第16話
「……いよぅしっ!」
思わず両手を強く握りしめてガッツポーズをとってしまう。土壇場で思いついたコンボが見事にはまってくれたことの達成感。
とはいえ、俺一人の力じゃない。
「……な、なんとか、なったか……」
ルイは、完走後のマラソンランナーみたいに、地面に手をついて息を荒げている。
「だ、大丈夫?」
「……ちょっと、精霊に力を持っていかれただけだ……お前は、二体も扱って、なんで平気なんだよ……?」
「さ、さあ?」
俺は、笑ってごまかしつつ、ムカデの方に目を向ける。
転がった頭部は、ぎちぎちと顎を動かして、頭と泣き別れた体も、凍りながら痙攣するように動いている。
だが、もはや戦う力はなさそうだ。
「……いやはや、何とかなったか」
カランが剣を収めながらこちらに近づいてきた。遠巻きに見ていたハンスもようやく接近してきた。
「やはり、君を連れてきてよかったよ、ヨウヘイ。私とルイだけでは、こうは上手くいかなかっただろう」
ようやく少しだけ笑みを見せたカランに、俺も笑いかける。
これで、一件落着、かな。
『ヨーヘイ、まだくる!』
クロマルの悲鳴のような声が聞こえた。
その声の意味を咀嚼する前に、周囲の地面が沸き立つ。
「全員、下がれ!」
カランが再び剣を抜く。ハンスは、ルイの脇を抱えるようにして支えて下がる。
『くるよ! ぜんぶで、よっつ!』
俺たちの目の前に、先ほどと同じくらいの大きさのムカデが、現れた。クロマルの警告通り、4匹。そのうちの1匹は、ひと際赤黒く、凶暴そうな気配をまとっている。
「……これは、どうにもならんな……」
ルイが呆けたようにつぶやく。
全く同意見だ。
さっきと同じことをあと4回できるか? いや、疲労困憊しているルイの様子では、あと1回やれるかも、怪しい。
まして、今度は複数。1匹を相手している間に、他の奴らにやられる可能性が高い。
「……全員、撤退だ。合図をしたら、振り返らずに、全力で山を駆け下りろ」
カランが相手に向かって一歩前に出る。
そして迫る先頭のムカデに剣を振るい、叫んだ。
「走れ!」
転がるように、俺たちは走り出した。
疲労困憊気味のルイが倒れそうになる。
「しっかりしろ!」
俺とハンスで、左右から支えるようにして立たせて、走る。いや、走るというほどのスピードは出ない。
このまま本当に逃げられのか? 一人残ったカランはどうなってしまうのか?
焦りで、思考が落ち着かない。怖くて、振り返ることもできない。
『ヨーヘイ! よけて!』
クロマルの叫び。その声に弾かれて、気づいていたらルイを突き飛ばすようにして、転がっていた
「ぐぁっ!?」
ごろごろと地面を転がる俺の横を、ムカデの牙が間一髪で通り過ぎる。
見れば、4匹の中でとりわけデカくて赤黒いやつが、俺たちに迫りっていたのだ。
やばい!
危機感から、咄嗟に
(クーたち、頼む!)
ハンスから借りていた矢を、手にとり、投げる。
『えーい!』
投擲した瞬間、矢はクーたちの力で一気に加速し、ムカデの口の中に深々と突き刺さる。
だが、相手はひるむ様子もなく、矢をかみ砕くと、口から何か液体を吐き出した。
『ヨーヘイ様!』
ムギの土人形が、俺を守るように立ちふさがってその液体を受ける。液体を受けた土人形の体がぼろぼろと崩れ去り、強烈な刺激臭と白煙が鼻をつく。
酸!?
悪狼の皮膚が爛れてたのは、これか!?
ぞっとしながら、立ち上がると、相手の触角が、俺を追うようにうごめき、複数の目が俺をとらえてくる。どうも、ムカデは俺を標的にしたらしい。
冗談じゃない!
逃げなければいけないのは分かるが、焦りと恐怖で体が思うように動かない。
なんだこれ、体って、こんなに震えるものだっけ?
『ヨーヘイ、いじめるなー!』
『えーい!』
そんな俺を守ろうというのか、クーたちが、ムカデの触角付近を飛び回る。クーたちの体が通り過ぎるたび、触角がぴくぴく反応しているところを見ると、多少の攪乱効果はあるようだ。
『いまのうち、にげて、ヨーヘイ!』
クーの声に、俺が走り出そうとした瞬間、それは起きた。
『あ』
体の内側で、何かがばつん、ばつん、と途切れる感触。今までつながっていた確かなもの二つが、共に切れて無くなってしまった感触。
そして、同時に俺の視線の先で、クーとムーが、ムカデの牙につかまり、潰されて消えた。
クー? ムー?
呼びかけても、応えはない。
『クーとムー、たべられちゃった……』
クロマルの力ないつぶやきで、ようやく事態が飲み込めた。
2体は、ムカデに喰われて、死んだのだ。




