第6話
がんがんと、頭が痛い。創造神の言う通り、二日酔いだった。
このまま二度寝をしたいが、ベッドの固さが気になってしまい、寝るのすら辛い。
『……大丈夫ですか、ヨウヘイ様』
見れば、枕元に土の精霊がいて、俺を心配そうな顔で覗き込んでいる。
水の精霊に、風の精霊たちも、昨日同様俺の周囲にいる。
「……あんまり、大丈夫じゃない……なあ、この頭の痛み、お前たちの力で治せたりしない……?」
すると土の精霊はめちゃくちゃ悲しそうな顔で言った。
『申し訳ありません……私たちの力では、人の体を癒すことはできないのです……』
まあ、そんな都合よくはいかないか。
「そうか……無理言ってごめんね……」
このまま寝ているのも苦痛だ、寝床から起き上がり、裸足のまま一歩踏み出す。
その途端、右足に激痛が走った。
「ぬぐわぁ!?」
『ヨウヘイ様っ!?』
置いてあったサイドボードの角に、足の小指をぶつけたのだ。
「ぐむぬぬぬ……」
思わぬ不意打ちに、うずくまって足を抑えていると、頭上から、精霊の声が聞こえた。
『ぷー、くすくす、かっこわるーい!』
「なんだとぅ!」
うずくまりながら頭上をにらみつける。すると、土の精霊、水の精霊、そして3体の風の精霊たちの他に、見知らぬ、黒い球体状の精霊が浮いていた。
『あはは、おこってるー。ワタシのこえが、きこえるんだー』
「なんだ、お前……?」
『えー、そんなこともしらないのー? やっぱり、かっこわるーい』
畜生、稚拙な煽りが、二日酔いの頭にガンガンくるぜ。万全だったら、怒りで頭沸騰してるぞ、この黒豆野郎。
『ヨーヘイ、こやつは“不運”の精霊だ』
見かねた水の精霊が、俺に教えてくれた。
説明を総合すると、人が不運を感じるときに訪れる存在、ってことらしい。
なるほど、こいつが来たから小指をぶつけたんではなく、小指をぶつけたから、こいつがやってきた、のか。
「じゃあ、無害、ってこと?」
『力をつけた個体ならば、誰かに不運をもたらすことも可能じゃろうが、こいつ程度の大きさでは何も出来ぬ。不運に乗じて、人を嫌な気分にさせることが出来る、程度よ』
結構有害じゃないか、それ?
「……まあいいや、不運の精霊だっけか? ほら、あっちいけ」
『えー、やだやだー、まぬけなニンゲン、たのしー』
そう言ってふよふよとからかうように俺の頭上を飛び回る。
ぐぬぬぬ、二日酔いで最悪な気分の時に、このうざさは、いささか脳にクる。
『こらー! ヨーヘイをいじめるなー!』
『こまらせるなー!』
『このこのー!』
俺のあり様を見かねたのか、風の精霊たちが、不運の精霊を囲んで小突き回す。
『やーん!』
なるほど、俺からは触れないが、精霊同士であれば、接触できるのか。また一つ知識が増えた。
『あっちいけー!』
『いたーい!』
『このこのー!』
『やだやだー! やめてよー!』
……なんか、いじめの現場を見てる気分になってきて、いたたまれなくなってくる。
「……まあまあ。そのくらいで、勘弁してやってくれ、風の精霊たち。」
思わず、浦島太郎めいたムーブをしてしまった。いじめ、よくない。
俺の静止に、すっと風の精霊たちの動きがとまる。そして、その包囲網から解放された、不運の精霊は、俺にすりよってきた。
『ニンゲン、やさしー……すきー』
うわぁ、ちょろいぞ、こいつ。
『……ねーねー、ニンゲン、ニンゲンはヨーヘイっていうの?』
「そうだ」
『ヨーヘイは、ワタシたちがみえて、ワタシたちのおはなしが、きこえるの?』
「まあ、そうだな」
『……あのね、ヨーヘイ、ワタシにおなまえ、ちょーだい』
「名前?」
『うん! おなまえ、ちょーだい!』
名づけろ、ということか。ふむ。
『え!? ヨウヘイ様、ちょ、ちょっとお待ちに……』
土の精霊が何か声を上げようとしたが、俺は、直感のまま名づけてしまった。
「じゃあ、クロマル」
黒くて、丸っこいから。まあ、これぐらい単純な方が、分かりやすくていいだろう、うん。
『やった、クロマル! わたし、クロマル!』
クロマルこと、不幸の精霊はひゅんひゅん高速で飛び回る。
『『『『『あー!?』』』』』
そして、ほかの精霊たちが、なぜか叫びをあげた。
「え、なに、なんかマズかった!?」
『……まさか、知らぬのか、ヨーヘイ殿は!?』
水の精霊が頭を抱えている。土の精霊が、沈痛な面持ちで俺に告げた。
『……ヨウヘイ様、精霊の求めに応じて名づける行為は、人間が精霊と契約を結ぶことに他なりません。もしかして、ご存じなかったのですか?』
ご存じなかったですよ、そんなこと!?
