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第27話

 いつのまに、距離を詰められていたのか、まったく気づかなかった。

 相手はしばらくこちらを見つめた後で口を開いた。

「名を聞いておこう、若き精霊使い。俺はシャガラだ」

 え、名乗るの? 精霊使いって、なんか、そういう感じなの? ルイ先生はそういうの、教えてくれなかったんですけど!?

 逡巡ののち、結局名乗ることにした。

「洋平、だ」

 ですます口調で返すのも違う気がして、あえて相手に口調を合わせてみる。

「ヨーヘイ、か。契約しているのは、土の精霊……だけでないのか」

 クロマル、フー、ミーズ、ホノー、そしてライと、順番に視線を向けていく。やはり、こいつには見えている。

「……随分と多い、な。よほど自信があるのか、ただの命知らずか。まあ、どちらでもいい」

 そして、シャガラは手にしたナイフをこちらに向けてこう言った。

「ヨーヘイ、ここで死んでもらう」

 向けられた明確な敵意に、鳥肌が立つ。いや、これはもう敵意じゃない。殺意だ。


 “殺される”という俺の危機感に反応し、命じる前に精霊たちが攻撃をしかける。

『うおりゃぁ!』

 ホノーがその手を突き出すと、火炎が奔流となってシャガラへ伸びた。だが、その火炎放射は届かず、シャガラの目前で見えない壁に阻まれる。

 目を凝らせば、巨大なトンボような姿の精霊が、羽を激しく振るわせて炎を寄せ付けていない。あれが、シャガラの契約している風の精霊か?

『ふん!』

 ホノーの火炎放射が途切れた瞬間、ライが飛び出して、巨大トンボを殴りつける。

 トンボはふわりと飛んでパンチを回避し、シャガラの頭上でホバリングしている。

「ほう、炎と雷。どちらも第三階位か……ならば、本気で行くぞ」

 シャガラは、懐から取り出した何かを口に含むと、自分の精霊に向かって何かを囁いた。トンボはこくりと頷き、シャガラの体に溶け込むように、消えた。

「!?」

 同時に、シャガラの左手が沸き立つように膨れ上がりって巨大なかぎづめとなり、その背に4枚の翅が生えてくる。

 なんだ、変身!? なんで!?

 俺の疑問に、ムギが応えてくれた。

『“憑依”です! 風の精霊を、その身に憑りつかせています!』

 その言葉の意味を飲み込む前に、シャガラは動いていた。

 早送りめいた動きでライとの距離を詰め、左のかぎづめを振るう。

『ぐっ……!』

 咄嗟に腕でガードしたが、衝撃を殺しきれず、ライは吹き飛ばされた。

『てめえ!』

 ホノーが燃え盛るこぶしで殴り掛かるが、軽くかわされ、逆にかぎづめの一撃を腹に受け、その場に沈む。

 あいつ、触れられないはずの精霊に、直接触れて攻撃しやがった!? 

 理屈や仕組みは分からないが、精霊と人間が合体している。それが、“憑依”!?


 突然の出来事に驚愕して動けないでいると、シャガラの赤い目がこちらを見た。

 やばい! 咄嗟に、目前に石人形を生み出すが、シャガラのかぎづめの一撃で砕かれる。そして、そのかぎづめは俺の首元へと伸び、締め上げてくる。

「才はあるようだが、未熟だ。後悔しながら死ね」

 シャガラの声とともに、首元がぎりぎりと締まる。呼吸ができなくなり、首の骨がみしみし軋んでいる気がする。かぎづめに指をかけて引きはがそうとするが、ぴくりとも動かない。

 やばい、本気で死ぬ。殺される。


『ヨウヘイ様!』

『ヨーヘイ!』

 みんなの悲痛な声が聞こえる。

 ……このままでは、終われない。

 精霊喰いの時だって、そう思ったときに、やれることが見つかった。今この瞬間にも、まだできることはあるはず。

 その時、一つのアイデアが浮かんだ。迷ったり、確認している時間はない。

 だから、俺はムギに向かって強く念じた。


(ムギ、あいつみたいに、俺に“憑依”してくれ!)

『ヨウヘイ様!?』

 ムギが狼狽する気配を感じる。だが、きっとできる。そう信じる。

(……頼む!)


