第69話
ルイの肩を借りて、立ち上がると、深夜にもかかわらず、俺はまず“白い鼻”の所へ連れて行ってもらい、そのまま、“黄金の痣”の下へ赴いた。
俺の思いついたプランを、彼らにも手伝ってもらうために。
「……そのようなことが、可能なのですか?」
俺が一通りの説明を終えると、“黄金の痣”は訝し気な表情だった。
無理もない。俺自身にも出来るかどうかわかってないことだ。
それでも……
「出来ないかもしれない。でも、このまま最悪の事態になるのを待つより、出来ることを全部、やっておきたいんです」
俺は、真正面から頭を下げる。
「巫様、可能性があるならば、賭けてみるべきではありませんか? 私は、祖霊の託宣を、ヨーヘイ殿を信じてみたいと思います」
“白い鼻”が俺に助け舟を出す。その言葉で、“黄金の痣”の心も決まったようだ。
「わかりました。我らが祖霊に、お話してみましょう」
翌日、俺たちは“黄金の痣”に連れられて、再び祖霊と対面することになった。
そして、全員で話し合った。敵の現状と、このままだと集落自体が亡びかねないということ、そしてテトの示唆した選択肢と、俺の提案について。
それらのリスクとメリットを話し合い、そして長い時間をかけて、結論に至った。
『集落の者達を守るため、貴公の選択を受け入れよう』
祖霊のその言葉で、やるべきことは決まった。
翌日、“白い鼻”の指示で、集落中のレプティルたちが洞窟の前の広場に集められた。
彼らの体には、赤と白の泥で部族の紋様が描かれており、手には様々な楽器や、舞踏に使う布が握られている。これから始まるのは、ある種の祭りだ。彼らの全員で、祖霊に対して感謝と村の平穏を願い、祈りを捧げるのだ。
そして俺は、“黄金の痣”と共に、祖霊の前に立つ。
「それじゃあ、始めましょう」
俺はそう告げると、手にしたナイフで、自分の左掌を傷つける。
浅く切った傷口から、じわりと血があふれ出す。俺は、血で濡れた掌で、祖霊の体に触れた。
触れた掌が熱を持ち、力が流れていく。
『ぐ……ぬぅ……』
祖霊が、苦悶にも似た声を上げ、身を軋ませる。ぱらぱらと、精霊石化した体が崩れ落ちてきた。
俺は目を閉じ、力の流れに意識を集中する。
掌の先に、祖霊という巨大な力の塊があるのを感じる。だが、その力は固く強張り、今にも崩れ落ちそうだ。
俺が思いついたのは、祖霊に往時の力を取り戻させる、ことだ。
俺の血を与えることで、ムギやミーズたちのように、以前の力を取り戻させることができるのでは、と考えたのだ。
ただ、実際に試して分かったが、ことはそう単純でもなさそうだ。
祖霊は、精霊ではないために、肉体という器が制約となる。いくら力を注ぎ込んでも、器以上には入らないし、力を注ぐ圧力に器が耐えきれず、砕けるかもしれない。
俺の力を、ただ注ぎ入れるのでは駄目だ。綻びた祖霊の体を、補い、強化しなければいけない。
意識を集中して、無形の力をただ流すのではなく、有形の力へ変換して、欠損を埋めていく。だが、その力は遅々として進まない。
耳を澄ませば、祖霊へ捧げる祈りの歌と踊りの気配が、洞窟の外から微かに届く。聞こえる音は僅かでも、レプティルたちの真摯な祈りが、力となって渦巻いているのを感じる。この力も使えれば、より効率的に強化が出来るだろうが、この力はわずかに祖霊と繋がりながら、指向性を持たずに漂うばかり。そこにあるのに、俺にはどうすることも出来ない。
くそ、なんて、歯がゆい。
その時、祖霊の声が響いた。
『オトワ・ヨーヘイ、私と、契約してくれ』
(!?)
驚きのあまり、思わず目を見開く。
そこには、全身にヒビが走り、今にも砕け散りそうな祖霊の姿があった。
『貴公と私との間に、力の経絡を築かねば、我らの試みは成功すまい。私に、精霊としての名を、与えてはくれぬか』
思わぬ申し出に、俺はためらう。レプティルたちに崇められている存在、謂わば彼らの神様と、俺が勝手に契約していいものなのか?
だが、祖霊の言うことも、正しい。力の流れる回線が細いから、効率的な運用ができていない。このままでは、祖霊は砕けて死んでしまうだろう。
なら、覚悟は決まった。
俺は、頭に浮かんだ名前を告げる。
「あなたの名は……『オロチ』だ」
『オロチ……我が名は、オロチ……!』
祖霊改め、オロチが吠える。
同時に、俺とオロチの間に、力の経路が構築される。さっきまでと、比べ物にならないくらいはっきりとした繋がりで、力が流れ込んでいく。
いや、ただ流すだけでは駄目だ。意識を研ぎ澄ませて、流れ込んだ先で力を物質に変換していく。ひび割れた肌を繕い、砕けた四肢を、尾を、翼を、新たに生み出していく。以前の壊れやすく劣化した物でなく、より強くしなやかな組織を。
同時に、洞窟の外で渦巻いている祈りの力が、先程よりも強固に感じられる。オロチを通じて、繋がったのだろう。今なら、この力も利用できる。レプティルたちの想いから生まれた力を、手繰り寄せて、オロチへと注ぎ込んだ。
祖霊の体から剥がれ落ちた、洞窟内の精霊石も利用し、この場に集ったあらゆる力を紡ぎ合わせて、俺は、オロチという新たな精霊を、作り上げていく。
かつての力を取り戻すだけでない、より強い力と、より気高い姿へ。
オロチの甲高い咆哮と共に、洞窟内を目映い閃光が走り抜けた。




