第51話
ベルの言葉通り、やがて道の先に、小川が見えてきた。小川の上には橋が架かり、さらに道が続いている。俺たちは、馬をとめて川岸に降り、小休止をとることにした。
馬たちに、小川の水を飲ませながら、ベルは語りだした。
「皆さんは、バフロスという方を御存知ですか?」
勿論、俺は知らない。だが、俺以外のみんなは御存知のようだった。
「200年程前に、当時のエルド王を弑し、王を僭称してこの国を恣にした男だ。それがどうした」
カランの答えに、うんうんと頷きながら、ベルはぴんと右人差し指を立てる。
「それでは、バフロスが精霊使いだったことも、御存知で?」
「ああ。強力な精霊使いの力を使って王を殺め、恐怖をもって、民に従属を強いた。しかし、最後は、協会と寺院の助力を受けたエルデン王の遺児、後のコンケウス王の手で、討ち取られた」
「流石、カランさん。でも、一つだけ間違ってます」
ベルの評価に、カランは心外そうな顔だ。
「間違い、とはなんだ?」
「討ち取られてないんです」
「は?」
「だから、討ち取られてないんですよ、バフロス。封じられただけで、今なお玉座に返り咲くことを、夢見ている」
しばらくの沈黙の後に、ルイが呆れたように頭を振りながら。手を上げた。
「ちょっと、待て。それは、あれだろ? バフロスを神聖視している頭のおかしい奴らが、唱えている題目だ。そんな与太話……」
「まあ、“与太話”、なんでしょうがねー」
苦笑するベル。アダンは、酷く真面目な顔のまま、言葉を継いだ。
「ただ、そんな話を信じて、活動している連中がいる。失われたバフロスの霊廟に、供物をささげ、かの僭王を復活させようとする者たちが」
つまり、それって……
「……魔王復活を企む連中がいて、そいつらが、生贄にするためジルをさらった、ってこと?」
俺が話をまとめると、全員、微妙な顔つきになった。
「魔王ってお前……」
「うーん……そういう風にまとめられてしまうと、間違いではないんですが。御伽噺みたいで、現実感がないですね……」
いや、俺からすると、この世界事態、御伽噺みたいなもんなんだが。
「バフロス復活の件は、与太話なんかじゃないわ」
馬をブラッシングしながら話を聞いていたミシズが、唐突に口を開いた。
「バフロスが討ち取られたのでなく、封じられたのは、事実よ。封はあくまで封、手続きを踏めば、外側から解除できる。そうなれば、バフロスは蘇るわ」
ルイが驚きの声を上げる。
「本当かよ? 何で知ってる?」
「私もいたからよ、その封印の場に。寺院と協会だけでなく、エルフの巡礼団も協力したのよ? 聞いてない?」
ぶんぶんと首を振るルイ。
『はあ、これだから人間は……たかが200年程度で、記憶も記録も途絶えるなんて』
ミシズが多分エルフの言葉で、長命種族マウントをぼそりとつぶやく。俺にはばっちり伝わってるけど、とりあえず黙っておこう。
しかし、200年前の当事者か……ミシズって何歳なんだ? 知りたいが、聞いたら絶対怒られるだろうから、やめておく。
「それより、あなたたちは、バフロス復活を阻止しようと動いているのよね? 昨日は、“利がある”としか言わなかったけど、改めて聞かせて。どうして?」
ミシズが、改めてベルとアダンに向き直る。二人は、わずかに視線を交わすと、ベルが真面目な顔になり、口を開いた。
「我々は、さるお方から、バフロスに関わる連中に関する調査を依頼されているのです。連中の動向を探り、根城を確かめ、可能であれば根切りに、と」
「根切りとは、穏やかでないな」
カランの咎めるような言葉に、ベルは肩をすくめる。
「実害が多いので、致し方なし、かと。以前から、王都では行方不明者が多発してるんですよ。大抵、外から来た旅人や、出稼ぎの方々なので、然程問題になっていないんですが」
「……それも、その連中の仕業、だと?」
「大半は、そうですね」
王都で、行方不明……そんな話、どこかで聞いた気がするな……あ。
「そういえば、ジルは、何年か前、王都で両親とはぐれたところを保護されたって……!」
俺の言葉に、ベルは頷く。
「おそらくは、両親ともども、連中に捕らえられたのでしょう。そして、理由はわかりませんが、彼女だけ逃げ延びた。連中が、何らかの接触を図る可能性があったので、定期的に村にお伺いして、様子を見ていたのですよ」
その時、ガン、と鋭い音が響いて、俺はびくりと反応してしまう。見れば、カランが剣の鞘先を地面に叩きつけ、ベルを睨んでいる。全身から、怒りが沸き立っているかのようだ。
「……気に食わん。貴殿らは、ジルを撒き餌にして、連中が尻尾を出すのを待ち構えていたと?」
「否定はしません。ただ、彼女を見守っていた、という側面もあるのは、ご理解ください」
「此度の襲撃も、予見していたのではないか?」
「流石に、そこまでは。たかだか子供一人を攫うのに、あれだけの戦力を投入してくるなんて、想像もしていませんでした。ただ少なくとも、グラフ様には事前に情報を共有し、備えておくべきでした。我々の落ち度です」
ベルはそう言って頭を深々と下げる。カランはしばらくベルの頭部をにらみつけていたが、不意に、怒りの気配が収まった気がした。
「わかった、その言葉を信じよう。この怒りは、その連中に、しかるべき報いを受けさせる時まで、とっておくとしよう」
怖……
俺は、ルイの方をそっと見ると、ルイも同じ感想のようだった。
そして、小休止を終えた俺達は、再び馬を進ませる。
「連中は、森や山中を進んでいるようですが、向かっているのは、やはり王都のようですね。目的地が同じなら、馬の方が早い。先回りできるでしょう」
何度目かの方角確認を終えた後、ベルはそう判断した。
「今日は、ここで野営しましょうか。明日の日の出から走れば、日のあるうちには城門にたどり着けます。そこで、連中とジルを押さえましょう」
ベルは大きく伸びをする。
その判断を否定する理由もない。俺たちは、馬を降りて野営の準備を整えていく。




