第29話
一晩眠ると、筋肉痛は何とか一人歩ける程度に回復していた。元の世界にいた頃は、筋肉痛になると2、3日引きずっていたものだが、これも創造神のギフトのおかげだろうか?
そして、エレナに付き添われて集会場にたどりつくと、アダンとベルがグエル村長たちを前に、説明を始めていた。
「……野盗たちの襲来を、ヨーヘイさんが察知してくださいまして。それを私どもがお聞きし、追い払う手伝いをした次第です」
滔々と語るベルに、グエル村長は半信半疑という表情で問う。
「しかし、何故お二人がそのような危険な真似を……? 我々にも話して頂ければ、お手伝いできたのに」
「皆様にはお話ししていなかったのですが、我々は行商だけでなく、時には傭兵として戦に立つこともございます。ヨーヘイさんは、精霊のお力でそのことをお察しになり、まず我々に話を持ち掛けてくださったのですよ。皆さまを危険にさらすまいという、ヨーヘイさんの心遣いですな」
ベルがこちらをチラ見した。
その視線が、『余計な事言わず、こちらに話を合わせろ』って言ってる気がする。
「我々としても、日ごろお世話になっている村の一大事ですし、一肌脱いだというわけです。幸い、野盗たちは手傷を負わせたら、逃げ散っていきましたので、もう危険はありませんよ」
あの血だらけのあり様を“手傷を与えた”で押し通そうというあたり、面の皮が厚いなあ。
「ふうむ、そんな危険なことになっておったとは……」
「いや、しかし何事もなくてよかった。さすがヨーヘイ、わが村の救い主だな」
「ベルさんたちにも、迷惑をかけちまったようだね。すまないね」
「野盗たちも馬鹿だなぁ、うちみたいな貧乏村襲っても、金なんかないのになぁ」
一応納得したらしい村人たちが、安堵の言葉を漏らしている横で、再びこちらをチラ見するベル。“これでいいですね?”と念押ししているようだ。
うーん、さすがに“村人まとめて皆殺しにされかけた”なんて、言えないし、この説明でよしとするしかないか。
俺は、同意を示すため、少しだけうなずいた。
その日の午後、ベルたちの出立を見送ることになった。俺を含めた手空きの人たちが、入口まで見送りに出る。
「それでは、お世話になりました。近いうちにまた会いましょう」
見送りの人々と握手を交わすベルとアダン。
と、ベルが俺の耳元に顔を寄せてささやいた。
「……森の死体は、片づけておいてくださいね」
言われるまでもない。午前中のうちにムギにお願いして、悪狼の時と同じ要領で埋めておいた。
ムギの目を通じて確認すると、俺が倒したシャガラの他に、10人ばかりの遺体が転がっていて、改めてこの二人の腕前に恐ろしくなった。
敵には回したくない。
そして、ベルたちは去り、野盗をめぐる騒ぎは一応終了したのだった。
と思ったのだが、精霊たちには妙な影響が残った。
『ヨーヘイ! もっと俺を使ってくれ!』
ホノーが、若干据わった目で俺にそう訴えてきた。
いやもう、訳が分かりません。
「……なんで? どうかしたの?」
そう聞くと、ホノーは唇をかみながら、こんなことを答えてきた。
『だって、俺だけなんの役に立てなくてよう……』
どうやら、シャガラとの戦いで、活躍できなかったのが口惜しかったらしい。
『ムギはヨーヘイに憑依して、クロマルやライは雷落とすのに役立ったのに、俺はぶん殴られて倒さただけ……情けなくってよう……』
なるほど、喪失した自信を取り戻すため、役に立ちたいのか。
「えーと……じゃあ、お茶を飲むためのお湯でも沸かしてもらおうかな」
『そういうんじゃなくて! もっと、ガーっとなって、グォー!ってなるやつがいい!』
うん、分からん。
改めて、ホノーに細々と聞き取りすると、どうも、戦闘行為での活躍を所望しているようだった。
とはいえ、この村にいる限り、そんなホイホイ戦うような機会はないぞ。
「うーん、戦いたいなら、訓練を積むとかどうだ」
『訓練?』
「そう、他の精霊……例えば、ライを相手に模擬戦闘したりとか」
そう言ってライの方を見たら、シャドーボクシングしながら、ちらちらホノーの方を見ている。めちゃくちゃやる気ですわ、これ。
しかし、ホノーは視線をそらす。
『いや……ライの姉御はちょっと……手加減とか、してくれないんで……』
ライが目を丸くして固まる。ショックだったらしい。
うーん、となると、何をどうしていいものやら。
『ホノー、我儘を言って、ヨウヘイ様を困らせてはいけませんよ』
と、ムギがホノーをたしなめつつ、ずいっと俺の横に出てきた。実体があれば、腕でも組みそうな勢いと近さだ。
『訓練を積みたいなら、私が土人形でお相手しますから、ヨウヘイ様のお手を煩わせてはなりませんよ』
『……へーい』
ムギに言われて、しぶしぶといった様子のホノーが下がる。そしてムギは、なぜだか俺を満面の笑みで見つめてくる。
これは、ほめてほしいのか?
「えーと……ありがとうな、ムギ」
『いいえ! 私はヨウヘイ様と契約した身ですので! 何なりともお申し付け下さい!』
尻尾があればパタパタ振ってそうなくらいの、喜色満面っぷり。圧がすごい。
『あー、またムギがヨーヘイの一番そばにいる-』
『そうだよー! 私たちもそばにいたいのにー!』
クロマルとフーの不満げな声に、ムギは涼しい顔だ。
『何を言うのです。私とヨウヘイ様は、憑依して一心同体となったのですから、常にお側にあるのは当然です』
『じゃあ私も憑依する!』
『私も、私も!』
『なりません。ヨウヘイ様のお体にご負担がかかります。相応しい時機、というものがあるのです。そのように安易にするものではありません』
ぶーぶーと声を上げる二人に、ムギは涼しい顔で受け流す。
どうも、“憑依”したことが精霊たちの中でステータスになってしまったようで、精霊たちの中でのムギの発言力が更に大きくなったようだ。
……率直に言えば、彼女面というか女房面感が増した気がする。この先、変なトラブルにならないといいなぁ。




