第43話
「何をしでかしてくれるんだい、お前たち!」
あたりに怒号が響き、おもわずびくりとしてしまう。
声の方を振り向くと、小柄な老婆がこちらに杖を向けて怒りをあらわにしていた。
「私の召使いを、あろうことか吹き飛ばしやがって! どうしてくれるんだい、この若造!」
あまりの剣幕に気圧され、思わず謝りそうになるが、必死に踏みとどまる。
「ご老人、怒りを収めていただきたい。察するに、召使いとは先ほどのゴウレムのことでしょうか?」
「当たり前だろ、この耳長!」
ミシズは老人を手で制しながら、毅然と言い放つ。
「ならば、こちらとしては正当防衛を主張します。この空間に囚われて、状況が分からない我々に対して、あのゴウレムは、威圧的行動をとりました。敵対していると判断されても、仕方がないかと」
「勝手な小理屈並べ立てて! 招待して相手が、いつまでたっても来やしないから、親切で使いまで寄越してやったのに、なんでこんなことになるんだい!」
あまりの老婆の剣幕に、ジルは俺を盾にするようにしがみついて隠れる。
ん? 招待……?
「……あのー、ひょっとして、あなたが俺たちをこの空間に引き入れたんですか?」
俺がそっと手を上げて問いかけると、老婆はじろりと睨んできた。
「招いたのはその子とあんた。そっちのエルフは呼んでないよ!」
……元凶、この婆さんじゃん。
ミシズが、瞬時に弓に矢を番えて老婆に狙いを定める。
「……あなた、何が目的?」
弓矢の威嚇を、老婆は鼻で笑う。
「目的なんて、そんな大層なもんはないよ、ただ、その二人の顔を、見ておきたかっただけさ」
老人は手にした杖で、俺とジルを指し示す。
杖……その杖の先端に、なにやら見慣れたものが付いてるのに気づいた。
円形に、目を模した二つの黒点の下に、上がった口角を模したような弧状の線。どっかで見た、ニコニコマーク。
「あの、もしかして、お婆さんって、創造神の関係者ですか?」
俺の言葉に、老婆の一瞬険しくなった。図星か?
老婆はくるりと踵を返し、歩き出した。
「あの、ちょっと?」
「いいから、ついておいで。茶ぐらいは出してやるよ」
すたすたと霧の向こうに歩み去る老婆。俺は一瞬ためらうが、ジルの手を引いて追うことにした。
「ちょ、ちょっと待ちなさい、二人とも!」
ミシズも慌てて追いかけてくる。
数分の間、無言で老人の背を追って歩くと、一軒の家が見えてきた。
シュナ村にありそうな小さな農家風の小屋で、周囲には小さな菜園がある。見れば、菜園では、多くの土人形たちがさまざまな農作業をしていた。鍬を振るうもの、雑草を抜くもの、野菜を収穫して運ぶもの。俺が村で使う土人形よりも、より精密で多様な作業を実施している。
多分、この土人形を作った精霊はムギよりも強力だし、それを操る精霊使いも、俺より強い。
見れば、ミシズも呆然とした表情をしている。そのことに、気づいたのだろう。
「さあ、おあがり」
老婆の案内で、小屋の中のテーブルにつく。テーブルには、既に人数分のお茶と菓子が並べられていた。
「い、いただきます」
まあ、この状況で毒だのは無いだろう。俺は、カップに口をつける。茶の味は、シュナ村で飲みなれたものと、よく似ていた。
ミシズは、ジルの隣で口元をぬぐってやったり、世話してくれている。
お茶を飲んで一息ついたあたりで、俺は本題を切り出した。
「あの、お婆さんは、何者なんですか?」
俺の問いに、老婆はあっさりと答えてくれた。
「わたしゃ、魔女だよ。巷じゃぁ、“霧の魔女”って呼ばれてる」
「あなたが、“霧の魔女”!?」
ミシズが激しく反応したが、俺には知識がないので全然分からない。
「知ってるの、ミシズ?」
「知らないの!? 人の身のまま精霊と化し、悠久の時を生きるという、 あの“霧の魔女”よ!? 第七位階に認定されている、三体の一つ!」
きっと凄いんだろうが、知らないので何ともコメントしづらい。ただ、精霊のランクで最高峰ってことだけは分かった。
……怒らせたのは、やばかったか?
