第31話
タナンは、なるほど確かにシュナより大きな町だった。
村の周囲は木の柵でなく、石垣の壁に覆われていて、立ち並ぶ家の数も多い。そして、村の中心部の広場には商店まであって、文化レベルが明らかに高い。
カランが通るたび、住民はその場で深々と頭を下げて、挨拶する。相当慕われているらしい。
そして町の大通りをたどった先の、高台を登ると、その上にレンガ造りの大きな屋敷が見えてきた。そこが目的地の領主の館だった。
「よくぞ来てくれた、精霊使いヨウヘイ。こうして会えたことを喜ばしく思う」
館に入ると、領主のグラフが直々に俺を出迎えてくれた。
「ど、どうも、ヨウヘイです。シュナ村に、居住する許可をいただき、ありがとうございます」
お礼を言いながら、立ったまま深々とお辞儀する。移動の途中で、一応カランに礼儀作法を確認しておいたので、これで問題ないはず。
「よい、よい。記憶をなくして難儀していると聞いた。そのような者に手を差し伸べるのも、人を治める者の務め。なにより、強き精霊使いは、我が国の宝だ」
にこやかに笑う領主様。ううむ、いい人っぽい。
「カランも、ご苦労であったな」
「はっ」
「今宵、ささやかながら宴の席を設ける。それまで、体を休めるがよい」
「は、はいっ」
そして、グラフは去っていった。俺は、大きく息を吐く。
「がらにもなく、緊張してたじゃないか」
そんな声が横から聞こえてきて振り向くと、ルイがにやにや笑っていた。
「ルイ先生!」
「だから先生はやめろっての」
ルイは軽く握った右こぶしでとん、と俺の胸を小突く。
「ともあれ、来てくれて助かった。俺一人じゃ、どうにもならなくなっていたんでね」
よく見れば、ルイに疲れた様子が見える。
「そんなやばいの、その“幽霊”って?」
「ああ。精霊使い以外にも視認できるし、物理的な影響まで及ぼし始めた。下手すりゃ、人死にがでる」
「あの、基本的なことで申し訳ないんだけど、“幽霊”って精霊使いの領分なの?」
「……あー。そういや、何も知らなかったよな、お前」
呆れながらも、ルイは丁寧に説明してくれた。
精霊使いにとって、“幽霊”は死んだ人間の思い残しが、長い年月を経て器物や土地に宿り、精霊化したもの、なのだそうだ。人との親和性が強いためか、力の強い幽霊は、精霊使いでなくても見えることあるという。
生前の思い残しに沿った行動をとり、その思い残しが晴れると、自然消滅することが多い。なので、精霊使いは幽霊の声を聴き、その思い残しを晴らしたり、あるいは精霊の力を借りて、力づくで祓ったりするのだとか。
「俺の精霊では、倒しきれなかった。だから、お前の雷の精霊で焼き払うのが良いと思ったんだが……そんな火の精霊を連れてるなら、炎で焼くのが手っ取り早そうだな」
ルイは、新たに増えたホノーにも目ざとく気づいたようだった。
『よっしやぁ! 俺にまかせろ! 館ごと、焼き尽くしてやんよ!』
早速訪れた活躍の機会に、ホノーがこぶしを打ち付けてノリノリだった。
いや、館は焼くなよ、頼むから。
その日の夕食は、宴席ということで、長いテーブルに、皆が一同に会していた。
どうも、俺の歓迎会というわけでなく、3年前にあった戦役の祝勝記念会、のようなものだったらしい。なので、俺とルイは末席の方で、グラフの顔もよく見えない位置だった。
出されたのは、酒はワイン、料理はパンとスープに焼いた肉。シュナ村と違って、肉もスープも、塩気がちゃんとついていたので、ちょっと感動。いやあ、やはり塩分は偉大だなぁ。
「そんなにがっつくな、みっともない」
もりもり食べる俺を、ルイは呆れたように見ているが、時折上座のグラフたちが座っているあたりを見ている。
なにか、気になる人でもいるんだろうか?
と、グラフが盃を手にして立ち上がったかと思ったら、何やら皆に演説を始めた。
「諸君、サバランとの戦からはや2年、あの日参陣した皆とこの日を祝うことが出来て実に喜ばしい限りだ」
座の方々から威勢の良い声が上がる。グラフは微笑んでそれに応じ、演説を続ける。
「さて、聞き及んでいるものもいるかと思うが、湖の別邸に、怪しき幽霊が出るようになった。おかげで工事は滞り、私の財も目減りするばかりだ」
そこかしこで、くすくすと笑いが起こる。うーん、領主様、スピーチ力高いな。
「霊には諸君らの剣も、槍も通じぬ。ただ、精霊の威徳をもって調伏するしかない。だが、幸いにして、我が領内に、強き精霊使いを招くことが出来た。紹介しよう、シュナ村の大精霊使い、ヨーヘイだ」
え、俺!?
いきなり名指しされ、思わず目をむく。見れば、座の全員の視線が俺に集中している。
気まずい! あと、大精霊使いって、何!?
「彼は、カランに付き従い、エトナに巣食った精霊喰いを打倒してくれた。この度の幽霊も、彼の手によって打ち払われることであろう。ヨーヘイの勲と、創造神の我が領への祝福に、乾杯!」
高らかに乾杯の声が上り、盃が打ち鳴らされる。
その後、周囲からの好奇の視線や、近くの客人からは何やら声をかけられるのを、愛想笑いで何とかいなすが、冷や汗が止まらない。
そんな俺を見かねたのか、ルイがそっと耳元でささやいてきた。
「……まあ、そうビビるな。幽霊の件は、従士の間でも話題になっている。グラフ様も、何か対策してるってみんなに示しておかないと、沽券にかかわるのさ」
そういう事情があるのは分かるが、いきなり紹介はやめて欲しかったです……
ルイはやや意地の悪い笑みを浮かべながら、俺の脇腹を小突いてきた。
「頼りにしてるぜ、大精霊使い殿」
ぐぬぬぬぬ。




