第62話
シュナ村に、本格的な秋がやってきた。
屋外に出るときには、厚手の上着が必要になってきて、朝起きるのが大分辛い。
早朝、村長から借りた上着の襟を合わせながら、俺は川辺への道を急ぐ。
「遅いぜ、ヨーヘイ」
道の先では、釣り道具を抱えたハンスが待ち構えていた。他にも数人の男たちが柵に持たれながら俺を待っている。
今日は、村の比較的若い連中と、川で魚を釣ることになっていた。この時期産卵のため多くの魚が群れで遡上してくるようで、これを捕まえて冬用の保存食を作るのだという。
やがて、俺たちは川辺に辿り着いたが、流れる川は普段通りの様子だった。
「おいおい、話が違うぞ」
「全然いないじゃないか」
口々に文句を言う男たちに、ハンスが申し訳なさそうに言った。
「……おかしいな。いつもなら、この時期なんだがな」
とはいえ、このまま帰るのも勿体ないということになり、皆で竿を下ろす。
俺も、村長から借りてきた竿と仕掛けを、ハンスにやり方を教わりながら川に投げ入れた。
晴れているとはいえ、寒さが深々と身に沁みる。皆、あたりも無いため、早々にあきらめた男たちは、川辺で火を焚き始めた。
俺は、ホノーの触媒をぎゅっと握りしめる。すると、ホノーの力で触媒から熱が溢れる。精霊の力を借りた簡易カイロだ。
(なあ、ミーズ)
心の中で呼びかけると、ふよんと小さい姿のミーズが、俺の横に浮かび上がった。
『どうした、ヨーヘイ?』
(魚、いないの?)
『うむ、いないな。例年なら、この時期に遡上してくるのだが……』
そう言って、ミーズはふんふんと何か匂いを嗅ぐ仕草をする。
『……どうにも、上流から嫌な匂いがする。魚たちは、これのせいで遡上して来ないのかもしれん』
嫌な匂い、かあ……また、精霊絡みの厄介ごとじゃなければいいが。
とにかく、ミーズの話を皆にして意見を聞いてみようか。そう思って腰を上げようとした時、ミーズが声を上げた。
『む。上流から、何か近づいてくるな』
その声に、船でも来たかと思って上流を見たが、何もない。
(ミーズ、何かって?)
『何か、力の強いものだ。川底を、流れにのって下ってきているようだ』
不安を感じて、咄嗟にクロマルを呼ぶ。
(クロマル?)
『んー? 危険な気配とかは、ないわよ』
クロマルも退屈そうにしている。まあ、危険がないなら、特に問題もないか。でっかい魚でもいるのかもしれない。
少し安心して、腰を落ち着けた時、目の前の川面が弾けた。そして、俺の目前に、突如現れる巨大な顔が現れる。人間とは異なる縦に割けた瞳孔が、俺をはっきり見ている。
「……うわぁぁぁっ!?」
腰を落としたまま、思いっきりのけぞる。そしてばたばたと藻掻くように後じさりする。
「どうしたヨーヘイ……って、のわぁぁ!?」
他の村人たちも、気付いて恐慌の声を上げる。
俺の目の前に現れたのは、巨大なトカゲだった。いや、首から下は人に良く似ている。二本の脚で立ちあがった上背は、優に2mはある。端的に言えば、リザードマンだ。
「レプティルだぁっ!?」
ハンスの驚愕する声で、そういう種族名なのだとうっすら理解する。
そのリザードマン=レプティルは、自分に敵意が無いことを示すように、その手を上げながら、ゆっくりと俺に近づくと、こう言った。
「おどろかせて申し訳ありません。私たちは、あなた方に危害を加える気はありません。あなた方も、私たちに危害を加えないで下さい」
私“たち”? その言葉に気づいた瞬間、川面から次々と顔を出すレプティルたちに気づく。ざっと見ただけでも、10人はいた。
俺は、ごくりと唾を飲み込む。村人たちも、恐怖で竦んでいる気配がする。
だが、彼らに敵たちの意志は無いようだ。精霊の力をいつでも使える準備をしつつ、俺は立ち上がり、彼らに問いかけた。
「一体、何の御用ですか?」
俺が話しかけると、先頭に立つレプティルは、笑った。ちょっと迫力はあるが、友好的な態度、なのだろう、多分。
「私は、“白い鼻”と言います。私たちは、北の山の先に住む、竜に仕える一族です。この地に、力強き精霊使いの人が住まうと聞き、やってきました。御存知ありませんか?」
カランとルイが、村にやってきたのは、レプティルの一団が現れてから、四日後のことだった。
俺とグラフ村長が出迎えに出ると、カランとルイの他に10名ほどの兵士を連れている。随分な大所帯だが、まあ当然か。
「つくづく、騒動を起こすヤツだな、お前は!」
俺の顔を見るなり、ルイにはそう言われたが、こちらとしても騒動を起こしたいわけじゃない。
一方のカランは、至極冷静に村長に問いかけてきた。
「早馬の知らせでは、異領のレプティルの一団がやってきた、ということだったが……襲撃とも違うようだが、どういう次第だ?」
「いや、それが、私どもにも判断し難いことでして……代表の者が、村で待っていますので、話を聞いていただければ、と」
村の集会所に行くと、“白い鼻”が、一人座って待っていた。
彼の怪異な姿にも動じず、カランは冷静に、挨拶をする。
「私は、カラン=イズラエル。この地を納める領主グラフ様の名代としてやってきた。貴公が、この村に訪れたレプティルの長か?」
「ご丁寧なあいさつ、痛み入ります。私の名は、“白い鼻”と申します。一族の長ではありませんが、今回の使節の代表です」
“白い鼻”も、丁寧にあいさつを返す。
ここ数日の交流の感じだと、“白い鼻”だけでなく、レプティル全体が礼儀正しく、温厚な性格のようだ。
ちなみに、“白い鼻”以外のレプティルたちは、最初に出現した川辺で野営している。どうやら、こちらを必要以上に警戒させたり、威圧感を与えたくないらしい。
「早速で悪いが、貴公らはどこからきて、何のためにこの村にやってきたのか、教えて欲しい」
「承知しました」
“白い鼻”は、改めて、この村に来た理由を、語りだした。
彼ら白い鼻の一族は、エプト山の更に向こう側、いくつかの山々が連なる山地の奥にある、湖に住んでいるそうだ。
そこは、隣の領内に属しているが、険しい山の中で、殆ど人と交流はないらしい。
彼らは、“神”と共に、平穏に過ごしていたが、ある時、巨大な精霊喰いが湖にやってきた。精霊だけでなく、何人ものレプティルが喰われて、集落は壊滅の危機にあるという。
だが、ある時、“神”からの託宣があった。南の山に巣食っていた別の精霊喰いが討たれた。討ったのは、人間の精霊使いである。一族の危機を救うため、その精霊使いに助力を乞え、と。
その託宣に基づき、“白い鼻”たち若人から選ばれた精鋭たちが、この地にやってきた。
「……つまり、ヨーヘイの力を借りるため、この地に来たと?」
「その通りです、カラン殿。精霊使いにお支払いすべき報酬も用意いたしております。ヨーヘイ殿を、我らの住まう地にお招きし、お力をお貸しいただけるよう、お願いいたします」
深々と頭を下げる“白い鼻”。カランは、難しい顔をして腕組みをする。
「……やっぱりお前が原因じゃねえか」
ルイが、俺にだけ聞こえるよう、小声でつぶやいた。
うっさい




