第61話
俺が、まともに立ち上がれるようになるには、更に3日かかった。
ルイ曰く、体内の精霊の力のバランスが崩れ過ぎたから、らしい。その間に、カランたちは王宮に招かれて、王に拝謁し、褒章を貰ったそうだ。
そういう面倒そうな行事に巻き込まれなくてラッキー、と思っていたら、宰相が直接俺の所にやってきた。
ベッドの横に座った宰相が、俺を見つめてくる。上体だけ起こした俺だが、礼儀的には、このままでいいのかどうやら。
「ヨーヘイ。お前のおかげで、バフロスの災いを除くことができた。改めて礼を言おう」
「い、いえ、すべてはカランのおかげでして……」
「謙遜せずとも良い。王宮に伝わっておらぬことも、ベルからは聞いておる」
じっと見つめる宰相。気まずい。
「そなた、儂に仕えぬか? 儂に仕えるのが嫌なら、王宮付に推挙してもよい。その才、野に埋めるには惜しい」
いきなりのヘッドハンティングだった。
一瞬迷う。だが、エレナや村のことを思い出すと、自然と言葉が出ていた。
「すいません、それは出来ません」
「何故か?」
「帰って、やらなきゃいけないこと、やりたいことがあるんです」
泣いていたエレナのところに、ジルを送ってやらなければいけない。
そして、もう一度、笑ってもらうんだ。
国政を担う立場の人からしたら、一笑に付されたり、怒られるかもしれない。けれど、今の俺には、それより大切にしたい生活がある。
「……そうか。ならば無理強いはすまい。だが、いつかこの国に災禍が押し寄せたとき、此度のように力を貸してはくれんか?」
宰相は少し笑いながら、手を差し出す、俺は、その手を握る。
「はい。俺に、出来ることなら」
その握手が、俺なりの誓いだった。
そして、全てが終わって、帰る時が来た。
宰相の手配で、カランとルイには馬が、そして俺とジルとために、馬車が用意された。
「お世話になりました。膠灰も調達の手筈が整ったので、今度シュナ村までお持ちしますね」
「また会おう」
ベルとアダンと別れの挨拶をかわす。だが、二人とはまた近いうちに合うことになりそうだ。
「私は、ここでお別れね。また会えるか分からないけど、元気でね」
ミシズは寂しそうに笑いながら、軽くジルを抱きしめる。
今回の顛末がエルフの巡礼団本部に伝わった結果、直接出頭しての報告を、求められているらしい。
「ミシズがいなければ、ジルを助けることは出来なかった。本当に、有難う」
「どういたしまして。エレナや村のみんなによろしくね」
俺とミシズは握手を交わした。と、ミシズが俺の耳元に口を寄せて囁く。
「あなたの力のこと、出来るだけ秘密にしておくけど、目を付けられないよう、気を付けなさいね」
王都からの帰り道は、拍子抜けするくらいに何事もなく進み、あっさりとタナンにたどり着いた。
町は、襲撃の傷跡はまだ残っていたが、大分補修が進んでいた。
「よくぞ帰ってきた、我が従士カラン。我が命を守って怨敵を討ち、連れ去られた我が領の幼子を無事取り戻したこと、大儀である」
町の入り口では、わざわざグラフが出迎えてくれた。グラフだけでなく、兵士や町の人々が、俺達……というよりも、カランを称賛するために集まってきていた。
そこから、領主の館までの道のりは、ちょっとした凱旋パレードだった。
館につくと、そのままカランとルイは領主に仔細を報告することになったが、俺だけは無理を言って抜けさせてもらう。
そして、ジルの手を引き、教えてもらった場所……中庭へ向かう。
中庭につくと、小さな花壇の傍らで、所在なげに座っている少女がいた。
顔の半分ほどは、まだ包帯で覆われているが、その姿を俺は見間違えない。
「エレナ!」
俺が、彼女を名を呼ぶと、憔悴した顔が上がる。
そして、ジルの姿を見つけた右目が潤み、エレナは駆け寄ってきた。
「ジル!」
飛びつくようにジルを抱きしめると、エレナは言葉にならない声を上げて、嗚咽する。ジルも、言葉は無くても、姉をぎゅっと抱き締めていた。
そんな二人を、俺は潤む瞳で見つめつつ、何かをやり遂げることができたのだと、そう思った。
物語なら、これで“めでたしめでたし、みんな幸せに暮らしました”、となるのだろう。
でも現実では、なかなかそうならない。
あの襲撃で殺された人々帰ってこないし、エレナの傷もまだ癒えない。
そして、生きるためには食べねばならず、食べるためには働かねばならない。
村に戻ると、冬小麦の作付作業に追われる日々が始まった。
「……やれやれ、なんとかなったな」
秋の終わりが近づく頃。なんとか冬小麦の種まきを追えることが出来た。
『ヨウヘイ様、お疲れ様です』
畑仕事に従事していた石人形を畑に戻しながら、ムギがにこにこ顔で俺に擦り寄ってくる。
『私も、無事お役目を果たすことが出来ました』
「あー、うん。ありがとう」
そんなおざなりの感謝だけでは足りない、と言わんばかりに、俺を上目遣いでじっと見てくるムギ。
根負けした俺は、ムギの頭をそっと撫でた。
「ありがとうな、ムギ」
『えへへへ……』
ムギは幸せそうに笑う。
バフロスとの戦いを終えて目覚めて以降、集中すると、俺は生身のままでも、精霊に触れることが出来るようになっていた。
理由はよく分からない。バフロスも同様のことは出来たようだから、その力を吸い取ってしまったのか、それとも俺自身が精霊に近い存在に変わってきているのか。
まあ、日常生活には支障がないので、気にしてもしょうがない。
それよりも、ことあるごとに、こんな風に精霊たちが撫でて貰いたがる方が問題だ。
頭を撫でるくらいならいいんだが、若干スキンシップ過剰気味なこともあって、その……いろいろと困る。
「ヨーヘイお兄さーん!」
俺を呼ぶ声に振り向くと、ジルの手を引いたエレナが、こちらにおおきく手を振っている。
「お茶を入れたから、休憩しませんかー!」
「今行くよ!」
エレナに大声で応えながら、俺は農具を担ぐ。その俺を、精霊たちはふよふよと追いかけてくる。
長袖のシャツだけではごまかせない肌寒さを感じながら、俺はエレナたちに向かって歩いていく。
俺にとって、初めてのシュナの秋が、近づいてきていた。




