第15話
少しづつ斜面を登っていく。石灰色の土が露出するばかりで、草すらほとんど生えていない。昔好きだったクラシックの曲を思い出す。作曲家の名前は、ムソルグスキーだっけ?。
周囲の代わり映えしない風景に、余計なことに意識が流れかけた瞬間、クロマルの叫びが聞こえた。
『ヨーヘイのみぎがわ、くるよ!』
え、なに!? なんか来るって!?
「み、みぎから何か来るっ!」
俺の叫びに、皆が臨戦態勢をとる。
俺たちの視線の先、石灰色の地面が揺れて始めた。大地の下から、何かが現れる。
「お前たちは下がれ!」
カランが剣を手に前へ出る。言われるままに下がるが、一体どこまで下がればいいんだ?
そんな混乱した思考をよそに、土煙を上げながら、それは現れた。
はじめに、角のような一対の触覚が見えた。触覚の根元にある頭には、巨大な牙が生えて、ビーダ玉のような黒い目がいくつも並ぶ。頭の下には、無数の体節に分かれた長い蛇のような体と無数の足。
端的に言って、ムカデだ。
それも、でかい。触覚抜きの頭部だけで、人間の頭の倍ぐらいのサイズがある。その後ろに続く体節は、うねうねと蛇行して判然としないが、10mはあるだろう。
嫌悪感で背筋が粟立ち、目を背けたくなる。
こいつが、“精霊喰い”……!?
「しゃあっ!」
俺たちが驚愕する間に、カランが駆けて剣を振る。頭部を狙った剣閃、しかし相手の甲殻が弾いた。二撃、三撃と狙う部位を変えて打ち込むも、尽く弾かれる。
「剣を通さぬ外殻とは!」
巨大ムカデは、蛇のように鎌首を持ち上げると、頭部を槍のようにカランに向けて突き下ろす。カランは飛び退って避けるが、一瞬前に立っていた地面が深く抉られている。
「……冬の精霊よ!」
ルイが指輪を掲げる。指輪の中央の白石が一瞬輝いたかと思うと、そこに白い鷹が現れていた。これが、冬の精霊?
冬の精霊が飛びあがり、一声叫ぶと、空中に氷の塊が現出した。もう一度声高く叫ぶと、氷塊が氷柱状に変形し、矢のように飛ぶ。
ムカデに氷柱が激突し、激しく粉砕した。だが、ムカデにダメージらしきものは見られない。
「ヨーヘイ! 見てないで、お前も援護しろ!」
ルイの声に、俺もようやく思い出す。観戦してる場合じゃねえ!
ポケットの中の石を握り、念じる。
(ムギ、頼む!)
『はい!』
俺の横にムギが現出すると、大地がうねって、土人形が立ち上がた。そして、俺の意志に反応して、土人形がムカデにつかみかかる。
しかし、ムカデの首の一振りで、土人形の上半身が吹き飛ばされる。再生させてつかみかかろうとしても、再生する前に巨体に圧し掛かられてすり潰された。
力が、違い過ぎる。
これじゃ、相手の動きを止めるなんて、とても……
そこで、ふと思いついた。
土の力だけでは無理でも、他の精霊の力を合わせれば、あるいは。
「ルイ! 考えがある!」
俺は、思い付きをルイに告げる。
「……わかった、合わせてやる。やってみろ」
「ありがとう!」
俺は、右手をポケットの中の石に、左手は腰に帯びた水筒に手を当て、再び念じる。
(ムギ、ミーズ、二人の力を貸してくれ!)
ムギとミーズが同時に現れ、二人が同時に力を振るう。
再度、ムギの力で土人形が立ち上がる、同時にその足元からミーズの呼び出した水がわき出す。水を含んだ土人形は、溶けるように泥濘となり、ムカデの尾に絡みつく。
勿論泥が巻き付いたところで、相手の動きを阻害できはしない。巻き付く端から弾き飛ばされ、周囲の地面を泥だらけにしていく。
でも、それがただの泥でなく、固く凍り付いたなら。
「カラン、離れろ!」
ルイの呼びかけに、カランが身をひるがえして跳躍、距離をとる。
その瞬間、冬の精霊がその力を振るった。
ムカデの体表にまとわりついた泥が、そしてその足元の泥沼が、一瞬にして固く凍り付いていく。完全に凍死させるだけの力はない。だが、細かな足の末節や、体節の隙間に入った泥が凍り付いた結果、先ほどまでの俊敏さは失われている。
カランは、その隙を見逃さなかった。
鎌首をもたげた状態で動きの鈍ったムカデ。その頭の付け根、固い外殻の隙間の接合部に、渾身の力を込めた一撃。
剣に寸断されたムカデの頭部が、宙を舞った。