『……承知しました』

 静かな声とともに、ムギの姿が闇に溶けるように消えた。同時に、俺の中で、何かがうごめく感覚が走る。

 背骨の中を、突き抜けて、脳髄に何かが染みわたっていく。俺と繋がった、暖かく、強い力だ。

 その力を腕に集めて、もう一度かぎづめに指をかけて、掴む。

 渾身の力を籠めると、先ほどは少しも動かなかったかぎづめが、じわじわと開いていく。

「何っ!?」

 シャガラが驚愕して、かぎづめを振りほどくように俺を弾いて、後退した。

 吹き飛ばされた俺は地面を転がるが、荒く呼吸しながら、すぐに立ち上がる。

「“憑依”まで、出来るとは……」

 構えるシャガラに、息をつきながら俺は告げる。

「出来るようになったのは、たった今だけどね」

 俺の中にムギがいるのが分かる。言葉は聞こえないが、息遣いのような気配がはっきり感じられる。

(……頼むぜ、みんな)

 俺の中のムギに、そして周りで見守る精霊たちにそう語り掛ける。


「……ほざけ!」

 シャガラが再び攻撃をしかけてくる。振るわれるかぎづめを、俺は両腕でブロックする。強い衝撃が走るが、その場で態勢を崩すことなく、持ちこたえる。

「!?」

 シャガラが再び驚いた表情を浮かべる。俺の両腕は、石人形たちのように、石で覆われていた。咄嗟にイメージしただけだが、ムギの力を俺の意志で使えている。身体能力も上がっているようだし、これなら、そう簡単にやられはしない。

「……けぁっ!」

 叫びを上げながら、シャガラが次々に攻撃を繰り出す。かぎづめが、鞭のようにしなりながら打ち付けられる。

一撃、二撃……繰り返される攻撃を、両腕で弾いていく。チャンスがあれば、反撃をしかけたいが、その隙は無い。こちらから攻める手段がないが、相手も攻め切れないはず。

だが、それなら、俺の方が有利だ。

 やってみて分かったが、この“憑依”は、かなりの生命力を消費する大技だ。シャガラにも、時間制限が必ずある。だが、俺の能力なら、きっと長時間でも耐えられる。持久戦勝負なら、きっと俺が勝つ。

 それに、俺には、セカンドプランもある。


 何度目かの連撃を防いだ時、相手の動きに完全に対応できた。相手の動きが読める気がしてくる。これなら、あるいは……

 俺は、次の攻撃に集中する。相手の動きの起こりを察知しようと目を凝らす。

 ……来る!

 予想されるかぎづめの動きに、左腕を出して防御。同時に、右腕を相手に向けて突き出す。

 だが、予想した攻撃はなく、代わりに右足に衝撃が走った。

「なっ!?」

 低く身を屈めたシャガラに軸足をはらわれ、俺は無様に転がる。

「やはり、未熟だ」

 俺の上に馬乗りになりながら、シャガラはあざ笑う。

 そうか、俺が動きを読めたのではなく、動きを読まされた……誘導されたんだ。

 シャガラは再びナイフを抜き放つ。馬乗り状態で両腕をまともに動かせない状況では、あれを振り下ろされても、防ぐことはできないだろう。


「大分手古摺らされたが……死ね」

 冷酷に言い放ち、シャガラはナイフを振り上げる。

 ああ、もうしようがない、やりたくはないが、セカンドプランだ。

「……クロマル、ライ!」

 切羽詰まった挙句、思わず、その名を声に出していた。


『……分かった!』

『いくよ!』

 闘いを見守っていたライが、その手を掲げる。そして、クロマルの災厄を招く視線が、シャガラを射抜く。上空には、俺が“憑依”してからずっと、フーとミーズがかき集めていた暗雲が、渦を巻くように立ち込めている。

あの “精霊喰い”を倒した時と、同じ条件が揃っていた。


 そして、真夜中の森に、白昼と見まがうほどの閃光とともに、轟音が鳴り響く。クロマルの力に導かれた雷撃が、頭上を覆う梢をすり抜けて、ピンポイントにシャガラと俺に突き刺さった。

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