第56話
地下通路を進むと、やがて水道にたどり着いた。
左右に伸びた暗い道に、俺はごくりと唾を飲み込む。
「これ、どっちに行けば……?」
「霊廟の方角は右ですね……ああ。壁に、だれかが手をついて歩いた痕跡がある。間違いないでしょう」
ベルの指示通り、進んでいくと、やがて明かりが見えてきた。間隔をあけて、壁面に松明が配置されて、足元を照らしている。
どうやら、この先に誰かがいるようだ。
更に進んで、いくつ目かの松明の明かりの下に、人影が見えた。
ベルが足を止め、俺たちにも停止を指示する。暗がりに身を屈めて様子を伺うと、人影は二つ、おそらく、見張りだろう。
そう判断してからのベルの動きは早かった。あの門の時のように、素早く飛び出すと、両手のナイフを次々に投擲する。
投げたナイフは、それぞれ別の相手の眉間とのどに突き刺さり、相手は、声を上げることさえできずに、その場に崩れ落ちた。
「さ、いいですよ」
顔色一つ変えずにそう言って俺たちを手招くベル。正直、おっかない。
おそらくはここからが、霊廟へと続く道なのだろう。
(クロマル、何か感じるか?)
『……』
霊廟へと続く道をじっと見つめて、クロマルは応えない。
(クロマル?)
『……ヨーヘイ、この先はホントやばいよ。こんな怖くて、危ないの、初めて』
見れば、クロマルの手が微かに震えている。ここまで切羽詰まった様子は、初めてだ。
この先に待つ危険を思うと、不安はある。
だが、ここで逃げるわけには、いかない。俺は一人じゃないし、戦う手段もある。
(……大丈夫だ、クロマル。俺も、みんなも、ついてるから)
俺は、心の中でクロマルへ告げながら、暗い穴へと、足を踏み入れた。
地下水道からの横穴は、人ひとりが立って歩くのに十分な広さだった。壁は荒く削られた岩肌がむき出しになっている。
「地下水道にこんな横穴が開いていて、何故今まで気づかれなかった?」
「地下水道の保守を担っている官吏に、バフロスの信徒の息がかかっているのでしょうね。いやはや、根が深い話です」
ルイとベルの会話を聞きつつ、横穴をしばらく進んでいくと、大きな通路にたどり着いた。
横穴と違って、幅は広く、壁には方形の石が積み上げられ、整えられている。そして壁沿いの左右には、人や獣を象った、彫像が並んでいる。
ミシズは、その彫像や壁を見上げながら、断言した。
「……見覚えがあるわ。ここが、バフロスを封じた霊廟よ。玄室は、あっち」
ミシズの示す方向を振り向くと、遠方に明かりが見えた。俺たちは口を閉ざすと、彫像の影に隠れるようにして進んでいき、そっと玄室の様子を伺う。
玄室は、巨大なホールになっていた。天井は高く、5mくらいはありそうだ。各所に配置された松明と篝火が、壁に黒い影を刻んでいる。
ホールの中には、いくつも石の棺が並んでいるが、とりわけ目を引くのが、中央付近に据え付けられた、巨大な鳥かごのようなもの。
その巨大鳥かごを前に、十数名の人影が、何やら蠢いている。
「……ちに……ぎを……ささげ……」
一人の男が唱える言葉を、周りの人間が復唱する。玄室の中を、その声が複雑に反響して、何か獣の唸りのようにも聞こえる。俺は、鳥肌が立つのを感じて、思わず自分の腕を押さえる。
そして、周囲で唱和する人間達の他に、剣を手に持つ警護役らしき人影も見える。
「中央、台座の上!」
俺の横で、ミシズが囁く。その言葉の示す方向に、視線を向けると、確かに台座の上に、横たわる小さな人影が見えた。
はっきりとは、見えない。けれど、なぜかジルだと確信した。
その時、ベルが俺に近づき、こう提案してきた。
「ヨーヘイさん、あなたの精霊人形を突入させて、もらえますか? 場を混乱させてください、その隙に、私とアダン、それからカランさんで突入。ミシズさんとルイさんは、我々の突入を、援護してください。」
「……やってみます」
俺は、意識を集中して、ムギに話しかける。
(ムギ、やれるか?)
ムギは、俺の横に姿を現すが、その顔は険しく、苦しそうだ。
『……ここでは、あまり強い力を振るえません。一体だけなら、なんとかなるかと……』
(頼む、ムギ)
『……はい、承知しました』
そして、通路の床板を撃ち割るように、石人形が一体現れる。普段よりもやや小型の、人間大だ。その石人形が、玄室をがしゃがしゃと駆けぬけ、中心部の男たちに掴みかかる。
「なんだ、こいつは!?」
石人形は、数人を突き飛ばしながら、派手に篝火をなぎ倒す。警護役の男たち、石人形を取り囲み、剣を振るう。
「今です!」
ベル、アダンそしてカランの3人が飛び出した。
石人形に気を取られていた警護の男数人が、不意を打たれて、一刀の下に切り捨てられた。
「侵入者だ! 迎え撃て!」
ベルたちに気づいて、台座付近の男が指示を出す。敵は混乱の中でも、態勢を立て直していく。
ふと、気が付けば、中央の台座までの道が開けていることに気が付いた。
今なら、ジルのところまで、いけるんじゃないか?
一瞬迷う。けれど、ジルさえ確保できれば、後はどうにでもなるはず。
ならば、今しかない!
「ルイ、ミシズ、援護して!」
俺は、隠れていた場所から飛び出し、一直線に走った。




