第21話
村に戻ってからの生活は、それなりに忙しい。
日中は、主に畑仕事を手伝う。
作物の生産性向上のため、新たな畑を作ることになったので、ムギの石人形を使った荒地の開墾を進めている。また、畑が増えて水源確保が必要になったので、ミーズに頼んで泉を湧き出させたり、石人形を使った水路づくりもやる。
その合間に、ルイ先生の精霊講座を受講し、ハンスについていって狩りの手伝いをすることもある。
娯楽らしい娯楽はないが、充実した日々だ。
ある日のことだ。
「はい、ルイ先生! 精霊はどれくらいの種類がいますか!」
寝床の先生に手を挙げて質問したら、思いっきり嫌な顔をされた。
「阿呆か、お前は……まあいい、種類か。位階の区別は抜きにして、文献などの記録にあるだけで五百程と言われている」
五百……多いような、少ないような。
「代表的なのは、お前が契約している、風や土や水。それに加えた火の精霊を加えて、四大精霊だ」
うんうん、定番だよね。
「あとは、草木や鉄鉱石なんかの鉱石にも精霊は宿る。だが、天然自然の状態の物だけだ。精錬された剣や、加工された木材には、精霊は宿らない。もしも宿っていたとしても消えちまうのさ」
その言葉に、少しぎょっとする。
「……精霊も、死ぬってこと?」
「まあ、そういうことだ」
つい、視線がクロマルの方を向いてしまった。何となく話を変えたくなって、質問する。
「そういや、月や太陽には精霊は宿らないの?」
すると、ルイは一瞬きょとんとして、そのあと大爆笑した。
「ははははは! 月と太陽の精霊とはな! 突拍子もない話だな!」
いや、そんなに笑わなくても……ゲームとかだと、定番な気がするんだが……
「いや、悪い悪い。だがな、月や太陽に精霊がいたとして、どうやって話をする? 月と太陽が、どれだけ離れていると思ってる? 仮に世界一の霊峰の頂に立っても、月や太陽に、手は届かないぞ?」
う、まあ、それは……そうだけど……
「伝承によると、創造神が生まれる以前から、月と太陽はあったそうだ。創造神がお創りになったものでない以上、精霊はいないだろう」
そういうものか……
「まあ、月には創造神とは別の、月の女神がいる、なんて与太話もあるがな。もしお前が月に行くことがあったら、確かめておいてくれよ」
そう言って、ルイは、楽しそうに笑った
そんな日々が続くうち、俺が契約した精霊たちの間では、力の強弱に基づく、緩やかな序列と関係性が出来上がっていた。
まず、クロマルとフーは対等で、仲が良い。もともとが、小さな不定形の姿同志だったからだろうか。
ミーズは、その一つ年上のお姉さん格で、面倒見が良い。クロマルやフーよりは力が強いようだ。
ムギは、一番上の優しいけれど、怒ると怖い長姉。もともとの精霊としても成長していたからか、4人の中では一番強い。
そして……
『ふわぁぁ……』
ベッドの上、俺の足元あたりであくびをしている獣耳少女。精霊喰いとの闘いの中で、俺が新たに契約した雷の精霊、ライだ。
ライは……無口で、積極的に絡んではこない。そのくせ、寝るときは、必ず俺のベッドの足元あたりで、丸くなっている。大抵は三頭身なんだが、朝起きると人間サイズに戻っていることも多い。体が触れるわけではないんだけれど、気になってしまって、俺も丸くなって寝るのが日課になってしまった。
そして多分、ライは5人の精霊の中では、一番強い。
なので、全員から一目置かれているのだが、自分からみんなへコミュニケーションをとることもなく、常にマイペースに過ごしている。
そういうところは、実に猫っぽい。
「おはようございます、ヨーヘイお兄さん!」
「よう」
しばらく経ったある日、朝ごはんを食べに行くと、エレナと村長の向かい側に、ルイの仏頂面があった。
「あれ、もう大丈夫なのか?」
そう尋ねると、ルイが嫌そうな顔をする。
「三日前には、もう歩けるようになってたんだよ。大丈夫だっていうのに、このおせっかい娘が『大事をとってもう少し』なんて言うから……」
「そう言って、荷物を背負った途端に立ち眩みで倒れそうになってたのは、どなたでしたっけ、ルイ様」
「……」
エレナのあけすけな言葉に、ルイが苦虫をかみつぶしたみたいな顔で黙り込む。
ちなみに、ルイはカランの従弟であり、領主様の血縁関係者らしい。なので、この村では貴人扱いされているが、エレナは結構容赦ない。
まあ、そんな態度に、ルイもさほど悪い気はしていないようだ。
「……とにかく、復調したんで、俺は帰る。世話になったな」
「えー、ルイ先生の精霊講座がもう聞けないなんてー」
俺の嘆きに、ルイの突っ込みが走る。
「だから、先生言うな!」
そして朝食を終えると、俺とエレナは村の入り口まで、ルイを見送ることにした。
途中の畑は、土の精霊が力を取り戻したおかげか、青々と春蒔きの麦が茂っている。この分なら、秋は豊作だろうと、村長たちは言っている。
その、麦を見ながら、ルイはつぶやいた。
「俺はさ、グラフ様から『この村の土の不調の様子を見てこい』って言われてきたんだ。学院を出てから初仕事だ。精霊使いとして、それなりに自信もあったし、気合入れてやってきたら、すでに精霊は力を取り戻していて、とんだ肩透かしだったぜ」
えーと、それは、なんというか、すみません……
「仕事横取りされた気がして、気分は良くなかった。けど、精霊喰いの件では、お前がいなけりゃ、今頃俺は生きていなかっただろう。だから、感謝してる。ありがとう」
そしてルイは右手を差し出した。俺は、そっとその手を握る。
と、そこでルイは真面目な顔から一転、ジト目になり、左の人差し指で俺の鼻先に向かって、突き出した。
「だけどな、お前には精霊使いとしての知識も、心構えも足りてない! そんな調子だと、いつか痛い目見るぞ、気を付けろ!」
あっ、はい。
思わずのけぞる俺に、エレナが擁護の言葉を投げかける。
「大丈夫です、ヨーヘイお兄さんの面倒は、私がしっかり見ますから!」
あ、これ擁護になってねぇじゃん。
ルイが吹き出して大笑いする。
「ぶはははっ! そうだな、このおせっかい娘がいれば、大丈夫か! ははははは、しっかり面倒見てもらえよ、ヨーヘイ!」
つられてエレナも笑いだす。というか、ちょっと、笑いすぎじゃないかな2人とも!?
そして、ルイは去っていった。
……また、会えるといいな。




