第17話
「……もういい! 逃げろ!」
最後に残ったフーに向かって叫びながら、俺は飛び降りるように、斜面を駆け下りていく。
(ムギ!)
『はい!』
勢い余って転びそうになるたび、足元に土人形が現れ、俺の体を支えてくれた。
おかげでなんとか体勢を立て直し、全速力で斜面を下る。そんな、俺をムカデは追いかけてくる。
くそっ! なんでこっちに!
でも、疲労困憊でまともに動けないルイに向かわれるよりは、マシか。
さっきまでの、追われる恐怖が薄らいでいる。代わりに、頭が別の感情で沸く。
怒りだ。
クーとムー。この世界に来て、最初に知り合った精霊。
クロマルの時に思ったことだが、精霊に命はあるのかどうか分からない。でも、心があって、会話ができる相手ならば、そんなことはどうでもいい。
あの2体……いや、あの二人は、この世界で最初の友人たち、だった。
それが、あんな風に殺された。
気が付いたときには、転んでいた。ムギが支えきれないほどにバランスを崩したらしい。
そのままゴロゴロと転がって、立ち枯れた木にぶつかって止まる。
「痛……」
木にぶつかった背中が痛む。だが、それ以外にも体中は擦り傷だらけ、両の掌はすりむいて、血が滲んでいる。
『きっと、君が思うよりも相手は強い。そこで負ければ、すべてが終わる。自信がないのなら、近づかないことだ』
ニコニコマークの言葉を思い出す。ああ、そうだよ、本当に。近づかなければよかったムギやクーたちの力で、なんでもできるような気になって、その結果がこのあり様だ。
『ヨーヘイ!』
クロマルの警告が再び響いた。
見れば、斜面をムカデが下ってくるのが見えた。先ほどの赤黒いやつと、そのほかに3匹。
さっきの奴ら、全部じゃないか!?
『ヨウヘイ様の血に、引かれているようです!』
ポケットの石からムギの声が響く。一滴で精霊が力を取り戻せる俺の血なら、あいつらにとって、良い餌なんだろう。
ここで終わりなのか。
ムカデどもに喰われて、俺の人生は二度目の終わり。
……冗談じゃない。二度も三度も、くそみたいな終わりなんて、ごめんだ。
このままでは、終われない。
『“精霊喰い”には気を付けなさい。今のままだと、死は不可避。挑むのなら、戦う手段を用意すること』
ニコニコマークのアドバイスを思い出す。
うん、戦う準備は不十分だった。でも。
『戦う手段なんて、どんな時も、いたるところに、いくらでもある。それに気づけたら、楽勝だよー!』
……きっと手段はあるはずだ、今この瞬間、この場所にも。
枯れ木ばかりの灰色の大地、頭上には振り出しそうな暗い雲。
とあるイメージが浮かぶ。眼前のムカデたちを、ぶっ飛ばす、手段。
だが、それには強い精霊たちが必要だ。でも、このあたりに精霊の気配はない。いるのは、俺が契約しているクロマル、フー、ムギ、ミーズの四人だけ。
ならば、方法は一つ。
彼らに強くなってもらうしかない。
「フー、ミーズ。お願いがある」
『なーに?』
『どうする気だ?』
頭上の暗雲を見上げる。
「空の上の雨雲を、ここにかき集めてくれ」
『フーひとりじゃ、あんなとおいところは、むりだよー……』
『私も、今の力では、雨雲の操作など出来ぬ』
フーとミーズの否定の言葉。だが、
「お前たちは一人じゃない。俺がいる。それに、足りない力も俺が補う」
血で濡れた掌をフーとミーズに向ける。
「俺の血に触れてくれ」
俺の血は、精霊たちが力を取り戻すだけでなく、新たな力を与えるきっかけになるはず。そんな確信があった。
フーとミーズが俺の手の傷に触れる。物理的な感触はない。けれど、何かが確かに触れた気がした。
先ほどクーとムーが消えたときは、何かブレーカーが落ちるような感覚があった。今度はまるでその逆、何かバイパスがつながって、俺の中から力が流れだしていく感覚。その先に、フーとミーズがいるのが分かる。
『ああああ!?』
『これは!?』
溢れる力に呼応して、フーとミーズの姿が変化していく。
フーの姿はふわふわとした球状から人型をとり、さらに成長した姿へ。ミーズも小さな子供のような姿から、長身の姿に変わる。
『ヨーヘイ、私……変わっちゃった……』
『これ程の力とは……』
俺もちょっと驚いた。フーとミーズが、二人とも美女になってる。
いや、いまはそれどころじゃない。
「二人とも、雨雲の操作、今ならできるか?」
『うん!』
『心得た!』
フーが空に飛び立ち、ミーズが手を天に向ける。すると頭上の雲の流れが速まり、雨が降り出す。
よし、次だ。
「クロマル、ムギ、二人も俺の血に触れてくれ」
『……ヨウヘイ様、その御力はこの世の理を超えたもの。ヨウヘイ様の身に、どのような弊害があるか分かりません。ですから……』
ムギは俺を心配してくれているようだ。しかし、ここで負けたら死ぬだけだし、今は時間が惜しい。
俺は強引に、ムギの手に俺の左手を合わせる。
『ヨーヘイ、わたしはいいよ。なんでも、やってあげる』
クロマルは、自ら俺の右手に触れてきた。
二人にバイパスがつながる感覚再び。そして、俺というエンジンから、二人に向けてありったけの動力を流し込む。
『ん……ヨウヘイ様の御力が……!』
『ヨーヘイぃ……』
ムギが淡く光り、美しい姿はそのままだが、髪が伸び、身にまとう衣が変わる。
クロマルもまた、人型から成長した少女の姿へと変貌する。
ムギは元からだが、クロマルもまた美少女の姿になってしまった。
まあいい。戦う手段はきっと整った。
さあ、反撃といこう。




