第57話
「お前!? 待……」
ルイが何か言っているが、俺は気にせず、走る。
『ヨウヘイ様!』
ムギが、俺の意図を察知してくれて、陽動で派手に石人形を動かす。背後から風切り音が響いている。ミシズが、弓で援護してくれているようだ。
「ジル!」
俺は、台座に走り寄りる。
そこには、確かにジルがいた。目を閉じて、動かない。
俺は、胸に耳を押し当て胸の鼓動を確認する。大丈夫、生きている。
『後ろ!』
クロマルの叫びに、咄嗟に降りむく。
「供物に触れるな、痴れ者がっ!」
男が、俺にむかってナイフを振りかざしていた。
やばいっ
恐怖で竦む。思考が止まりかける。だが、体は動いてくれた。
姿勢は低くして、相手の腰めがけて飛びつく。やぶれかぶれのタックルで、相手を掴んでごろごろと転がる。なんとか、相手に馬のりになる形で停止した。
「き、貴様ぁ!」
俺は、相手のナイフを握る拳を、左手で抑え込みながら、右手をのど元にあてる。
「ライっ!」
咄嗟に声に出して叫ぶと、ライが俺の意志をくみ取ってくれた。
ライの手が、俺の右手に重なり、雷撃を放つ。
「がっ!」
高圧電流が流れて、一瞬で相手は昏倒する。
「痛ッ……」
見れば、相手を押しとどめた左の掌が、ナイフに当たって出血している。手ぬぐい代わりに使っている布で抑えながら、再び台座に向かう。
先程と同じ姿勢で動かないジル。俺は、その小さな体を抱きかかえた。
このまま、ジルを連れて帰れば、俺の目的は達成できる。
そう思った時、奇妙なことに気づいた。
ぽたり、と、俺の左手から滴った血が、台座に落ちる。その落ちた血が、ゆっくりと台座に染みこんでいく。
その動きに合わせて、中央の鳥かごががたがたと揺れる。
よく見れば、それは鳥かごではなかった。吊るされた、檻だ。
中には、ミイラ化した死体が一つ。
その死体が、揺れている。がくがくと、骨と皮を軋ませ、蠢動していた。
『逃げて!』
クロマルの叫びを聞き、ジルを抱えた俺は一目散に走る。
(ムギ!)
同時に、先程まで動いた石人形の制御を解かせ、代わりに、俺の背後に新たな石人形を出現させ、壁を作る。
いまだ戦闘は続いているが、俺たちに向かってくる敵はいない。出口までのわずかな距離を、そのまま駆け抜けて、終わり。あとは、逃げかえるだけだ。
そう思った瞬間、背後で、何かが爆発した。
背後からの衝撃に、俺は突き飛ばされる。咄嗟にジルを抱きしめて庇いながら、ごろごろと、転がった。
衝撃が収まって、ようやく俺は体を起こす。壁となった石人形は砕けたが、爆発の衝撃を減衰させてくれたようで、目立った外傷はない。
周囲を確認しようとしても、ほとんどの松明と篝火は薙ぎ払われたのに加えて、粉塵が立ち込めて、視界が悪い。
ただ、なにか嫌な気配だけはする。状況が分からないながらも、俺はジルを抱えたまま、中心付近を見つめつつ、じりじりと後退する。
突然、玄室の頂上が赤く染まった。天井付近に、火球が浮かび上がったのだ。
その炎の光の下で、俺は見た。
爆発でひしゃげて転がった鳥かごのような檻、その扉を開いて、中から現れる姿を。
檻の中から、先程までのミイラだった死体が、ゆっくりと立ち上がる。いや、死体ではなかったのだろう。きっと、あの状態でも生きていたのだ。そして、ミイラのようだった肌が、だんだんと色づき、肉をとり戻し、再生していく。
「……甘露、まさに甘露だ」
再生していくミイラは、声を上げる。良く通る男の声は、恍惚に酔っているようだ。
「かつて捧げられた供物のいずれとも異なる、強き力の籠った血潮。ああ、これこそ私の求めていたもの……よくぞ捧げてくれた」
檻から出て、再生しきった姿は、長身の偉丈夫だった。白く長い髪、と同じく長い白髭で顔は判然としないが、声は若々しい。
それが、復活した魔王、バフロスだった。