「……あの、契約を結ぶって、何が起きるの?」
『人間は、契約を結んだ精霊に、自分の生命力の一部を与え、精霊の存在を維持しなければなりません。そして精霊は、契約を結んだ人間の求めに必ず応じ、自らの力を振るわねばなりません』
「生命力の一部って……それ、大丈夫なのか?」
『生命力といっても、微々たるもの。よほど力の強い精霊と契約するのでなければ、人間への影響は少ない、と聞き及んでおります。ヨウヘイ様は、特別強い力をお持ちのようですから、その不運の精霊との契約程度、問題はないはずです。現に、今も特に影響はないでしょう?』
正直、二日酔いの気持ち悪さで、自分の健康状態を、客観的に判断できていません。
まあ、一方的に力を吸われて干からびる、ってことがないなら、一安心。
ところで、“精霊の存在を維持”、とは、どういうこと?
『ええと……本来、精霊はうつろい、消えやすいものです。例えば、“精霊喰い”の影響が強くなり、この村の土が痩せ、草木が生えない不毛の土地となれば、私は消え去るでしょう。そちらの不運の精霊も、人が不運を感じた時に生まれますが、人がその時の気持ちを忘れてしまえば、世界に溶けて消え去ってしまうのです』
「え……?」
ぎょっとして、クロマルを見てしまう。
「じゃあ、こいつは、俺が足の小指をぶつけたさっきの瞬間、この世に生まれたのか? そして、契約しなれば、俺が足の痛みを忘れた頃には消える、ってこと?」
『そうだよー。でもヨーヘイがおなまえくれたから、ずっと一緒にいてあげるねー』
くるくるとうれしそうに舞うクロマル。
人が不運を感じた瞬間と、それを忘れてしまうまでのわずかな時間、そんな短い期間しか、生きていられない存在……いや、精霊が、俺の理解しているような意味で、“生きている”といえるのか、わからない。でも、多少むかつくけど、言葉を話して、笑い、意思疎通できる存在なのは事実だ。そんな相手が、泡のように、生まれて、消える……
『あの、契約を切ることはできますよ。定められた手順で、契約者が与えた名を、創造神の名において取り上げることを命じるのです。ヨウヘイ様がお望みならば、お手伝いしますが……?』
土の精霊が控えめに申し出てくるが、
「……いや、いい」
こちらの無知につけこまれて不当な契約を結ばされた気がして、腹が立つのは事実だ。
でも、本当ならほんの一時しか存在できないんだ、クロマルは。その時間を、少しでも長引かせたいと思うのは、当然だろう。
第一、俺だって、死ぬはずだったところを、あのニコニコマークに猶予期間をもらったんだ。このちょろい精霊と何が違う?
