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第30話

 それからしばらくは平穏な生活が続いた。

 普通に麦畑の世話をしたり、村の畑拡張のため、精霊の力を使った耕作や水路づくりに励んだりと、忙しくはあるが穏やかな日々だった。

 2週間ほど経った頃、カランがやってきて、状況が変わった。


 水路作りがひと段落して村長の家に戻ると、カランがお茶を飲んでいた。

「ひと月ぶりだな、ヨウヘイ。息災か?」

「カランさん!? ええと、はい元気にやってます」

「村長から聞いたが、野盗たちを撃退したそうだな。領主様に代わり、礼を言わせてくれ」

「ええと、その……俺一人の手柄ではないので……」

 後ろめたいわけではないが、あの時のことを、面と向かって言われると、やはり気後れしてしまう。

「……たしか、行商のアダン兄妹の助力があったそうだな。うむ、あの二人と見える機会があれば、彼らにも礼を伝えねばならんな」

「はい……お願いします」

「ところで、今日私が来たのは、ヨウヘイ、お前に二つほど話があってきたのだ」

 え、俺?

「そう固くなるな。悪い話ではない。一つ目はこれだ」

 カランは傍らにおいていたものを俺に差し出した。

 それは、丸められ、封蝋された紙だった。何かの書類だろうか?

 開くと、何やら書いてある。日本語ではないが、こちらの言語が分かるように、その意味がするっと頭に入ってくる。これも、創造神のギフトだ。

 内容は、精霊使いであるヨウヘイをシュナ村の住民として認めるとともに、租税を納めること等を求める内容だった。

 つまりこれは……

「ヨウヘイがシュナ村住民であることを認可する、グラフ様からの書状だ。大切に保管するように」

「あ、ありがとうございます!」

 俺は深々と頭を下げた。

「よかったね、ヨウヘイお兄さん!」

「うむ、これでヨウヘイ殿も、領主様の認めるわが村の一員じゃ!」

 エレナとグエル村長も自分のことのように喜んでくれて、それがうれしい。


「さて、もう一つの話は、いささか込み入った頼み事でな」

 ひとしきり俺たちが落ち着いた頃合いで、カランは二つ目の話を持ち掛けてきた。

「私と一緒に来て、領主様の願いを聞いてほしいのだ」


 翌朝、カランが連れてきた馬に乗せられ、俺はシュナ村を旅立つことになった。

 乗馬なんてしたことがなかったので、おっかなびっくりだったが、カランの的確なアドバイスがあって、なんとか馬上で手綱を握って歩かせることはできるようになっていた。

 そして必死に馬に縋り付く道すがら、領主からの頼みごとの概要を聞くことになった。


 領主のグラフは、シュナ村から馬で1日ばかり歩いた所にある、タナンという町に住んでいる。

 タナンはシュナ村より規模が大きく、常設の商店や交易所などもあるらしい。そんな町を見下ろす高台に館があって、グラフはそこに住んでいる。その館のほかにも、町外れにある湖のほとりに、別宅がもう一軒あるのだが、随分と長い間使われていなかったそうだ。

 そんな折、先頃、近傍の領地でお家騒動があり、巻き込まれることを恐れたグラフの友人一家が、グラフの領地に避難してくることになった。

 彼らが生活する場所を用意する必要が出たので、件の別宅を提供しようということにり、館の整備を始めたそうだ。だが……


「幽霊?」

 午後の日差しの中、ぽくぽくと歩む馬の背で、聞こえた単語を思わず聞き返してしまう。

「うむ。別宅に、夜な夜な女の霊が出て、暴れまわる。館の補修にあたっていた職人たちは、これを恐れて仕事にならん。最初、ルイに頼んだのだが、奴一人の手には負えないようでな。ルイの勧めもあって、お前に頼むこととなった」

 幽霊……それって、精霊使いが扱う領分なのか?

 思わずポケットの中のムギの依り代に問いかけてしまう。

(ムギ。幽霊って、精霊でどうにかなるのか?)

『およそ精霊に近いもの、という話を聞いたことはありますが、実物を見たことがないので、何とも……』

 ムギからはすまなそうな声の回答があったが、やはりピンとこない。


 向こうについたら、ルイ先生にお話を伺うしかないな。


「話は変わるが、ヨーヘイ」

「はい?」

「お前、人を殺めただろう?」

「!?」

 いきなりの言葉に反応しきれず、馬上で体勢を崩しかけてしまう。馬の首筋にしがみつくようにして、なんとか落馬だけは避ける。


「別に責めているわけではない、慌てなくて良い」

 俺の方に視線は向けず、カランは淡々と語る。

「これでも、戦場働きは長いのでな。そういう目をした奴は、山ほど見てきた。大方、野盗を相手にして、やむを得ず手にかけた、といったところか?」

「……はい」

 

「お前は戦場に立つべき人間ではないのだろう。だから、人を傷つけたことを、誉れと思えとは言えないし、悔いるなとは言わない。ただ、一つだけ、誇りに思って欲しい」

「それは……?」

 そこで、ようやくカランは俺の方を見た。普段の彼女らしからぬ、やさしい目だった。

「村人を、守ったことだ。野盗達の程度は知らぬが、金品だけに手をつけて逃げていくような手合ではなかっただろう。野放しにしていれば、村に犠牲がでたことは間違いない。だから、お前が、エレナを、グエルを、村の皆を守ったのだ。そのことだけは、誇ってくれ」

 そしてカランは視線を戻すと、それ以上、何も言わなかった。

 彼女なりの、労りや励ましなのだろう。俺はその背を見つめながら、頭を下げた。

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