第32話
翌朝、さっそくルイに連れられて件の別邸に向かうことになった。
「幽霊は、女の姿だ。館の中なら、1階だろうと2階だろうと、どこにでも現れるが、屋敷の外には、現れない」
歩きながら、ルイは彼が知っている情報を教えてくれた。
「幽霊は、人間に強い敵意を持っている。遭遇すると、不可視の力で物体を飛ばしてぶつけたり、人間自体を吹き飛ばすことで、攻撃してくる」
領主の館から村へと下る道、その途中で、村の西側に広がる湖が見えてきた。目を凝らせば、木々の陰に大きな建物が見える。
あれが、噂の別邸のようだ。
「俺も、幽霊を何度か撃退することに成功したんだが、翌日の晩には、また出てきちまう。俺の精霊の力では、消滅させるまでは出来なかった」
口惜しそうに、ルイは言う。
まあ、氷の精霊と幽霊って、なんとなく相性悪そうだ。
「だが、お前の精霊たちなら、おそらく出来る」
ルイは、俺の横に浮かぶライとホノーを見ている。確かに、この二人の攻撃的な力なら、何とかなる気がする。
ただ……
「やはり、屋敷を損壊させるのは、まずいよね?」
「当たり前だろ」
「……ですよね」
ライとホノーの力を使うにしても、被害が大きくなりそうだ。
では、ピンポイントに相手を攻撃するとしたら……
「ついたぞ」
考え事をしている間に、俺たちは別邸の前へとたどり着いていた。
「遅かったわねルイ、待ちくたびれたわ!」
館の前に、一人の少女が立っていた。脇には一人、従者らしき女性が付き従っている。
「……アレサ様」
ルイが、直立して深々と頭を下げたので、慌てて俺もそれにならう。
頭を下げつつ、ルイの耳元でそっと尋ねた。
「誰?」
「グラフ様のご息女、アレサ様だ」
なるほど、領主の娘さんか。お偉いさんだな。
「二人とも、顔を上げて頂戴」
アレサの声がかかったので、ルイともども頭を上げる。
改めてみると、きれいな金髪の美少女だった。年齢は、エレナと同じくらいだろうか?
「アレサ様、このような場所に来るべきではありません。いまだ幽霊の脅威は晴れておりませんので」
「あら、昼間は出ないんでしょう? それに、たとえ現れたとしても、あなたが身を挺して守ってくれるって、私、知ってるもの」
アレサはまるで踊るように、くるりと回ると、ルイに寄り添い、しなだれかかる。
「アレサ様、お戯れはおやめください。これより、仕事ですので」
「なんて、つれない。朝の散歩の、この時だけが、私がルイと逢引できる時間なのに」
芝居かかった様子で、よよと泣き崩れるアレサに、ルイはため息をつく。
「……もうお戻りくださいアレサ様。今日の午前は読み書きの時間だったはずでしょう。遅れますと、父上に叱られますよ」
「はあ、ルイは本当つれないわ。稽古のことなんて、思い出したくないのに」
ややふくれた顔をしながら、そこでようやくアレサは俺の方を見た。
「精霊使いのヨーヘーだったかしら? しっかりと幽霊を退治なさい。ルイに怪我でもさせたら、承知しないわよ。では、ご機嫌よう!」
そして、従者を従えて、去っていった。
何だったんだ、今の。
じっと、ルイを見つめて回答を求めてみるが、ルイは答えたくなさそうだ。しかしそれでも、じっと見つめ続けると、ようやく音を上げた。
「……なぜか、アレサ様に気に入られてな、時折あのように、俺をからかってくるんだ」
「えー、それだけ?」
「それだけだ」
苦虫をかみつぶしたような表情をするルイ。
なるほどー、年下の女の子に好意を向けられてるわけだ、このイケメンめ。
「ひゅーひゅー、もてるね、この色男―。ちょんちょんなんだから~」
ルイの脇腹を、肘でかるくちょんちょんと小突いてからかう。
その返答は、割と容赦のない腹パンで、軽く涙が出た。