そんなことを思えば、クロマルのうざさぐらい、我慢してもいいかな、と思った。
「……まあ、だまされて契約した気もするが、よろしくな、クロマル」
『えへへー、よろしく、ヨーヘイ!』
クロマルは、再びリズミカルに舞い飛んだ。
『……ずるい、ずるいずるーい!』
『わたしたちが、さいしょにヨーヘイとあったのにー!』
『わたしたちもー! わたしたちにも、なまえー!』
風の精霊たちが騒ぎ出す。
「え、お前たちも契約したいの?」
『『『したーい!』』』
むう、困った。土の精霊の方をちらりと見る。
「なあ、こいつらと契約しても、大丈夫かな」
『え、ええ大丈夫とは思いますが……』
土の精霊がなぜかもじもじとしている。水の精霊も、なぜかじーっとこちらを見ている。
え、なに、なんなの? その微妙な圧は?
なんとなく2体から目をそらし、3体の風の精霊へ向き直る。こいつらも、きっといずれは消える存在なのかもしれない。袖すりあうも他生の縁ってやつだ、いいだろう。
さて、名前、名前かー。うーん……、やはりこういうのは直感に従うべし、だ。
「よし、右から順に、“クー”、“フー”、“ムー”だ!」
『『『!!!』』』
風の精霊たち改め、“クー”、“フー”、“ムー”が狂喜するように、部屋中を駆け回る。
『えー、なんかてきとうっぽい、ださーい。ヨーヘイ、センスわるくなーい?』
クロマルからは、そんなコメントが寄せられた。ぐぬぬ、余計なお世話だ。
というか、なんでお前は、微妙にギャルっぽいムーブなの?
『ワタシ、クー!』
『フー! ヨーヘイがくれたなまえ!』
『わーい、ムーだよ!』
正直見分けがつかなかった3体だが、名づけたことで、うっすら違いが判ってきたような気もするし、愛着も沸く。
それに、器用なクーたち風の精霊の力を使えるのは、これからいろいろ便利そうだ。
「うんうん、よろしくな、クー、フー、ムー」
『『『はーい!』』』
元気に声をそろえて答える3体。よしよし、愛いやつらだ。
『あの! ヨウヘイ様!』
『ヨーヘイ殿!』
土の精霊と水の精霊が、ずずいっと、こちらににじり寄ってきた。触れることができないのは分かってても、顔と顔がくっつきそうで、気圧されてのけぞってしまう。
「な、なに!?」
『私にもお名前をください! 契約を、お願いいたします! 是非!』
『私もだ! 頼む!』
えー、なんだ、この精霊ハーレム。
「あの、力の強い精霊って、俺の体に影響あるんじゃ……?」
『いいえ、ヨウヘイ様なら、大丈夫です! それに私、小食なので!』
え、小食とかあるの?
『わ、私もだ! 何より、水の力はいろいろと役に立つぞ!』
『私だって、麦を実らせたり、いろいろできます!』
ふんす、と鼻息の荒い2体。うーん、実害がないのなら、まあ、いいのかなぁ……
「じゃ、じゃあ……土の精霊は、“ムギ”」
『はい! ムギです!』
「水の精霊は……うーん、“ミーズ“だ」
『ミーズだな! 心得た!』
ムギとミーズは嬉しそうに二人で両の掌を打ち合わせて、ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。
見た目美女と美少女コンビの、愛らしい仕草になごむが、なんでそんなに契約したがったんだろう、こいつら? また力を失ったときの保険、ってところか?
『そうだ、ヨウヘイ様。ヨウヘイ様がお与えいただいた名前は、他の人間には明かさないでください。他の人間、特に精霊使いが名を知れば、私達やヨウヘイ様を害することが出来るようになってしまいますので』
「え、そういうものなの? 気を付けるけど……呼びかけるときとか、どうしたら」
『ヨウヘイ様が心の中で呼んでいただくだけで、届きますので大丈夫ですよ』
ほう、そんなことが出来るのか。便利だな、精霊!




