに手を繋がれている。まるで連行される小さい宇宙人みたいだ、と思って思わず笑ってしまった。

「? どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。」

 振り返ってきたエレナをごまかしつつ、俺がふと視線を上げると、空から白いものがちらつくのが見えた。

 雪だ。

「あ……」

 気づいたエレナたちが、足を止めて空を見上げる。俺の開いた掌の上に、舞い落ちた雪が、瞬く間に溶けて水滴に変わる。


 俺がこの世界に来て、最初の冬がやってきたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