「ふん、そういう評判だの位階は、煩わしいもんさ。勝手に押しかけてくる連中から逃げるため、こんな結界の中に引きこもる羽目になったんだから」
老婆はお茶を飲みながら、じっとジルを見つめている。その目は、なぜだか優し気で、そして少し悲しそうだ。
「その井戸の魔女さんが、なんで俺とジルを呼び寄せたんです?」
「言ったろう。顔を見ておきたかった、それだけさ」
「……どうして?」
しばらく俺と老婆は互いの視線をぶつけあう。やがて、老婆はため息一つついた。
「詳しくは語れない。因果の糸が、絡まるからね。ただ、あんたたちの言う、創造神ってやつの導き、だとでも思っておくれ」
因果の糸とか言われても、よくわからない。だが、やはりこの魔女、創造神となにか関係あるようだ。
「霧の魔女さんは、創造神と会ったことはあるんですか?」
「あるわけないだろ。ただまあ、声が聞こえることはある。それだけさ」
その言葉に、ミシズが目をむいて驚く。
「創造神の声を聞く!? そんなことが出来るの!?」
「あーもう、煩いね。どうでもいいんだよ、そんなことは」
老婆は心底嫌そうにミシズの言葉を遮ると、俺の方に向き直った。
「いいかい、小僧。どんな命にも、与えられた役割ってもんがある。ただ、その子とお前さんに与えられた役割は、それはそれは、大きなものなのさ」
老婆の視線に、俺は射すくめられて動けない。小さな体の老人なのに、その体の内側にある圧というか、存在感が尋常でない。まるで、目の間に、巨大な猛獣がいるような気分になる。
だが、それでも気圧されるわけにはいかない。
腹筋に精一杯の力を籠めて、声を絞り出す。
「なんで、俺だけじゃなく、ジルまで……?」
老婆は、少しだけ笑った。
「……はは。創造神にでも、聞いておくれ」
そして椅子から立ち上がると、背後の戸棚を開いて中をあさりだす。
「えーと、どこへやったかねぇ……ああ、あった、あった。これだね」
そして長い棒状の布の包みを取り出すと、テーブルの上で広げた。
解かれた包みの中から出てきたのは、一振りの剣だった。
刀身の長さは、70センチほどか? カランが持っている剣より、少し短い。
刃と柄が一体になっていて、持ち手の部分には無造作に布が巻かれている。
材質は……知識がないので、正直よく分からない。だが、鉄ではなさそうだ。
「あの、これは?」
問いかけには応えず、老婆は俺の前へ、その剣を押し出した。
手に取れ、ということだろうか? 俺は、その剣を手に取る。
「おお……」
ずしりと重い感触に、男の子としてはちょっとうれしくなってしまう。が、本音を言えば、こんなもの渡されても、困る。
俺、剣とか使えないしね。
「いいから、持っておゆき。きっと役に立つから」
ぶっきらぼうにそう言って、老婆はお茶をすする。それ以上は応えてくれそうにない。
まあ、貰えるものは貰っておくか。
「えーと、ありがとうございます……?」
剣を再び布で包み、手元に引き寄せる。
「あんたは、与えることもできるが、奪うこともできる。その中で、より良い道を選ぶんだよ」
最後に、老婆は、俺へそんなアドバイスをくれた。全く意味が分からない。その時、室内にもかかわらず、あたりに霧が立ち込めはじめた。
これは、一体……?
「さあ、用事は終わりだよ。あんたらは帰りな」
老婆が告げる言葉とともに、霧はより一層深く立ち込め、視界が真っ白になる。
いや、いきなり呼びつけておいて、用が済んだから帰れって、そりゃあんまりじゃない!?
「喧しいね、さっさと帰りな!」
俺の抗議も、むなしく響き、老婆の一喝と共に、霧で満ちた視界は暗転した。
この感じ、やっぱり創造神の関係者だわ……




