第54話
屋敷から少し離れた場所で、アダンたちと合流したが、ミシズの顔色が冴えない。
「どうした?」
「……屋敷に、精霊避けが張られていて、私の精霊では、中に入れないの」
聞けば、精霊避けとは精霊石を使って離れる結界、らしい。金持ちや精霊使いたちが、安全目的で張るようで、弱い精霊は近づくと苦痛を感じるそうだ。
「ヨーヘイの精霊で、中の様子を伺えないか?」
アダンの要請を受けて、まずフーに問いかける。
(フー、いけるか?)
『うーん、ちょっと近づきたくないかも……』
無茶苦茶嫌そうな顔された。フーぐらいのレベルでも、忌避感覚えるのか。フー以上の精霊となると、やはりムギだが……
『申し訳ありません、村から遠いので、ここでは十全の力を発揮することが困難でして……』
ムギも済まなそうに応じる。やはり、村に紐づいた精霊たちには、荷が重いようだ。
となると……
(ライ、お願い!)
『……任せて』
ライは、珍しくやる気満々な様子で、屋敷の方へ向かっていった。
「ちょっと偵察してくるから、こっちは任せた」
そう皆に言い残し、俺はライと意識を重ねる。
ふわりと飛んだライが、屋敷の敷地内に入った瞬間、頭が重くなるのを感じだ。これが、精霊避けの力か? 想像していたよりも、痛みがある。ライへの負担が心配になる。
『大丈夫、ヨーヘイと一緒なら、耐えられる』
だが、ライがそう伝えてくるのを感じて、気を取り直して進むことにした。
まず、玄関の扉自体を透過し、中に入る。精霊避けの影響は、屋敷の構成素材にまで及んではいないようだ。
大きなホールには、煌々と明かりが灯されていて、数人の使用人らしき人影が動いている。使用人だけでなく、剣を手にした警備の人間も見える。俺=ライは、手近の部屋を見ていくが、どこにもジルの姿は見当たらない。
焦りを感じながら、今度は2階へと上がり、いくつかの部屋を覗く。
そして、とりわけ大きな書斎らしき部屋で、手掛かりを見つけた。
そこでは、初老の男とけばけばしい女が、座って酒を飲んでいた。そして、女は、組紐で飾られた首飾りを手の中で弄んでいる。
俺が、ジルに買った石に、ミシズの組紐がついた、あのペンダントだ。
首飾りを明かりにかざして悦に入る女に、男はつまらなそうに、問いかける。
「そんな安物、気に入ったのか?」
「まあね。石は安物だけれど、この組紐は良い品よ。多分、エルフの細工だわ。小汚い供物の小娘につけたままなんて、もったいない」
供物の小娘、という言葉で、ぞわりと肌が泡だった。こいつら、ジルのことを言っている。
「そんなもの、かの王が蘇った後ならば、いくらでも手に入る。この国は言うに及ばず、協会も寺院も、四方の蛮族さえも、かの王が服するのだから」
鼻で笑う男に対し、女は真面目な顔で、身を乗り出す。
「……ねえ、あの小娘で、本当に王は蘇るの? あれ、二年前に失敗した時に、供物として使ったんでしょ?」
「すべては師父の指示だ。二年前の大儀式のときは、まだ供物として十分に成長していなかったがために、失敗したそうだ」
「今なら、大丈夫だと?」
「ああ」
そこまで聞き届けて、俺はライとのリンクを解いて、意識を戻す。
目を開けると、俺の顔を覗き込むルイが、視界に入ってきた。
「どうだった?」
「……屋敷の二階の東側、多分、書斎だ。そこに、中年の男女がいて……」
やや眩暈のする頭で、俺は、見聞きした限りのことを説明する。
「ふむ、その男女を締め上げれば、色々と情報が聞けそうですね」
ベルは、兵士たちにてきぱきと指示を出す。
「東と西の道路の封鎖に2人づつ。4人は裏に回って。残った2人は私についてきてください」
兵士たちは口数少なく、言われた通りに散っていった。
「おい、どうする気だ?」
そう問いかけるルイ、ベルは獰猛な肉食獣めいた顔で言った。
「正面から乗り込むに、決まってるじゃないですか」
俺たちを塀の角に残すと、ベルは単身、門に近づいていく。
「……止まれ。何用か?」
それに気づいた門番が、腰につるした剣に手をかけながら、声をかける。
「申し訳ありません、実はですね、兵隊さんに、お話したいことが御座いまして……」
だが、それに怯える様子を見せず、ベルは、自然体でにこやかに進む。
「女、そこで止まれ!」
再度の門番の制止に、ベルは応じようとした時、何かに躓いた。
「ええ、はい、承知いたしま……おっと」
いや、正しくは躓いたフリだ。上体が沈みこんだ低い前傾姿勢のまま、ベルは地を蹴り、這うように駆けた。
「!?」
門番が反応できた時には、もう遅かった。男の足元から、伸びるように振り上げられたベルの腕。その手に握られたナイフが、門番の首を切り裂く。
「ご……」
声にならぬ声を上げて倒れる男を、ベルは音もたてずに受け止め、そのまま塀にもたれかからせるように座らせた。
そして、俺たちの方に、身振りで『来い』と合図する。
ひどく、あっさりと行われた殺害行為に、俺とルイは思わず視線を交わすが、何も言わず、アダンたちの後ろをついていった。




